それぞれの牧場が環境に合わせ、手間ひまかけて、丁寧につくられた牧場牛乳「クラフトミルク」。地域の風土、季節、牛の種類や飼料……ひとつとして同じ味わいはなく、牧場ごとに異なる個性を見つけることができる。そんな「クラフトミルク」を取り巻く新しい動きが今起きている。
子どもたちや次世代に届ける東京の牧場、能登の牧場と届ける「CRAFT MILK’S PROJECT」や、石川・七尾市に拠点を置く〈能登ミルク〉の地域のテロワールを生かした注目の商品、つくり手たちの思いをお届けします。
23区最後の牧場〈小泉牧場〉のオンリーワンの牛乳東京23区に残る唯一の牧場として約90年、練馬で酪農を営む〈小泉牧場〉。
もともと東京23区は日本の牧場が多くあったそう。時代とともに減っていき、最後に残った〈小泉牧場〉。
都会の住宅地にある牧場ということで、匂いなど、さまざまな問題が発生し、存続するのは至難の技。そんななかでも〈小泉牧場〉は、においの対策や衛生管理を徹底しながら、地域の人々の暮らしと共にあり続けてきた。
〈小泉牧場〉3代目牧場主・小泉勝さんと、先代の興七さん。
現在、ブラウンスイス、黒毛和牛、ホルスタインの合計25頭を育てている〈小泉牧場〉。
しかしながら、〈小泉牧場〉の牛乳を飲んでもらうことは、なかなか叶わずにいたのだそう。
「練馬あっての〈小泉牧場〉なので、地域のみなさんに飲んでもらいたいという気持ちは、ずっと持っていたのですが、酪農は24時間、365日、牛と向き合う仕事。牛を育てて、搾乳するだけで手一杯で、6次化(酪農家が牛乳を生産に加え、加工、販売まで手がける)までは、正直なところ手が回りません。
ただ、昨年体を壊してしまったこともあり、将来のことを考えると同時に、練馬に恩返しできるときにしなくては……という気持ちが高まり、『CRAFT MILK’S PROJECT』で、オンリーワンの牛乳をつくろうと決めたんです」と語ってくれたのは〈小泉牧場〉3代目の小泉勝さん。
「CRAFT MILK’S PROJECT」を手がける〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の地下には、自ら牛乳や乳製品をつくることができる工房を設立。
「CRAFT MILK’S PROJECT」は、〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉 の木村充慶さんはじめたプロジェクト。全国の牧場を巡るなかで、6次化まで手が回らない牧場も多く、「せっかくおいしい牛乳を生産しているのだから、その価値を届けたい」という思いから、これまで世の中に出てこなかった牧場単位の牛乳を生産するプロジェクトとして、本格始動した。
牧場単位の牛乳をつくる「CRAFT MILK’S PROJECT」の第1弾として誕生した〈小泉牧場〉のクラフトミルク(500円)と、以前、製造していたが少し前から製造をやめていたアイスクリーム(500円)も復活。
牛には地域の豆腐屋から出るおからをエサとして与え、甘くてすっきりとした味わいが特徴。土日を中心に、小泉牧場の目の前のスペースで販売している。
〈小泉牧場〉では、何十年もこの場所で酪農を続け、近所の人が牛に触れることができたり、子どもたちに酪農や牛のことを伝える酪農の体験授業を行う「酪農教育ファーム」の認証牧場として、地域にひらかれ、練馬と共に歩む牧場として長年親しまれてきた。
近所の子どもたちも牛たちの様子を見学に来ることも。
「練馬で育った牛の牛乳を、地域の人たちに飲んでもらうというのは、地産地消ですし、サスティナブルなかたちだと思います。僕から練馬のみなさんへの恩返しのつもりでしたが、まちの皆さんから『ありがとう』と言われるんです。『やっと小泉牧場のミルクを飲める』『アイスも復活してうれしい』って。そんな声をもらえることが、僕たちの活力になっています」(小泉さん)
information
小泉牧場
住所:東京都練馬区大泉学園町2-7-16
TEL:03-3922-0087
「CRAFT MILK’S PROJECT」の第2弾では、クラフトミルクの可能性を広げる、全く新しい乳製品も誕生した。2024年に能登半島地震で被災した〈寺西牧場〉の牛乳をフリーズドライにしたミルクのふりかけ「ミルふり」だ。
能登半島の13ヘクタールほどの広大な敷地で放牧牛を育てている〈寺西牧場〉。大自然のなかで牛をストレスなく育てる」という考えのもと、7頭のジャージー牛を飼っていますが、現在搾乳は1頭のみで、とれるのはわずか10リットルほど。
もともと〈寺西牧場〉のミルクは、この味に惚れ込んだ輪島の星付きレストラン〈L’Atelier de NOTO〉のシェフ・池端隼也さんが牧場と契約して、すべてのミルクを買い取り、自家製のバターや生クリーム、チーズ、アイスなどにしてレストランで提供していた。しかし、震災によりレストランが倒壊。被災後から余り続け、出荷先がなくなるという事態に陥った。
ギュッと濃縮されている〈寺西牧場〉のミルクの味わいに可能性を感じ、「余ったミルクをフリーズドライにすればいいのでは?」という発想から、支援を募るクラウドファンディングを実施し、ついに製品化することに。
〈L’Atelier de NOTO〉のシェフ・池端隼也さん。
2025年1月には〈新宿伊勢丹〉で石川県の食材のすばらしさを食べて、知って、応援するイベント「石川フェア」を開催し、池端シェフによるミルふりを使ったオリジナルメニューも提供された。
岐阜でフリーズドライの加工をしている〈イビデン物産〉とフリーズドライする試みを開始。
フリーズドライにすることで、消費期限の短い牛乳が1年以上も持つようになり、おいしさをそのまま 保存できるように。さらに、パウダーのまま味わうことで、料理との相性が良く、より深い風味を楽しめるなど、さまざまな画期的なポイントがある。今後もフリーズドライはもちろん、ミルクやチーズなど展開していく予定だ。
どうしても産業はセクターごとに分かれてしまいがちだが、牧場で育てる一次生産者、それを加工する人、おいしさを届ける料理人、こうしていろいろな立場の人たちの知恵を合わせることで、新しい発見が生まれるのかもしれない。さまざまなかたちでコラボレーションしながら、能登の自然と、牛たちから搾られたミルクの魅力が、これから少しずつ広がっていきそうだ。
どこか懐かしい味わい〈能登ミルク〉 新たに誕生したジェラートやクッキー缶同じ能登ではこんな新しい取り組みもはじまってる。石川県七尾市に拠点を置く〈能登ミルク〉の牛乳は、能登地域の酪農家6軒と提携し、毎日搾りたての生乳をその日のうちに工場へ直送。鮮度の良い状態で瓶詰めし、濃厚ですっきりとした味わいが特徴だ。
「能登ミルク大瓶(900ml)4本セット」(3920円)。
昔ながらの酪農にこだわり、牧草に農薬を使わず、放牧主体で牛を育成。牛にストレスをかけない環境づくりや、ほかの生乳と混ざらないように、専用タンクとタンクローリーも用意するなど、生産者のこだわりが詰まっている。
能登半島地震では数か月の断水など、大きな被害があった七尾市和倉地区にある〈能登ミルク 本店〉。2024年4月に営業再開。
店頭には、代表取締役の堀川昇吾さんの娘であり、日本最年少にしてジェラートマエストロを取得した宙さんがつくる、能登の生乳を使ったジェラートも並ぶ。
「能登ミルク ジェラート」シングル(450円)、ダブル(550円)。
能登ミルク、揚げ浜塩、加賀棒茶、能登ブルーベリー、ヨーグルト、中島菜、チョコレート、抹茶の8種のフレーバーセット(3440円)は取り寄せも可能。
その日届いた生乳の脂肪分や状態を見ながら、少しずつつくり方を変えて、定番の「能登ミルク」「能登ミルクヨーグルト」「宙」の3種をメインに、十数種類が提供されている。
2024年10月に販売開始になった「能登ミルク クッキー缶」(1950円)や、オリジナル雑貨も。
information
能登ミルク 本店
住所:石川県七尾市和倉町ワ部13-6
TEL:0767-62-2077
営業時間:9:00〜17:00
定休日:水・木曜
Instagram:@noto_milk
牧場主やつくり手のこだわりが凝縮された、クラフトミルクを味わってみると、その地域や牧場によってこんなにも違うのかと、これまで持っていた印象もきっと変わるはずだ。その多様な魅力がより深く広がれば、もっと身近に感じ、日常に溶け込んでいくかもしれない。
*価格はすべて税込です。
writer profile
Ai Hanazawa
花沢亜衣
はなざわ・あい●編集者/ライター/コンテンツディレクター。2023年に独立し、WEB、雑誌を中心に食、ライフスタイルに関するコンテンツの制作に携わる。三度の飯より食べることが好き。明るいうちのアペロがあればしあわせ。Instagram:@aipon79
photographer profile
Hiromi Kurokawa
黒川ひろみ
くろかわ・ひろみ●フォトグラファー。札幌出身。ライフスタイルを中心に、雑誌やwebなどで活動中。自然と調和した人の暮らしや文化に興味があり、自身で撮影の旅に出かける。旅先でおいしい地酒をいただくことが好き。https://hiromikurokawa.com