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「即レス文化」にのみ込まれて病まないために大切なこと

  • 2024年4月23日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

「即レス文化」にのみ込まれて病まないために大切なこと

 世界はペースがどんどん速くなり、高度につながり合っていて、すぐさま対応することがよしとされる。そのような「即レス文化(urgency culture)」によって、何が本当に重要で何が重要でないかの境界が曖昧になっている。

 仕事では、たびたび来る土壇場の依頼、非現実的な納期や仕事量、勤務時間外の連絡に対応などが求められる。私生活では、人間関係で無理をする、取り残されることへの恐怖(FOMO)からSNSを頻繁にチェックする、立て込んでいるようなときでも電話やテキストメッセージに即応するといった行為が、何にでも即時対応を是とする文化の表れだろう。

 常に慌ただしく、仕事でも私生活でも常にスイッチの入った「オン」の状態であることを暗黙のうちに期待されると、人々の警戒心は高まった状態になる。この過覚醒がストレスと不安を著しく増大させると、米国ロサンゼルスの臨床心理士でデュアリティー・サイコロジカル・サービスを運営するジョエル・フランク氏は述べている。

 米国心理学会が行った「Stress in America 2023(米国のストレス2023年版)」調査の報告によれば、新型コロナウイルスのパンデミック後、成人の4分の1近くが10段階評価で8以上の強いストレスを感じていると回答しており、2019年から19%増加している。

 影響は若年層ほど大きい。デロイト トーマツ グループが若年層を対象に行った「2023年 デロイト Z・ミレニアル世代年次調査」では、Z世代(1990年代半ばから2010年代序盤生まれ)のほぼ半数、ミレニアル世代(1980年代から1990年代半ば生まれ)の3分の1以上が、常にあるいは大半の時間、不安やストレスを感じていると回答している(編注:同調査の日本版では、ストレスを感じるミレニアル世代の割合はグローバルとほぼ同じだったが、Z世代の割合は36%とグローバルの数値より低かった)。

「不安は切迫感につながり、それぞれが互いを強化するサイクルが生まれます」とフランク氏は説明する。

「常時オンでいること」の大きな負荷

 常時オンの状態でいると、得てしてマルチタスクが必要になる。しかし、人の脳には、2つ以上のタスクを同時にこなす神経認知機能はないことが学術誌「Cerebrum: the Dana Forum on Brain Science」に2019年に発表された研究で示されている。

 しかも、「マルチタスクにつきものと言える、注意を削ぐものへの誘惑を断ち切るのは難しい」と神経科学者のフリーデリケ・ファブリティウス氏は話す。「その結果、マルチタスクをしていないときでも、集中するのが難しくなることがあります」。ファブリティウス氏には『The Brain-Friendly Workplace(脳に優しい職場)』の著書がある。

 一方、常に過剰な刺激があることは、即応をよしとする文化の重要な一因であり、ドーパミン系の活動が鈍化してしまう。つまり、過剰な刺激を受ければ受けるほど、喜びを感じにくくなるとファブリティウス氏は説明する。

 また、過剰な刺激は時間をかけた深い思考の妨げにもなる。絶えず情報を処理し、素早く決断を下すことで脳が追い立てられていると、しばしば浅い思考に頼ってしまう。その結果、長く集中し続ける必要がある難易度の高い仕事に取り組む能力が損なわれると、フランク氏は話す。

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 こうした文化はいずれ、体の健康にも悪影響を及ぼす。疑似的な切迫感は、身の危険があるかのような錯覚を引き起こし、「闘争・逃走反応」を活性化させる。呼吸が速くなり、血圧と心拍数が上がり、感情を調整する能力が失われると、米国サンフランシスコのヘルステック企業アポロ・ニューロのCEOを務める神経科学者のデイビッド・ラビン氏は述べている。

 ラビン氏は、過剰な闘争・逃走反応は高血圧、睡眠不足、高コレステロール、炎症性疾患の原因になるとも指摘する。

「即レス文化」のわなに陥らないための処方箋

 フランク氏は切迫感のわなに陥るのを避ける対策として、何かが起きたときはすぐ行動に移すのではなく、少し間を置くよう勧めている。「そうすれば一歩引いて、あなたの注意を引く目の前の要求が自分の優先順位と一致しているかどうかを評価できます」

 仕事でも私生活でも明確な期待度があると、疑似的な切迫感を覚えずに、計画を立て、優先順位を付け、問題を解決する助けになると、米ラトガーズ大学行動健康スポーツ心理学プログラムの責任者ピーター・エコノム氏は話す。エコノム氏は『Mindfulness Workbook for Beginners(ビギナーのためのマインドフルワークブック)』の著者でもある。

 ラビン氏によれば、即座の対応を迫る文化への最善の対策は、急ぐ必要はないということを自分に言い聞かせるような習慣だという。

 ラビン氏は、焦ったり、圧倒されたり、過剰な刺激を感じたりしたとき、心を落ち着かせ、気持ちを立て直すための「コントロールのための4つの習慣」を推奨している。4つの習慣とは、呼吸を意識する、耳を傾ける、動く、触れることだ。

 不当な期待、過剰な参加、マルチタスクから生じる疑似的な切迫感を避けるには、デジタルのものを含めて、明確な境界線も極めて重要だ。

 可能な限りシングルタスクを優先することも、集中すべき対象を絞りこみ生産性を高める効果的な戦略になる。

 1つの仕事を最後までやり遂げるのが難しい場合、1つの仕事だけに集中するための時間を設定し、その後で次の仕事に移るようにする「タイムブロック」をファブリティウス氏は勧めている。「各タイムブロックを完了した満足感は、次の『新しいタスク』に取りかかれる見通しとともに、ドーパミンという報酬を与えてくれるでしょう」

 米国ニューヨークにあるウィリアムズバーグ・セラピー・グループの臨床心理士アイダ・タガビ氏は、感情を調整し、意識とストレス耐性を高めるため、マインドフルネスの実践を推奨している。

 マインドフルネスとは、「いま、ここ」の体験に意識を向け、判断を加えずに受け入れることだ。「マインドフルネスは、より効果的で、自分の意図や価値観に沿った対応を考え、選択する機会を与えてくれます」

 マインドフルネスは思考、感情、身体感覚などの刺激と、それに対する私たちの反応との間に緩衝材をつくってくれる。「この空間があると、感情調整障害や回避、強迫行動、マイナス思考など、ときに有害となる習慣的な反応を止めてくれます」とタガビ氏は説明する。

 さらに、「内的な体験を抵抗せずに観察すると、それが過ぎ去っていく余地が生まれ、その結果、感情を調整し、苦痛への耐性を高めることができます」

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