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ブンカ堂の店主・西村浩志が語る 変わる立石、変わらぬ“街を飲む”文化 ーー2024年前半BEST7

  • 2024年5月7日
  • CREA WEB

 2024年1〜4月にCREA WEBで反響の大きかった記事ベスト7を発表します。グルメ部門の第5位は、こちら!(初公開日 2024年1月21日)



店名の「ブンカ堂」は西村さんの祖父と祖母、両親が営んでいた玩具店の名前からとった。

 “飲み歩きの聖地”「立石」。昭和の香り漂うその街並みが、大規模な再開発計画によって変わりつつある。再開発は4.5ヘクタールにもおよび、駅前一帯のほとんどがその対象地域となっている。いくつかの再開発事業が並行して進んでいるため既に工事が始まっている場所もある。京成立石駅北口側の工事は2023年9月に着工された。

「餃子の店 蘭州」や「鳥房」といった老舗が軒を連ねていた駅北側の立石駅通り商店街には今、工事のための白い仮囲いが並び立つ。そんな殺風景な通りの先で、現在も明かりを灯し続ける逞しい店がある。そのひとつが、こだわりの純米酒やナチュラルワインが楽しめる人気店「ブンカ堂」だ。

 立石で生まれ育ち「街に助けられてきた」というブンカ堂の店主・西村浩志さんにインタビュー。ブンカ堂のこだわり、立石の昔と今、そして未来について語ってもらった。


立石には昔っから昼飲みの文化があったんです


立石駅通り商店街は工事の仮囲いで覆われている。

 再開発の影響でその一帯が立ち退きとなってしまった駅北口エリア「呑んべ横丁」の「江戸っ子」、南口エリアで現在も営業を続ける「宇ち多゛(うちだ)」や「ミツワ」など、もつ焼きの名店が多くある街としても知られる立石。ブンカ堂のシンボルである緑色の暖簾には、「宇ち多゛より」の文字が入っている。

 僕が小さい頃、立石には町工場がわりとたくさんあったんです。その町工場の職人さんたちは、夜通し仕事をして、翌日の昼に納品するみたいなルーティーンで仕事をしていて。昼に仕事を終えたあと、安く酔えるってことで焼酎を飲んで、スタミナをつけるためにもつ焼きを食べていた。

 立石のもつ焼き文化や、昼飲み文化の発展には、そういう背景もありますね。コワモテのガタイのいい人が早い時間から赤ら顔になっていたりして。小さいころは親から「あんまり飲み屋のあるところには近付くんじゃない」って言われてました(笑)。


「ブンカ堂」のオープンは2018年12月。

 江戸っ子さんや宇ち多゛さん、ミツワさんは、もちろんそのころからある老舗です。うちの店の暖簾は、小中学校の先輩でもある宇ち多゛の三代目が「暖簾が欲しいなら、作って領収書持ってこい」って、開店祝いに贈ってくれたもの。一見怖い人ですけど、実は気遣いのあるいい人ですね。


暖簾は西村さんが好きな緑色。ウッド調のインテリアと組み合わせて“木”のようなカラーの空間に。

 僕は生まれも育ちも立石で、立石から出たことがなくて。飲食の仕事は、学生時代のアルバイトから続けています。実は料理も接客もそんなに好きじゃないんですけど(笑)、サラリーマンになろうとは思わなかった。ただ時の流れに身を任せてここまで来た感じですね。

 最初は中華料理屋さんで働いていて、そのあとはずっと飲み屋さん。中華料理屋さんを辞めて次の職場を探す間は、地元の友達のプレス加工屋さんを手伝っていました。今もそうですけど、ずっと立石って街に助けてもらっています。

お酒も料理も西村さんのこだわりが詰まったブンカ堂の“味”


西村さんの行き来のため一部を外しているコの字カウンターならぬ“ニの字カウンター”。

 南口エリアの「おでん二毛作」(現:おでんの丸忠)に約14年勤めたあと、2018年12月にブンカ堂をオープンさせた西村さん。客席は厨房からつながる10席の“ニの字カウンター”のみで、訪れるお客たちの間で自然と会話が生まれる。お客同士の会話を聞いていないようで聞いている、西村さんのシュールな返しも店の名物だ。おでんの店から独立した西村さんだが、ブンカ堂のメニューにおでんはない。素材を生かした創作料理と選び抜かれた純米酒、体にやさしいナチュラルワインを扱う。

 実は二毛作ではおでん作りに携わっていなかったので、ブンカ堂でおでんをやろうとは全く考えてなかったんです。でもやっぱりおでんの店から独立してるから、来てくれた人から「あれ? おでんやってないんだ」と言われることもありました(笑)。常連さんに人気の「豚バラ生姜焼き」は、南口エリアに昔からあるお肉屋さん「愛知屋」さんの豚バラを使っています。お酒に合う濃いめの味付けがこだわりです。


濃いめの味付けがポイント。

生姜の香りが食欲をそそる「豚バラ生姜焼き」650円。うすはりグラスで提供される「アサヒ プレミアム生ビール 熟撰」600円。

味付けはシンプルに、とにかく柔らかくなるまで煮込む「豚タンの塩煮込み」630円。常連に人気の「生酛のどぶ」のソーダ割り650円はスッキリと飲める。

 お酒は、自分が好きな純米酒やナチュラルワイン、ウイスキーなどを中心に置いています。日本酒は、若い頃先輩に飲まされて気持ち悪くなった思い出があって、もともとは大っ嫌いだったんです。でも当時の二毛作の常連さんが「いいお酒あるよ」と「生酛のどぶ」を持ってきてくれて、飲んでみたらめちゃくちゃうまかった。

 それで「どこで買えるんですか?」と聞いて教えてもらったのが、今もお酒を仕入れている千駄木の「リカーズのだや」さん。次の休みにお店に行って事情を話したら、特別にいろいろとお燗して試飲させてくれて。そこで気になった「神亀」と「竹鶴」、そして「生酛のどぶ」は、今でもお店に置いています。ナチュラルワインを置くようになったのも、のだやさんが面白さを教えてくれたからです。


ナチュラルワインはグラス750円から。日本酒やクラフトウイスキーの品ぞろえも充実している。

塀を見て初めて「あ、街変わっちゃうんだ」と思った


多くの呑兵衛たちに愛された名店が移転や閉店を余儀なくされた。

 再開発後の京成立石駅北口側には、地上36階建てのタワーマンションや、葛飾区新庁舎も入る大型商業施設が建設される。宇ち多゛やミツワのある南口側も2027年に再開発工事が始まる予定だ。変わりゆく立石について、西村さんはどんなことを思うのだろう。

 立石自体、僕が小さい頃からちょこちょこ変わってはいるけど、今回の変わりようは強制的だし、人工的だなと思いますね。再開発が決まって「23年の8月末までにみなさん出ていってくださいね」ってなるまで、当事者の人たちも、周りに住んでる僕らも、いまいちピンときてなかったんです。

 でも実際に8月末になったら、みなさん軒並みきれいに立ち退いていって。北口側が工事の白い塀に囲われた時に、たぶん僕も含めてみんな初めて「あ、街変わっちゃうんだ」と思った。現実に直面してようやく悲しい気持ちに気づいたし「決まる前に声を上げればよかった」って正直、がっくり来ました。みんなもそうだったんじゃないかな。

 北口エリアがこんな状況だから、南口エリアの再開発が決まっている場所の人たちは「いずれは同じように追い出されちゃう」って、ちょっと焦ってるというか、寂しいというか……そういう気持ちが強くなったと思います。

立石は街全体でひとつ。そういう飲みの文化がある


「ど根性で頑張っていくしかないですよね」

 僕が5年前に独立を決めた時には、すでに再開発のエリアが決まっていて。うちの店はそのエリアから外れていたので「再開発の場所じゃないから大丈夫」って、当時は安易な気持ちで場所を決めたんです。でも、今思うとそういうことじゃなかったんですよね。

 再開発前は、立石を「ハシゴして楽しもう」と街の外から来てくれた人たちが圧倒的に多くて。でも、蘭州さんや鳥房さん、江戸っ子さんがどかされちゃった今、外から来る人は減りました。改めて街全体がひとつなんだなと思ったし、飲食店の立場として、いかに立石に助けてもらっていたかということが身に染みてわかりました。

 お店をハシゴするお客さんに「蘭州さんの餃子も食べて帰ってください」とか、「鳥房さんは1人1つ半身の若鳥の唐揚げを頼むのがルールだけど、2人で行けば1つお土産にして、もう1つをシェアしながら食べられますよ」とか、「江戸っ子さんでボール(焼酎ハイボール)飲みすぎないように気をつけながら、もつ焼きも食べてください」とか、偉大なお店を紹介して街全体を堪能して帰ってもらうことが僕の楽しみでもありました。

 でも、工事が始まって、そういうことも難しくなってしまった。再開発を経て、この先どう変わるかはわからないですけど、元通りにはならないのは間違いないですよね。だけど、僕は生まれ育ったのがこの街だし、小さいながらも自分で店を構えたんで、ど根性で頑張るしかないなと思ってます。


昼間から多くの人が集う。

 立石という街の好きなところは、フランクなところ。挨拶をちゃんとしてくれる人が多いし、過ごしていて、いい意味で気が楽というか。でも、大人になるまで立石の良さも悪さもわからなかった。外の飲み屋さんに行った時に、初めて「立石の街ってちょっと違うんだな。早くから飲めるし、やたらともつ焼きばっかりあるし」と気づいて。だから、これからも外から来てくれた人に立石の魅力を伝えていきますよ。

 蘭州さんや鳥房さんも移転して営業を続けられるみたいですし、これからも立石の街ごと楽しんでほしいんです。僕はこれまでずっと立石で過ごしてきたし、助けられてきた。微力ながらでも街に恩返しがしたいですね。

 なお、蘭州は羊料理を中心としたメニューに一新し、24年1月6日に南口側に移転オープン。鳥房も今後北口側に移転オープンの予定。再開発で街は変わりつつあるが、そこに生活する人々の気持ちは変わらない。下町ならではの人のあたたかさが感じられる“気が楽”な街「立石」にぜひ触れてみてほしい。

ブンカ堂

所在地 東京都葛飾区立石4-27-9
電話番号 03-5654-9633
営業時間 月〜土、祝前日/14:00〜翌0:00(L.O. 23:00) 日、祝日/14:00〜22:00(L.O. 21:00)
定休日 不定休。臨時で休むこともあり
https://bunkadoukeiseitateisi.owst.jp/

文=石橋果奈
写真=深野未季

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