あの味を、もう一度…。長崎で出会ってしまった“また食べたい”絶品グルメ〈卓袱料理の豚角煮、鮮度バツグンの刺身〉

  • 2025年4月2日
  • CREA WEB

日本三大名橋に数えられる現存最古のアーチ型石橋のひとつ、眼鏡橋。長崎市内の人気撮影スポットにもなっている。

 ああ、また食べたい。思い出すたびにそう思う料理に長崎市内の旅で出会った。多文化が融合して発展した卓袱(しっぽく)料理のメインディッシュである豚の角煮に、それから豊かな漁場で獲れた新鮮な地魚の刺身……。地元で愛されるふたつの料亭の逸品を紹介しよう。


長崎の伝統、卓袱料理を味わえる老舗「坂本屋」


創業131年の歴史を誇る老舗料亭「坂本屋」。卓袱料理のほか、季節の会席料理を提供。

 まずは、長崎の郷土料理である卓袱料理の老舗「坂本屋」(長崎市金屋町)だ。1894年に旅館として創業し、2代目が長崎の宿で初めて卓袱料理を提供しはじめたという。過去に、画家の東郷青児や山下清、歌手の淡谷のり子など、多くの文化人も訪れた。現在は料亭として営業し、地元客を中心に愛されている店だ。


卓袱料理は、夜1名13,200円〜、昼4,620円〜でそれぞれ複数のコースを用意している。

 昼と夜の営業で、今回、昼の卓袱料理のコースをいただいた。門口ののれんをくぐって店内へ入ると、立派な和建築に風格がただよう。和室の円卓に腰をかけると、着物姿の女将・坂本悦子さんが料理の説明をしてくれた。客一行が席に着いたら、まず女将のあいさつからはじまるのが卓袱料理のしきたりなのだ。


坂本屋は、旅館から始まった歴史があり、和建築が美しい。

 坂本さんの話などによれば、卓袱料理の起源は、江戸時代の鎖国の間に唯一海外と交易をしていた出島からだといわれる。唐人屋敷に暮らした中国人が日本人や西洋人への接待料理として提供したのち、一般家庭、そして料亭へと伝わった。そうしたルーツがあるため、和・華・蘭(わからん)の食文化が融合した長崎特有の料理になったというわけだ。

 女将の「お鰭(ひれ)をどうぞ」の言葉で食事をはじめる。お鰭とは、卓袱料理の最初に出される鯛の身が入ったお吸いもので、宴席のあいさつや乾杯は、全員がそれを食べ終わるまで待ってから。卓袱料理にはほかにも、基本的に取り皿はひとり2枚まで、とか、直箸で料理を取る、といった古くからの作法がある。


今回は昼のコースをいただいた。円卓いっぱいに色とりどりの料理が並ぶ。

 また、朱塗りの円卓を囲むことも特徴で、「上下の隔たりなく、和気あいあいと楽しめるように」との思いが込められているそうだ。

 坂本屋の卓袱料理はコースによって、10〜15種類。お鰭からスタートして、地元の魚や肉、野菜を使った大皿小皿の料理が円卓いっぱいに並び、最後は梅椀と呼ばれるおしるこでしめる。上品に盛りつけられたひと皿ひと皿は、目にも楽しく、満足感たっぷりだった。


坂本屋の名物である東坡煮。商品化されていて通販でも購入できる。

 さて、そんななかでひと際、印象的だったのが豚の角煮だ。これは、東坡煮(とうばに)といい、卓袱料理の代表的なメニュー。見るからにやわらかそうな、艶のある角煮に、黄色いからしがちょこんと乗っている。口に運べば、ほろり。肉によく染み込んだまろやかな甘さしょっぱさが、白米にばちんと合う。ほおが落ちるとは、こういうことなのだろう。

 坂本屋の東坡煮は、コースの華にして伝統と歴史が織りなす味だ。聞けば、厳選された皮付き三枚バラ肉を長時間ゆでて油を徹底的に落とすことで、ゼラチン質のみが残り、うまみに変化するという。そして、あくを取りながら長時間煮込み、さらにひと晩寝かせて完成させる。

「他国の文化を受け入れてきた卓袱料理なので、これまでの伝統を守りながらも、各国の料理を受け入れて進化していきたいです」と坂本さん。“伝統は革新の積み重ね”がコンセプトだという創業130余年の老舗料亭の味をぜひ一度。


国宝、大浦天主堂。長崎市内は歴史ある洋風建築が多く残り、異国情緒ただよう。

また食べたい…。「かね万」の鮮度バツグンの刺身


魚料理が自慢の「かね万」は、伊勢エビの刺身が付いた全部で料理9品のコース(1名9,900円〜)が人気。

 次に紹介するのは、茂木漁港近くに店を構えるいけす料理「かね万」(長崎市茂木町)。4代目店主・池山実さんの曽祖母が1932年に始めた茶屋がルーツで、その後旅館業を経て、現在は料亭として営業。企業の会食や家族の祝いごとなど、古くから地元客に親しまれている。


ざっこエビのから揚げ。コースは、旬の食材を使うため季節によって変わる。

 売りは、なんといっても新鮮な地魚を使った料理だ。橘湾で獲れた季節の魚を仕入れ、店内のいけすから活きのいいまま、熟練の板前がさばく。そんな地産地消にこだわった料理とともに、和室からのオーシャンビューが自慢だという。


鯛と車エビの塩焼き。

 池山さんは、「海景色を堪能しながらゆっくりと食事を楽しんでいただきたいです。お時間が許すようであれば、夕方早めのお越しがおすすめです」と話す。


晴れた日中には美しい海を眺めながら食事ができる。(写真提供:かね万)

酢のものは、ミズイカの刺身・鯛とフカの湯引き。

 今回は、夜の到着となったので次回は海景色も見たいところだが、暗いなかに明かりが灯る料亭もなかなか雰囲気があった。和室の座卓に着くと、鮮やかな朱色の円卓に、次々とコース料理が並んでいく。

 地元で「ざっこエビ」と呼ばれる小さなエビのから揚げ、鯛と車エビの塩焼き、みそ酢を添えた鯛とフカの湯引きとミズイカの刺身、それからサザエのつぼ焼き、エビと野菜の天ぷら……終盤には白米にみそ汁、漬けもの。そして、デザートに茂木名物のびわゼリー。料理9品の、とても充実した内容だった。


エビと野菜の天ぷら。

 なかでもとくに感動したのが、刺身。ヒラメの姿造り、その脇にヒラス(ヒラマサ)も。大皿がテーブルにどんと到着すると、おおっと卓のみなが歓声を上げた。食べてみると、いい弾力がある。知っている刺身と、全然違うのだ。このコリコリとした歯ごたえは、新鮮な魚でしかありえないという。その味はさっぱりしていて、なるほど、長崎らしい甘口醤油によく合う。


ヒラメとヒラスの刺身。鮮度バツグン。

新鮮な刺身は、弾力があってさっぱりしている。(写真提供:かね万)

 地元住民が「長崎といえば、刺身だ」と推すのがよくわかった。そういえば先日、長崎で生まれ育ったという大阪のタクシー運転手が、「長崎の寿司が恋しい」なんて話していた。釣り好きの友人が、足しげく長崎へ通うのもそういうことか。


長崎県内の日本酒も各種置いている。

 そんなうまい刺身に、酒も進む。かね万では、「飛鸞」(森酒造場)、「杵の川」(杵の川)、「本陣」(潜龍酒造)など、地元の日本酒を置いている。


デザートは、茂木の名産であるびわの果実がごろっと入ったゼリー。

 さて今回は、長崎の歴史と自然が育んだ逸品を紹介した。こうやって旅を振り返り、文章につづりながらも、“ああ、あの味をもう一度”と、思うわけである。

文=一ノ瀬伸
写真=釜谷洋史

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright (c) Bungeishunju ltd. All Rights Reserved.