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“購入客の約半数が20〜30代” アンテプリマ・荻野いづみに聞く ワイヤーバッグが若者に“再ヒット”の理由

  • 2024年4月17日
  • CREA WEB

 アンテプリマのワイヤーバッグと言えば、1998年の発売から、2000年代にかけて一世を風靡した最先端トレンドのバッグ。誰もが皆、こぞって手に入れようと店舗に長い列を作ったものでした。

 そのワイヤーバッグがブランド設立30年を経て、再度熱いトレンドを形成しています。23年の春夏商品では、20〜30代がワイヤーバッグ購入客全体の46%を占め、そのうち92%が新規客とのこと。スマートでファッショナブル、そして今もなおモダンの先端を行くワイヤーバッグが、スマホ一台だけで外出できてしまうデジタルネイティブ世代や、20〜30代の若年層を中心に人気を博し、そして親世代のハートも熱くさせているそうです。

 今回はそのアンテプリマのクリエイティブ・ディレクターである荻野いづみさんにインタビュー。決して一筋縄ではいかなかった彼女の人生と、女性実業家として先見の明を持ち、アンテプリマを長年にわたり一流ブランドたらしめてきた彼女の人生哲学について聞きました。(全3回の1回目。)



24FWコレクションで挨拶する荻野いづみさん。(提供:アンテプリマ)

2世代にわたり、イット・バッグとなったワイヤーバッグ

――2023年、ブランド創業から30周年を迎えられたとのこと、おめでとうございます。ワイヤーバッグが今、再ブームとなり、23年春夏では、20〜30代がワイヤーバッグ購入客全体の46%を占め、そのうち92%が新規客だとうかがいました。若年層へのヒットの理由を荻野さんはどう見ていらっしゃいますか?

 コロナ禍の後、ファッションはハイブランドとファストブランドに二極化し、中間がすっぽりと抜けてしまった状態です。一方で、今の若い方たちは“モノを見る力”や“選ぶ力”にすごく長けていて、「どうしてそれを選ぶのか」という部分にこだわりがあるように思います。

 そういった、何十万もするバッグを持つことには抵抗があるけれど、あまりこだわりのないものは持ちたくないという若い人に、アンテプリマが刺さったのではないでしょうか。私たちにとって、本当に嬉しい出来事だと思っています。

 1993年の創業以来、アンテプリマを育ててきて、その道程でミラノコレクションに参加したり、アーティストとのコラボレーションを行ったりしてきました。日本とイタリア、伝統と革新をつなぐというミラノサローネの趣旨に賛同して、様々なアーティストやデザイナーをお招きすることもあります。そういった、ブランドとして“売る以外のこと”にも一生懸命コツコツ取り組むうちに、アンテプリマの考え方に共感してくださる方が増えたのかもしれません。

 もちろん、製品の使いやすさという視点でも、スマホと小さなお財布やカードだけポンと入れて出かけたいという若い方のニーズに、アンテプリマのバッグがフィットしたという理由もあると思います。

「私も孫と似たような格好をしていますし(笑)」

――とはいえ、ニーズに合うバッグは他にもたくさんあります。

 ワイヤーバッグは、とてもアイデンティティが強いのだと思います。遠くからでも一目見ただけで、「あ、アンテプリマのワイヤーバッグだ」と分かります。PVC(ポリ塩化ビニル)という素材を手編みで編んでいますから、唯一無二の表情が生まれます。サステナビリティという観点から見ても、“手編み”なので長く愛用していただくことができます。選ばれる理由は決してひとつではないんです。

――お母様と娘さん、と世代を超えてお揃いでお持ちになるようなケースも多いそうですね。

 娘さんが持たれたことで、「あら、私も持っていたわ」とクローゼットから出してきたり、お店に足を運ばれて「ヒットしているんですね」とお買い物に来てくださったりする方もいらっしゃいます。

 購入されるアイテムは若い方もご年配の方も共通して、小さなサイズのバッグなんです。私も孫と似たような格好をしていますし(笑)、携帯とカードだけがあればいいという時代なので、ニーズは同じなんでしょうね。最近は大きなバッグを持っているとおばさんぽいわって、自分自身でも感じるようになりましたから。


「携帯とカードだけがあればいいという時代」と自身も感じているという荻野いづみさん。

――ワイヤーバッグの一番の人気カラーは何色でしょうか?

 私が最初に作ったのはマルチカラーだったんです。それもいまだに人気ですが、若い方に人気なのは圧倒的にシルバー。何色も色違いを持つほどお財布に余裕がない場合、シルバーはジーンズにも合うし、パーティシーンでも活躍するということで、購入される方が多いんです。本当は赤や別の色も欲しいけど、毎日持つならシルバーかな、という感覚のようです。

 それから、4月には新しい“マチ付き”のタイプ「セッキオ スティローゾ」が発売になりました。メガネを持ち歩きたいとか、コンパクトは絶対にバッグに入れたいというリクエストが多かったので、そういった需要を反映させた新作です。

 自分自身も「マチがあるといいなぁ」と感じていたので、少し大きくしてみようかなと思ったんです。自分が考えていることが、結局のところ、お客様のニーズとも共通しているのだと感じています。

PVCを見て「なんだこれは?」なんて言われたりも

――ブランドを育てていくなかで、アーティストとの協業や異文化との交流などにフォーカスし続けていらっしゃいますが、それらの取り組みはいつ頃から考えられていたのでしょうか。

 モノを売るのではなく、“夢”を売るということをずっと考えていました。持ってくださった方に“夢”を同時に届けたいという想いが強くありましたから。

 それに、私自身、現代アートが好きなんです。イタリアのヴェネツィアで2年に1回行われる『ヴェネチア・ビエンナーレ』は、1895年から開催されている現代美術の国際美術展覧会で、私は30年ほど前から毎回参加しています。

 40年ほど前、アンテプリマの前に、極東代理店の責任者として携わっていた某イタリアブランドでも、やはりファッションだけでなく現代アート作品に積極的に携わっていたので、影響を受けた面もあると思います。


ミラノで発表した24FWコレクション(提供:アンテプリマ)

――モノに対する付加価値として、現代アートを選ばれたということでしょうか?

 アーティストたちは神のような存在。自分の表現をするわけだから、彼らにとって納期はあってないようなもの(笑)。彼らが作品を作るときに真剣に考えているのは、自分の目に世界はどんな風に見えていて、自分の作品で何を訴えたいか、ということなんですね。だから、ヴェネチア・ビエンナーレなどを見ると、世界がどこへ向かうかが分かります。

 例えば、2年前のビエンナーレでは、女性アーティストによるプリミティブ(原始的)と感じられる作品が多くありました。それを見て、世の中は女性の存在を重視していて、弱い存在のものにフォーカスしている。おそらく、デジタルが行き過ぎているからプリミティブな方向に戻ってきているのかな、と色々と考えさせられ、本当に勉強になりました。

――アンテプリマにも、その感覚が反映されているわけですね。

 そうですね。例えば、PVCという未来的な素材を、とても原始的な手法で編むという“コントラスト”は、ずっと私が重要視しているもの。ブランドを立ち上げた当初は、PVCを初めて見た方に「なんだこれは?」なんて言われたりしたことも、今では良い思い出です(笑)。

 コントラストを大切にするのは、私自身の価値観でもあります。ロールス・ロイスに乗せてもらうのも楽しいけど、地下鉄もいい。焼き鳥も食べたいけど、5ツ星レストランも好き。ファッションでもシックな洋服を着たら運動靴を履いてみたりなど、自分のライフスタイルにも取り入れています。

高価な価格も、理由を説明することが大切

――アンテプリマの未来像には、どんなものを描いていらっしゃいますか?

 コレクションを発表していくということは、現時点(取材は3月)で私たちは2024年、25年の秋冬を終えて、25年の春夏の立案がもう出来上がっています。6月には2025年、26年の秋冬の素材展がパリで始まるので、その素材の購入までにイメージボードを立ち上げなければいけません。常に2年先を見ているんです。

 ファッションは芸術だけではなく、経済と切っても切れない分野ですが、最初にお話ししたように、今はラグジュアリーとふだん着にファッションが二極化していて、真ん中がポーンと空いている状態です。真ん中がいなくなると、上にも下にも負担がかかるのでは、という考えが自分の中にあるんです。

 例えば、ベルギーに行ったとき、3ツ星を取っているあるレストランのシェフが星を返上してしまったという話を聞きました。そのシェフは、星を返したことで、ラグジュアリーなレストランなのだけど、値段を大きく下げてたくさんの人が来られるようなお店に路線を変えたのだとか。まさに、私が目指していることだと思いました。

――ファッション業界でぽっかり空いてしまった真ん中に居場所を定め、上下の橋渡しをしたいというお考えでしょうか。

 ラグジュアリーさにこだわりながらモノを作り、芸術性を高めないとファッションは死んでしまうと私は思っています。ただの“モノづくり”ではなく、そこに“夢”を与えたい。

 けれど、ファーストクラスのモノづくりで生まれた製品が、“高価なアート”である必要はないとも思うんです。私が作る洋服は、身に着けてくださる方の個性を出せる服であり続けたいから、服そのものには主張をさせたくない。アートは大好きですが、自分がそれを身に着けてアートになりたいわけではないんですよね。

 それほど目立つことなく、そこはかとないエレガンスが漂いながらも個性があるような装いが好き。今日着ているアンテプリマのニットも世界に誇れるクオリティのニットだと思いますが、ちゃんと皆様の手に届く値段でお届けしていきたいんです。その信条は変わらないかな。


ミラノで発表した24FWコレクションで挨拶する荻野いづみさん(提供:アンテプリマ)

――とても素敵ですね! 高いクオリティのものが背伸びをしすぎない価格で手に入るのは、すごく幸せだと思います。

 でもこれがなかなか難しくて(笑)。ファッションショーって1回で何千万、何億というお金がかかってしまうのですが、やはり巨大ブランドはたくさんのセレブリティを呼んでショーを行っていますよね。そういったやり方をしてしまうと、それがダイレクトにモノの値段に跳ね返ってしまうわけです。だから、ショーは続けていきたいけれど、値段が高くなってしまうことは極力避けたいと思っています。

――難しいチャレンジのように思えます。

 そうですね。良いマテリアルを使い、いい職人さんにちゃんとしたお給料をお渡しして作ると、どうしても値段が高くなるんです。でも、高いモノは結局いいモノであるのも確かですし、皆さん丁寧に扱うので、長い目で見ると地球を救うことにもなると思います。

 高いモノにはそれだけのマテリアルと工程と価値がある、ということはしっかり伝えていきたい。例えば、アンテプリマのワイヤーバッグのひとつに、PVCの中に入っているフィルムに99.9%のピュアシルバーを吹き付けた製品(「999 COLLECTION」)があります。吹き付けるときに銀が酸化してしまうので、密閉された空間で作業しなければならず、とても特殊な技術を用いています。

 でも、普通のシルバーのワイヤーバッグと比べると一目で輝きの違いが分かりますよね。本当にキレイなので、こちらを欲しいとおっしゃる方は多いのですが、お値段は他のバッグよりも高くなります。でも、ただ高価な価格を伝えるのではなく、その“理由”まで含めてきちんと説明していくことが、私たちにとって大切なのだと思っています。

荻野いづみ
アンテプリマ クリエイティブ・ディレクター

東京で生まれ育ち、1980年代に香港へ移住。イタリアブランドのアジア展開を手掛け、リテイラーとして活躍する。「タイムレスなラグジュアリーさと現代のスタイルを持ち合わせたモダンな女性」――ユニークな洞察力を持ち合わせた荻野いづみは、地球の反対側のミラノで、1993年自身のブランド“ANTEPRIMA”を立ち上げる。アンテプリマのクリエイティブ・ディレクターとして世界を飛び回りながら、ファイン・アート、文学、音楽、ダンスや演劇などの様々なアートに対しての情熱を持ち続け、宝飾デザイン、生け花、メイクアップなどの幅広い知識などからインスピレーションを得ながら、クリエイションに生かしている。ファッションの才能のある次世代の若者を、スポンサーとしてサポートする活動にも意欲的に取り組んでいる。

文=前田美保
写真=佐藤 亘

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