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なぜ女性は自己免疫疾患にかかりやすいのか、新たなしくみを解明

  • 2024年4月12日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

なぜ女性は自己免疫疾患にかかりやすいのか、新たなしくみを解明

 健康な免疫系は、体を病気や感染症から守ってくれる。しかし、およそ10人に1人(その8割が女性)は、体の免疫系が不調をきたして、自分自身の細胞を攻撃してしまう自己免疫疾患にかかる。最近の研究によると、男性より女性の方がかかりやすい理由は、女性が持つ2つのX染色体のうち1つを停止させるメカニズムと関連している可能性があるという。

 女性の体の細胞では、「Xist(イグジスト)」と呼ばれる分子の働きで、2つあるX染色体の1つが不活性化している。2月1日付けで学術誌「Cell」に発表された米スタンフォード大学の研究は、このXistが自己免疫反応を引き起こすもとだと示唆している。

 また、3月28日付けで査読前論文を投稿するサーバー「bioRxiv」で公開されたフランスの研究では、不活性化されたX染色体の特定の遺伝子が再び活性化すると、高齢のマウスに、皮膚や関節などさまざまな組織に炎症が現れる全身性エリテマトーデスのような症状を引き起こすことが示されている。

 自己免疫疾患は、多発性硬化症、関節リウマチなど80種類以上にのぼる。その大半は思春期以降に診断が下され、患者の5人に4人は女性だ。個別の病気では、たとえば、全身性エリテマトーデスは患者の10人に9人が、また、主に目や口の乾きを引き起こすシェーグレン症候群は20人に19人が女性だ。そのため、この差の主な理由は性ホルモンにあると考えられていた。

「われわれの研究は、一部の自己免疫疾患の発症には、女性ホルモンも2つ目のX染色体も関係なく、このXist分子が単独で大きな役割を果たしている可能性を示しています」と、1つ目の研究を率いたスタンフォード大学医学部の皮膚科医で分子遺伝学者のハワード・チャン氏は言う。

 2つ目の研究を率いたフランス、パリ・シテ大学および国立科学研究センター(CNRS)に所属するエピジェネティクス(後成遺伝学)研究者のクレール・ルージュル氏は、「自己免疫疾患における性差の偏りは、ホルモンだけでなく、X染色体の数や、X染色体の不活性化プロセスにも関係していることを示す明らかな証拠があります」と述べている。

 また、1つ目の研究では、Xistやそれに関わる分子を攻撃する抗体が多数あると判明した。フランス、トゥールーズ感染症・炎症性疾患研究所(Infinity)の免疫学者ジャン・シャルル・ギュエリー氏は、これほど多く存在するとは、これまで「まったく知られていませんでした」と語る。

 女性の方が自己免疫疾患のリスクが高いのは、逆説的だが、自分の子どもの命を守るための進化的な適応かもしれない。「女性はいろいろなものと闘うために、より優れた免疫系をもっています」と、米ミシガン大学アナーバー校の皮膚科医ヨハン・グジョンソン氏は言う。

 米メイヨー・クリニックのリウマチ専門医、バネッサ・クロンザー氏によると、女性は男性よりも抗体を多くつくる傾向にあり、それが母乳を通して女性と赤ん坊の両方を守るのだという。

 免疫にはホルモンも関係している。女性ホルモンのエストロゲンは免疫力を高める一方、男性ホルモンは免疫を抑えるだけでなく、自己免疫に対する保護の役割も果たす。性ホルモンのこうした違いが、女性が男性よりも強力な免疫を持つと同時に、自己免疫疾患を発症しやすい理由だと考えられてきた。しかし、今回の研究が示すように、理由はそれだけではないのかもしれない。

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例は三毛猫、X染色体の不活性化とは

 女性の体の各細胞には2つのX染色体がある。1つは母親から、もう1つは父親から受け継いだものだ。男性はX染色体を母親から、それよりもずっと小さいY染色体を父親から受け継ぐ。

 Y染色体に含まれる遺伝子は100個程度である一方、X染色体には900個以上の遺伝子が含まれている。

 X染色体上にある遺伝子の活動が男女で同等になるように、女性のすべての細胞内では、2つのX染色体のうち1つがランダムに不活性化する。これは、胎児の発達段階の初期に、Xist分子とそれに結びつくタンパク質が、X染色体のうちの1つに巻き付いて起こる。もしX染色体が2本とも同じように活性を保っている場合、その細胞は死んでしまう。

 結果として、女性の体には、母親または父親由来のX染色体のどちらかが不活性化された細胞が、モザイク状に存在する。メスのネコに三毛猫がいるのは、このX染色体の不活性化が原因だ。三毛猫の場合、3色のうち黒かオレンジ色かを決める遺伝子がX染色体上にあるため、毛の一部は一方のX染色体によって黒に、また別の部分は、もう一方のX染色体によってオレンジ色になる。ちなみに、ほかの染色体にある別の遺伝子が働くと白くなる。

 しかし、X染色体のこうした仕組みは完璧ではなく、不活性化されたはずの遺伝子の15〜23%はそのまま活性を保つ。そうして活性が保たれる遺伝子のひとつは、全身性エリテマトーデスと関連があると考えられている。また、X染色体を余分に持って生まれた男性も自己免疫疾患を発症するリスクが高いことからも、X染色体の重要な役割がうかがわれる。

Xistが自己抗体を誘発

 Xist分子の研究を長年続けてきたチャン氏は、Xistと一緒に働く多くのタンパク質が自己免疫疾患と関連しており、それらが誤って自分の体の細胞を標的とする「自己抗体」によって攻撃されることを2015年に発見した。

 そこで、チャン氏のチームは、女性の方が男性よりも自己免疫疾患にかかりやすい理由を調べるために、通常はメスにしかないXist分子をつくるよう遺伝子を操作したオスのマウスを作成した。

 ところが、Xist分子をつくるオスは、それだけでは自己免疫疾患を起こさなかった。

 このXistをつくるオスに、自己免疫疾患を誘導する薬を投与するとようやく、自己抗体のレベル(濃度)が上昇し、全身性エリテマトーデスのような病気が引き起こされた。同じ薬をメスやXistを持たない通常のオスにも投与して比べると、Xistをつくるオスの自己抗体レベルは、通常のオスのレベルを超えて、メスに匹敵する程度まで上がった。さらに、通常のオスより重い組織の損傷と炎症の悪化が見られた。

 また、自己免疫疾患になりにくい遺伝子を持つ系統のマウスを使ってXistをつくるオスを作成し、同じように実験すると、薬を投与しても病気にならなかった。

 これが示唆しているのは、たとえXistが存在しても、自己免疫疾患を引き起こすには、遺伝的な背景あるいは環境的なトリガーが必要になるということだ。

「つまりはこれが、女性は例外なく体中でXistが働いているにもかかわらず、大半が自己免疫疾患にかからない大きな理由のひとつです」とチャン氏は言う。

 同研究は、そのような要因で細胞が損傷した場合のみ、Xist分子およびそれと結びつくタンパク質が細胞の外へ漏れ出し、免疫系がそれらに対する自己抗体をつくって、自己免疫疾患を発症させることを示している。

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X染色体と全身性エリテマトーデス

 一方、フランスの研究チームのルージュル氏は、X染色体が完全に不活性化されなかった場合に何が起こるのかを知るために、エピジェネティクス研究者のセリーヌ・モレー氏と共同研究を行った。

 彼らは、X染色体の不活性化が不完全なメスのマウスを作成した。研究者らは、マウスが自己免疫疾患を発症するとは予想していなかったが、意外にも全身性エリテマトーデスのような症状を示した。

「自己免疫疾患の症状はすぐには認められませんが、マウスが年を取るにつれて現れてきます」とモレー氏は言う。

 ルージュル氏は、自身の研究とスタンフォード大学の研究について、どちらもX染色体やその不活性化プロセスと、自己免疫とを関連付けている点が共通していると言う。

 X染色体の不活性化に関わるメカニズムは、全身性エリテマトーデスやシェーグレン症候群などの自己免疫疾患における性差を説明しているように思われるが、「すべての自己免疫疾患に共通する単一のメカニズムが存在するわけではありません」とギュエリー氏はくぎを刺す。

自己免疫疾患の発症の予測に使えるか

 スタンフォード大学の研究では、全身性エリテマトーデス、強皮症、皮膚筋炎などの自己免疫疾患患者の血液中には、Xistに関連する多くのタンパク質に対して自己抗体が存在することがわかった。

 自己抗体の中には、特定の自己免疫疾患だけに関連するものもあれば、複数の疾患に共通するものもあった。したがって、この発見は、異なる疾患を区別するのに使える自己抗体検査パネルの開発につながる可能性がある。

 だがルージュル氏は、現在の研究では、自己抗体レベルが発病前に有意に上昇するかどうかは示されていないため、診断ツールの開発にはさらなる研究が必要だと述べている。

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