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「顔ダニ」は誰の顔にもいる、いったい何をしているのか?

  • 2024年4月1日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

「顔ダニ」は誰の顔にもいる、いったい何をしているのか?

ほとんど誰の顔にもいるダニは、どんなふうに生活し、私たちにどんな影響を与えているのだろうか。ナショナル ジオグラフィック別冊『禁断の世界 科学で解き明かす、見たくないけど見たいもの』から抜粋して紹介する。

 今この瞬間にも、何百匹、あるいは何千匹ものごく小さな8本脚の動物が、私たちの顔の毛穴の奥深くにこっそりすみついている。私の顔にも、あなたの顔にも、あなたの親友の顔にも、知り合いや恋人の顔にも、ほとんど誰の顔にでもこの生きものはいる。彼らはある意味、私たちに最も近いパートナーだ。

 その生きものとはダニだ。体は小さいが、クモガタ類に属し、クモの仲間とされる。あまりにも小さいので肉眼では見えず、動き回っていてもその動きを感じることはない。そもそも、このダニはあまり動き回ることがない。顔ダニと呼ばれるこのダニは究極の隠遁(いんとん)者で、1つの毛穴の中に潜り込んだまま、一生のほとんどを過ごす。生息場所にすっかり適応した彼らの体は、毛穴と同じような形をしている。

 さらに驚くべきことに、私たちの毛穴には2種類の異なるダニがすみついている。1つはコニキビダニ(Demodex brevis)で、体が短く、ずんぐりしている。漫画に登場する石器時代の原人がかついでいるこん棒のような形だ。このダニは皮脂腺の奥深くを好む。もう1つはニキビダニ(Demodex folliculorum)と呼ばれ、体がもう少し細長い。学名が示すように、ニキビダニは皮膚の表面に近い毛包(follicle)にすみつく。

一生を顔で過ごす

 どちらのダニも毛穴の中のそれぞれの居場所からあまり動かないため、穴に閉じこもっているときも、顔の荒野を旅するときも、科学者たちは観察に苦労する。だから、ダニの生態についてはあまり知られていない。

 しかし、ひとつ確かなこともある。彼らは生まれてから死ぬまでずっと、私たちの皮膚で生涯を過ごす。

 だから、私たちの顔で当然繁殖もしている。光が苦手なため、どうやら行為は夜に行っているようだ。顔ダニは毛穴にあるものをなんでも、おそらく、死んだ皮膚の細胞や皮脂を食べると考えられている。

 ということは、私たちの顔で排泄もしている。しかし、おそらく期待も込めて、科学者は顔ダニには肛門がなく、排泄物を死ぬまでため込んで排泄はしないと考えてきた。

 ところが、2022年に、顔ダニの小さな小さな肛門の写真が学術誌「Molecular Biology and Evolution」に発表された。文字面のおかしさは別として、おかげで顔ダニが死んだときに大量に放出される老廃物が皮膚の炎症を引き起こしているという説は否定された。

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顔ダニを調べてもらってみた

 論文にも書かれているように、不当にも、ダニは皮膚のさまざまな症状を引き起こすとされてきた。だが、ニキビダニの遺伝子は、彼らは害をもたらす寄生虫ではなく、人間と共生するように進化してきたことを示唆している。

 実際のところ、何もせずに生きていられるのはそのおかげかもしれない。ヒトに依存するにつれて、顔ダニは生き残るために必要な遺伝子の多様性を失っていった。そしてある時点で、「進化の過程で生き残りという要素が疑問視されるようになったかもしれない」と研究者は書いている。

 ダニたちはとても隠れるのが上手で、ほとんどの人は一生目にする機会もないはずだ。だが、顔ダニに興味を持った米ノースカロライナ州立大学の生物学者ロブ・ダンのチームが、この謎の生きものについての情報を大幅に増やした。そこで私(著者のエリカ・エンゲルハウプト氏)は一も二もなく、ノースカロライナ州ローリーにあるダンの研究室に行ってみることにした。私の顔のダニを見てもらいたいのはもちろん、このおかしな生きものについてもっと詳しく知りたかったからだ。

 研究室に所属する大学院生メーガン・ヒルは、私の顔のダニを取る前に赤毛のロングヘアをおだんごにまとめて、手袋をはめた。ヒルは、顔ダニを取り出すことにかけてはプロだった。それでも彼女は、これからやろうとしている方法ではダニが1匹も見つからないことも十分にありうる、と念を押した。

 ダニを捕まえるには、強力瞬間接着剤のシアノアクリレートを顔に1滴垂らして、その上に顕微鏡のスライドガラスを押しつけ、接着剤が乾いたらガラスごと接着剤を剥がすのが一番だそうだ。そうすると、ダニもひっくるめた毛穴の中身が接着剤にひっつき、毛穴の形のかたまりとなって丸ごと出てくる。この研究室では、1個の毛穴から14匹のダニが見つかったのが最高記録だと聞かされた。

 しかし、あいにくその日は研究室に強力瞬間接着剤が見当たらず、昔ながらのやり方でダニを探すことになった。ステンレススチール製の実験用ヘラで皮脂をこすり取ろうというわけだ。

「2匹、3匹......あ、コニキビダニもいる!」

 何時間かけてもダニが1匹も見つからず、毛穴の汚ればかりを彼女に見せることになるのではないかという不安で、私は緊張していた。ヒルは前傾姿勢になって、力強く一定のペースで私の顔にヘラをこすりつけた。1分後、彼女は健康的な半透明の顔の脂がべったりと付いたヘラを見せてくれた。さらに彼女は、取れた脂をスライドガラスになすりつけ、カバーガラスをかぶせて、スライドガラスを顕微鏡に載せた。

 この作業を何千回となくこなしてきたヒルは、慣れた手つきで顕微鏡を調整していた。私はおとなしく結果を待った。それほど長くはかからなかった。数秒後にヒルはつぶやいた──「いた」。彼女はもう1回顕微鏡をのぞき込んだ。「間違いない」。私たちはうれしくてキャーっと声を上げた。おまけに、私の顔にいたダニは生きていた。私は、ダニが小さな脚をもぞもぞ動かして明るい光から逃げようとしている瞬間を目にした。

 私の顔の元住人の貴重な姿を写真やビデオに収めたあとで、ヒルはスライド全体をさらにしっかりチェックした。ゆっくりと彼女は数え始めた。「2匹、3匹......あ、コニキビダニもいる!」

 それから彼女はしばらく黙ったあと、最終結果を告げる。「8匹」。ニキビダニが6匹、コニキビダニが2匹。これは多い数字だと説明してくれた。顔からこすり取る方法で見つかるのは普通なら1匹か2匹くらいで、まったく見つからないこともあるという。平均以上という結果を、私は前向きにとらえることにした。

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人間と非常に近い距離を保ちながら進化

 やがて、ヒルは顔ダニを探すいい方法を見つけた。DNAを利用するやり方だ。2014年、学術誌「PLOS ONE」に掲載された論文で、ダンのグループは顔ダニが誰にでもいることを示す初めての確かな証拠を発表した。採取した皮脂のDNAを分析した結果、18歳以上の被験者全員から顔ダニのDNAが検出されたのだ(ちなみに、顔をヘラでこするやり方でダニが見つかったのはたったの14パーセントだった)。

 さらにDNAの研究を進めると、顔ダニは人間と非常に近い距離を保ちながら進化してきたために、人種を反映した系統が少なくとも4種類──ヨーロッパ系、アジア系、南米系、アフリカ系──存在することが明らかになった。

 ダンのチームの一員で、現在はカリフォルニア科学アカデミーに所属するミシェル・トラウトベインは、顔ダニの世界的な多様性の研究を続けている。彼女は顔ダニの全ゲノム解析をしたいと考え、90カ国以上の人々の顔からダニを集め、ダニの進化の研究に新たな道を開こうとしている。

 また、ダニが人間と一緒にどのように進化してきたかの研究も進められているという。研究所でダニを育てることは難しいが、ダニの遺伝子を調べることでダニの体の仕組みを理解できるかもしれないそうだ。

私たちを助けてくれている?

 ダンらのチームは、顔ダニについてのまったく新しい考え方を先導しようとしている。人間の体にすみついているダニが発見されたのは1800年代だが、当時は寄生虫か病気ではないかと考えられ、その見方は変わることなく1世紀以上が過ぎた。顔に発赤が生じる「酒(しゅ)さ」の患者には顔ダニが多いことが分かり、皮膚科医は顔ダニが人間の酒さの原因になっているのではないかと考えてきた。

 しかし、今ではとらえ方が変わってきている。顔ダニが誰の顔にでもいるのなら、これまで言われてきたように「まん延している」というような表現は適切ではないかもしれない。

 酒さとの関連についても同じかもしれない──とヒルは主張する。逆に考えてみよう。酒さにかかると炎症が起こり、血流が増加する。これは顔ダニにとって好ましい環境なのかもしれない。言い換えると、顔ダニが増えるのは酒さの症状の1つであって、原因ではないということだ。

 また最近では、人間の体を、目に見えない多様な動植物がすみつく1つの生態系としてとらえるようになってきている。ダニが人間に寄生しているという見方が正しいとは言い切れない(寄生生物は宿主に害を及ぼす生きものと定義される)。数が正常な範囲であれば、腸内の善玉菌のように、顔ダニは何らかの形で私たちを助けてくれているのかもしれない。

 ヒルは、顔ダニが私たちの皮膚の微生物叢(びせいぶつそう、細菌や微生物の集まり)の形成を助けている可能性が高い、と考えている。さらに顔ダニは、毛穴の中の有害な微生物や、死んだ皮膚の細胞や皮脂を食べたり、殺菌作用のある物質を分泌したりしているかもしれない。

 実際のところ、人間と顔ダニは共生関係にあるのではないだろうか。私たちは毛穴の汚れをエサとして彼らに与え、彼らは毛穴の状態を整えてくれるということだ。

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