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他人を攻撃してしまう9歳の少女を、 “社会から排除”するか、見守るか。 2つのドイツ映画が描く「不寛容」

  • 2024年5月4日
  • CREA WEB

 映画ライターの月永理絵さんが、新旧の映画を通して社会を見つめる新連載。第8回となる今回のテーマは、「問題を抱えた子どもたち」。

 現在公開中の映画『システム・クラッシャー』の主人公・ベニーは、ある“願い”が叶わず問題行動を繰り返す9歳の少女。社会のシステムに従わない彼女に、大人が出す答えとは? 対して5月17日公開の『ありふれた教室』では、大人が子どもを不寛容な世界に閉じ込めていく――。


悪態をつき、叫び、ものを破壊する子はコミュニティから追い出されてしかるべき?


映画『システム・クラッシャー』シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

 学校で、家で、街中で、いつも問題行動を起こしてしまう子どもたち。悲しいことに、そうした子の多くは「問題を抱えた子ども」と呼ばれ、社会のなかで居場所を失いがち。学校や家庭などの集団生活の場で、ひとりの子だけに特別な配慮をするのは、多くの場合難しいからだ。結果的にそうした子たちは孤立し、たいていはその場を追い出されてしまう。

 けれど、そもそもそうした子たちをつくりだすのは大人たちではないだろうか。大人の都合に合わせて行動できない子を「問題」としているにすぎない。問題があるとすれば、子どもの側にではなく、社会のシステムにこそ問題があるはずだ。

 ドイツ映画『システム・クラッシャー』は、問題を抱えたひとりの子どもの姿を通して、その子の居場所をつくれない、社会の側の問題を描く。主人公は、自分の感情をうまくコントロールできない9歳の少女ベニー(ヘレナ・ゼンゲル)。母親や弟妹と離れて暮らすベニーは、これまで里親の家庭やグループホーム、特別支援学校に託されては、その都度問題を起こし別の場所へとたらい回しにされてきた。

 彼女は一度強い怒りに駆られるとどうにも止められず、凄まじい勢いで悪態をつき、叫び、相手に殴りかかり、ものを破壊する。大人が数人かかっても抑えきれないベニーの凄まじいパワーは、周囲の人々を傷つけ、結果として彼女はどこの居場所からも追い出されてしまう。


映画『システム・クラッシャー』シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

 これが初長編となるノラ・フィングシャイト監督は、養護施設を取材するうち、攻撃的な性格ゆえに行く先々で問題を起こし、施設を転々とせざるを得ない子どもたちがいること、そして彼らが「システム・クラッシャー」と呼ばれるのを知り、制御不能な少女ベニーの物語を作り上げたという。ベニーが感情を制御できない理由のひとつは、赤ん坊のときに受けた父親からの虐待。病院でカウンセリングを受けても、安定剤を飲んでも、根本的な解決にはならず、問題を起こすたびに治療法はより負担の大きなものになっていく。

ベニーに“特別な愛情”を抱いてしまったら、どうする?


映画『システム・クラッシャー』シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

 ベニーはただ一心に母親と一緒に暮らしたいと求め続けるが、母ビアンカ(リザ・ハーグマイスター)は、娘を愛しながらも、その凶暴さを恐れ逃げ出してしまう。だからといって彼女だけが悪いわけではない。女性がひとりで子どもたちを育てるのは大変な労力だし、横暴なパートナーや貧困に苦しんでいるならなおさらのこと。幼い子たちを守るため、自分の手には負えない上の娘を見捨ててしまうのも、悲しいけれど納得はできる。

 ベニーを取り巻く大人たちも、決して悪い人ばかりではない。社会福祉課のバファネ(ガブリエラ・マリア・シュマイデ)は、どうにかベニーが安心して定住できる場所を見つけてあげようと奮闘しているし、グループホームの職員たちはみな、強い信念をもって勤しんでいる。

 かつての里親も、できるなら彼女を他の子どもと同じように受け入れたいと望んでいる。問題は、みな他にも大勢の子どもたちの面倒を見なければならず、ベニーひとりだけを特別視するわけにはいかないことにある。ルールを守れず、人を傷つけずにいられないベニーは集団生活に馴染めず、どのシステムからもはみ出してしまうのだ。


映画『システム・クラッシャー』シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

 やがてベニーは、通学のための付添人としてやってきたミヒャ(アルブレヒト・シュッフ)という青年と知り合う。これまで知り合った大人とは違う雰囲気を持つミヒャに、ベニーは興味を持つ。ミヒャも、野生の狼のようなベニーの瞳に魅入られ、誰の手にも負えない彼女を自分だけは救えるかもしれないと考える。そこで彼は、ネットも電気もない森で数日間を過ごす、というプログラムを提案し、ベニーの衝動的な性格を良い方向へ導こうとする。

 おそらくミヒャという人も、不幸な幼少期を過ごし怒りを抑えきれない子どもとして育った人なのだろう。だからミヒャとベニーの間には、他の人たちとは違う特別な絆が築かれる。普通であれば、その絆が孤独な少女をまともな生活へと導くことになりそうだが、この映画はそう単純な物語には行きつかない。親密になるにつれ、ベニーに特別な愛情を抱き始めたミヒャは、そんな自分に困惑し、この子を守るのはあくまで仕事に過ぎない、踏み込み過ぎてはいけないのだと必死で言い聞かせる。

「ルールに従ってほしい」と願う大人のほうが問題?


映画『システム・クラッシャー』シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

 フランスを舞台にした『太陽のめざめ』(エマニュエル・ベルコ監督)という映画を見たときも、子どもを保護する立場の大人が、愛情を持ちながらも保護の対象者との間にシビアな一線を引くことに驚いた記憶がある。この映画の主人公は、ベニーと同じように、親の愛情を受けられずに育ち、怒りを抑えられないまま非行を繰り返す10代の少年(ロッド・パラド)。家庭裁判所の判事(カトリーヌ・ドヌーヴ)や保護士(ブノワ・マジメル)は、少年の将来を案じ、彼が悪い道に進まないよう導こうと努力する。けれど、少年が越えてはいけない一線を越えたとき、彼らは冷静な判断をくだす。少年を救いたいと思うからこそ、彼らはあくまでプロフェッショナルな存在として、正しい判断をくださなければいけないのだ。

 安易に甘い言葉をかけるよりは、子どもとの間に適切な距離を置くほうがたしかに適切な態度といえるかもしれない。『システム・クラッシャー』において、「いつかは一緒に暮らせる」という母親の言葉がベニーに希望を与え、それが実現できないことで彼女をよけいに苦しませるのを思えば、ミヒャの態度はたしかに誠実に思える。だが大人の考える誠実さは、子どもには伝わらない。なぜ自分を受け入れてくれないのか、彼女の怒りはますます悲痛なものになり、周囲の大人たちは、職業倫理と自身の感情との間で激しく揺れ動くことになる。


映画『システム・クラッシャー』シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

 引き裂かれるのは、私たち観客も同じこと。それほどに、ベニーという少女の破壊と走行はあまりに魅力的だ。大声をあげ、力の限り疾走し、ときに画面すら破壊しかねない彼女を前に、私たちはこう思わずにいられない。どうかこのまま力の限り走り続けてほしいと。ここから逃げても行き着く先なんてどこにもない。暴れれば暴れるほど事態は悪化するだけ。大人しくルールに従うほうが絶対に君のためになる。そう頭ではわかっていても、ベニーが走り出した途端、わくわくする気持ちを抑えきれない。彼女が画面から飛び出し自由になることを願ってしまう。

 それにしても、たったひとりの少女の居場所をつくることがなぜこれほど難しいのだろう。映画を見るだけでは、ドイツの社会福祉の現状がどのようなものであるのかはわからない。グループホームから里親制度まで、子どもたちをケアする場所がたくさんあり、関わるスタッフが多いことを、希望的に捉えてもいいのかもしれない。でもたとえシステム上仕方がないからといって、問題を起こした途端に受け入れ先が変わっていく状況は、幼い子どもにとってはあまりにも残酷な仕打ちに思える。


映画『システム・クラッシャー』シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中。© 2019 kineo Filmproduktion Peter Hartwig, Weydemann Bros. GmbH, Oma Inge Film UG (haftungsbeschränkt), ZDF

 どれだけ言い聞かせても、行動や性質を変えるのが難しい子どもは大勢いる。それなら、システムに従って子どもを変えようとするのではなく、このシステム自体を変えることはできないのだろうか? ベニーの走りに追いつけない私たちのほうが、よっぽど問題を抱えた大人ではないだろうか?

「子どもの居場所」のために大人ができることは?


映画『ありふれた教室』5月17日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国公開。©if… Productions/ZDF/arte MMXXII ifProductions_JudithKaufmann

 同じくドイツで製作された『ありふれた教室』は、まさに「問題を抱えた大人たち」にスポットをあてた映画だ。ドイツ出身の新鋭イルケル・チャタクが監督した本作は、ベルリン国際映画祭2部門で受賞、米アカデミー賞国際長編賞にもノミネートされるなど、大きな反響を呼んだ。

 ドイツのある中学校で盗難事件が発生し、教師たちは生徒に疑いの目を向け、犯人をあぶり出そうとする。学校側の強引なやり方に反発した新人教師のカーラ(レオニー・ベネシュ)は、ひそかに職員室の様子を撮影し、犯人を自力で探り当てようとする。だがその行動が、同僚や保護者、生徒たち全員を巻き込んだ大騒動へと発展していく。


映画『ありふれた教室』5月17日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国公開。©if… Productions/ZDF/arte MMXXII Judith Kaufmann, Alamode Film

 この学校は、「不寛容(ゼロ・トレランス)教育」を目指し、罪は罪として厳しく追求する方針だという。方針に反発したカーラが、どうにか事態を改善したいと望んだのはたしかに正義感からだろう。だが良かれと思って起こした行動が、ますます事態を混乱させ、あらゆる方向からカーラへと敵意が向けられていく。彼女自身に不用意さと浅はかさがあったことは否定できない。それでも、ひとりの教師がひたすら追い詰められ、逃げ場を失っていく様は、あまりにも恐ろしい。


映画『ありふれた教室』5月17日(金)新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座、シネ・リーブル池袋ほか全国公開 ©if… Productions/ZDF/arte MMXXII ifProductions_JudithKaufmann

 だが、一番のしわ寄せを受けるのはやはり子どもたちだ。大人たちの思惑に巻き込まれ、本来安全であるはずの学校が、もっとも不安で危険な場になってしまう。いったい何をどこで間違えたのか。サスペンスとしか言いようがない恐ろしい展開を見つめながら、果たしてどのような解決方法があるのか、子どもの居場所を守るには何を優先すべきなのか、考えこまずにはいられない。

文=月永理絵

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