献立に迷ったとき、山本ゆりさんの料理本を頼りにしているという井田千秋さん。数々のファンを魅了してきた、笑いが絶えない料理本はいかにして生まれたのか? 『ごはんが楽しみ』には井田さんの「現在の好きな食べ物ランキング1位」であるパスタがたくさん載っているという話から、お二人が日々ストックしている「これ食べとったらいける」な定番食材についても伺いました。(全2回の2回目。前篇を読む)
――井田さんは前々から山本さんのレシピのファンだったそうですね。
井田 知ったきっかけは忘れてしまいましたが、ふつうに友達と話題にしていましたね。日々、献立に迷ったとき頼りにしてます。冷蔵庫をチェックしてから山本さんのXを見ると、必ず作れそうなレシピが見つかる。家にあるもので作れて、絶対失敗しない安心感があります。きのうはご著書に載っていた「ツナとじゃがいもの塩だれ煮」を作ったんですけど、ばっちりおいしくて。全幅の信頼を置いてます!
山本 めっちゃうれしいですね。ありがとうございます。
井田 山本さんのレシピは食材も工程もシンプルですよね。「家にあるものでできる」をうたっていて、「粉砂糖がなければ片栗粉でヨシ→そう! 粉砂糖は家にないんだよ!」なんてレシピにセルフツッコミが入ったりするのもとても好きです。こういう気楽さやユーモア、身近に感じられる雰囲気に「料理はもっと肩の力を抜いていいんだ」と思えるし、救われているファンの方も多いのかなと感じます。こうしたスタイルはどのように生まれたんですか?
山本 高校時代には料理本オタクみたいになっていて、通学途中の本屋さんで料理の本をせっせと立ち読みしてたんです。そのとき気づいたんです。この世にはいろんなタイプの料理本があるけど、ふざけた料理本だけはないな、と。あってもいいんじゃないかなと。
井田 すごい! 新刊の『ひたひたまで注いでコトコト煮詰めた話』もすごくおもしろくて! ドトールで読み始めたんですけど……笑いをこらえて肩をふるわせて読むみたいなページが多くて。外で読めないなと思いました(笑)。
――料理の写真についているキャッチも秀逸で。
山本 料理本の文章ってある程度、決まった型があるので、崩しやすくて。たとえば「冷めてもおいしいのでお弁当にも」と書くところを、「冷めてもおいしいので遅く帰った旦那にそのまま出せます」とか、「保存期間は季節により異なる」を「保存期間は性格により異なる」とか。「料理でふざける」というのは、ブログを始めた当初からのコンセプトです。
井田 友達のおしゃべりを聞いているような絶妙な距離感の語り口も心地よいです!
山本 文体はブログを始めたときから自然にこうなりましたね。学生時代からの友達同士の会話やメールそのままって感じで(笑)。
――井田さんの「現在の好きな食べ物ランキング1位」はパスタとのことですが、山本さんはいかがですか?
山本 友達とよくこういう話するけど、決められないんですよね。あえて言うなら目玉焼丼でしょうか。ウインナーものってて、納豆があったらさらにいい。
井田 朝ごはんですか?
山本 決まってないです。子どもの頃からの定番で「おなかすいたな」と思ったらこれを食べてる感じ。それにしても『ごはんが楽しみ』に出てくるパスタ、すごくおいしそうですよね。中学生の娘が「この本の中で一番パスタのページが好き」って言ってました。
井田 うれしいです! 好きが炸裂してパスタのページが多くなっちゃったので、偏りすぎたなという反省もあったりして(笑)。
山本 めっちゃおいしそうに描いてあるから全部作ってみたくなります。
井田 ハマるとそればっかり食べちゃうんですよね。一時は自家製担々麺ブームもあって。スーパーで生麺を買ってきて、挽肉を炒めて豆板醤と食べるラー油とかぶちこんで。そのときあるもので適当に味つけしてるので、毎回味がちがうんですが。
――常に切らさないようにしている食材はありますか?
井田 ツナ缶と卵ですかね。買い物に行く余裕がないときはツナ缶のパスタ。おかずがもう一品ほしいとき、副菜にツナを混ぜるとか。ツナ缶があると安心です。
山本 ツナのパスタのおいしさ、大人になってから気づきました。シンプルな具材だけどポテンシャルありますよね。うちも卵は常にあります。あと、切らさないのはニンジンですかね。食卓に何か野菜がいるなってとき「ニンジンさえ食べとけばいける」みたいな(笑)。栄養的に、自分の中の「これ食べとったらいける」シリーズはニンジン、納豆、コマツナ、ブロッコリーあたりですかね。
井田 よく使うのは玉ねぎ、ジャガイモかな。野菜といえば、うちの近くに無人販売所があるんですよ。そんなに種類はないんですけど、知らない野菜があったりするので試しに買ってみるのが楽しいです。最近はオータムポエムっていう野菜を買ってみました。
山本 無人販売所、いいですね。うらやましいです!
――『ごはんが楽しみ』では、食器にフォーカスしたページも多いですね。
井田 実家や身内から食器を譲ってもらったことがきっかけになって、食器の幅が広がりました。かつて自分でそろえてきたものは白い食器が多かったんです。何にでも合うし、統一感があっていいと思っていて。でも、いろんな色や柄のある和食器の良さがわかるようになって、選択肢が広がりましたね。今はバラバラの小皿を食卓に並べるのが楽しいです。
山本 実家のお皿の良さ、今になってわかったりしますよね。大人になったから?
井田 ほんとに。あんなに興味がなかったのに。まさか和菓子用の漆や金箔使いのお皿をかわいいと思う日が来るなんて。
山本 私も大学生の頃とかは白っぽいカフェっぽい食器をそろえてましたっけ。今はサイトで買うことが多いんですけど……和食器はふるさと納税の返礼品で土地の焼き物を買うことも増えました。ちょっとお値段するけど、ふるさと納税だしいいかと。でも、器って値段だけじゃ語れないですよね。
井田 使ってみるまでわからないですね。
山本 間に合わせで買った器が、意外と何にでも合って大活躍したり。よく撮影で使うアルファベット柄の白いお皿、「どこで買ったんですか?」と聞かれるんですが、大学時代にセリアで100円で買ったものだったりして。もっと買っとけばよかった(笑)。
井田 そういうこともありますよね。長年、食器を増やすのがずっとこわかったんですよ。沼にハマったら終わりだと思って躊躇してたんですけど……一回手を出したら吹っ切れました(笑)。増えるばっかりですね。箸置きやカトラリーもその日の気分で選ぶ楽しみを知ってしまうと、なんて食べる時間が豊かになるんだろうと。
山本 たとえば服ってワンシーズンで着つぶしたりしますよね。1900円の服はすぐボロボロになるけど、食器って1900円出せばちょっといいやつ買えるじゃないですか。それに気づいたときにすごい買うようになってしまって(笑)。前は3000円のお皿なんて絶対無理と思ってたのに。考えたら、器だと4000〜5000円で作家ものとかも買えちゃうわけですよ。服だと思えば安い買い物です。
井田 本当にその通り(笑)!
山本 とはいえ私、自分一人のときは軽くて割れない器を使っちゃうんですよ。目玉焼丼も黒いプラスチックの謎の丼に入れて食べてたりなんかして。『ごはんが楽しみ』を読んで「自分のためにいい食器買ったらいいやん」って思いましたね。毎回おいしいものを食べたいなと思ってますが、ちゃんとやるともっと楽しめるんだなぁって。励みになります。井田さんの本を読んでると「一人の、だれに見られてるわけでもない自分だけの時間」に楽しいことをするっていうのがすごくいいなぁと思うんですよ。
井田 ありがとうございます。パラパラながめるだけでワクワクしたり癒されるような本を作りたいと思っていたので。そんなふうに言っていただけてうれしいです!
山本 毎日をもっと楽しめるって教えてくれるような本だと思いました。友達にプレゼントしたくなる本です!
井田千秋(いだ・ちあき)
細やかで生活に寄り添った描写で愛されるイラストレーター・漫画家。著書に『家が好きな人』(実業之日本社)、『わたしの塗り絵BOOK 憧れのお店屋さん』(日本ヴォーグ社)など。児童書の挿絵に『へんくつさんのお茶会』(Gakken)、『ぼくのまつり縫い』シリーズ(偕成社)など。
山本ゆり(やまもと・ゆり)
料理コラムニスト。『syunkonカフェごはん』シリーズ(宝島社)が累計800万部。エッセイ本『おしゃべりな人見知り』(扶桑社)やブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」も人気。
文=粟生こずえ