牧場や牛によって、それぞれ異なる個性を持つ「クラフトミルク」。普段の生活のなかでは、なかなか触れる機会が少ないが、実際、どのような個性を持ち、どのような違いがあるのだろうか。
品種、エサ、育て方、殺菌方法により味わいが変わり、特に放牧の場合は、季節、場所によって草の状態が違うため、それが味や風味にもダイレクトに反映される。
〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。
「草が青々と茂る春は乳から草のような爽やかな香りが感じられますし、夏になると牛が水分をたくさん飲むようになるので、すっきりした味わいに。冬になると脂肪を蓄え、水分もあまり取らなくなるので甘くて濃厚なんです。
3月頃から徐々に春らしい味わいになってきます。放牧のほうがそういった季節の違いや牧場ごとの味わいがそのまま感じられるので、僕は放牧牛のクラフトミルクが好きですね」と教えてくれたのは〈武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND〉の副店主・木村充慶さん。
冬のおすすめはまろやかな味わいが魅力の「クリーミーなミルク」季節ごとの味、牧場ごとの味の違いを感じてもらいたいという思いから、「3種飲み比べセット」(800円)として提供している。
冬の時期におすすめしたいのは「クリーミーなミルク」。
・〈玉名牧場〉のジャージーミルク
・〈菊池牧場〉の親子二代放牧牛乳
・〈デンマーク牧場〉のノンホモ低温殺菌牛乳
それぞれが持つ個性的な牧場とクラフトミルクの特徴を、木村さんが教えてくれた。
●熊本(玉名)の〈玉名牧場〉熊本県玉名の山の上にある〈玉名牧場〉。
〈玉名牧場〉では、24時間365日、放牧し、ジャージー牛たちを育てている。黄色みがかった色をしていて、ジャージーらしい濃厚さがありながらも、口当たりはあっさりとしており、すっと飲みやすい。季節により味わいが変化するのも、通年放牧ならではの醍醐味だ。
放牧して育てている乳牛の乳を搾り、つくられたオリジナルチーズ「ルミエール」1680円。
●宮城(大郷)の「菊池牧場」ホルスタイン牛の放牧を行っている〈菊池牧場〉。奥にある池では、夏になると牛たちが泳いでいる。
宮城の山間部にある40ヘクタールほどの広い敷地を持つ〈菊池牧場〉は、東日本大震災をきっかけに、ソーラーパネルによる発電事業をはじめるなど、進化し続けてきたが、今年の6月で酪農を終えてしまうのだそう。飲めるのもあとわずかな期間しか飲めない「親子二代放牧牛乳」は、飲んでみるとすっきりとしながら甘みが感じられる。
先代と現在の菊池さんの2人の思いを感じる、菊池牧場の「親子2代放牧牛乳」450円(右から2番目)。
●静岡(袋井)の〈デンマーク牧場〉1956年に来日したデンマーク生まれの牧師が宣教師と共に作った牧場。搾乳は近代的な機械は使わずに行っている。
「デンマークの放牧を広めたい」という志のもと、北欧の宣教師たちがはじめた〈デンマーク牧場〉。広大な土地にわずか6頭程度の牛を放牧。1日の搾乳量を通常よりも大幅に抑え、手間暇かけて育てられている。ひとくち飲むと、クリーミーな味が口いっぱいに広がりながらも、さらりとした軽いのどこしだ。
「デンマーク牧場の牛乳」。
2月は「真冬の放牧ミルク」をテーマに、熊本や高知など、あたたかいエリアのクラフトミルクも楽しめる。
飲んだあとのコップやミルクを注いだ瓶をよく見ると、白い粒々が残っていた。これは乳に含まれる脂肪分だという。
市場に流通している超高温殺菌乳は、ホモジナイズという工程を経るため、粒が残ることはほとんどないが、低温殺菌乳はホモジナイズを行わないため、粒が残り、ミルキーな味わいになるのだそう。
「クラフトミルクをおいしく飲むためには殺菌方法も重要です。低温殺菌の方が、生乳本来の味が出やすく、牧場や牛ごとのこだわりが感じやすくなるんです」
今こそ知りたい牧場ごとの異なる個性これまで日本国内で160か所以上の牧場を訪れたという木村さん。全国でさまざまな牧場主、酪農家との出合いがあった。地域や牧場ごとに個性があるという。
高知県の南国にある〈南国斉藤牧場〉。高知市内が一望できる絶景の放牧地で牛たちは野芝や野草を食べながら自由気ままに歩いている。
「山の急斜面で放牧しながら山地酪農をしている〈南国斉藤牧場〉という牧場では、狭く険しい山道を上がると、山頂付近の急斜面に放牧されている牛たちが現れます。在来の野芝を食べた牛たちからとれるミルクからは、草の青々しさが感じられます。野芝には肥料を与えず、牛の糞だけで育てているため、循環型の酪農が実現できている牧場です」
もうひとつ熊本にもユニークな牧場があると教えてくれたのが、天草の最南端、牛深の漁港近くにある〈一二海牧場〉。
もともと畑だった放牧地で飼われているジャージー牛。
「地元で民宿を営む女性が、ジャージー牛のかわいさに魅了されて10年ほど前からはじめた牧場です。海が近く、満潮になると放牧地が海水に浸かるので、ミネラル感のある味わいになるんです。そんなふうに土地ごとのテロワールがあるのもクラフトミルクの魅力です」
地方の自然に恵まれた場所以外の都市部にも牧場はあり、都市部ならではの地域循環を考えた新しい酪農が行われているのだそう。
東京八王子にある〈磯沼ミルクファーム〉。敷地内の工房でこだわりの乳製品をつくっている。
「〈磯沼ミルクファーム〉は、住宅地のど真ん中にある牧場なので、牛舎の脇にある道を通る地域の人が、牛たちの名前を呼びながら触れ合っています。子どもたちはボランティアで牧場を手伝うと、牛に名前をつけることができ、その牛のミルク(シングルオリジン)でつくったヨーグルトを食べられる。すばらしい食育のかたちだと思います」
最良乳質の1頭のミルクだけを厳選使用した「ジャージープレミアムヨーグルト」1512円。
牧場の環境や牛の種類だけでなく牧場主の哲学やこだわり、愛情が生み出すそれぞれの個性。味だけでなく牧場ごとの哲学やストーリーなど牛乳ごとの多様性も一緒に楽しめるのもクラフトミルクの魅力のひとつ。
ちなみに〈南国斉藤牧場〉〈一二海牧場〉のクラフトミルクは、冬の飲み比べセットとして提供している。ぜひ、その味を体験してみてはどうだろうか。
日本に限らず、海外の牧場も巡っているという木村さん。これまでに巡った海外の牧場の数は50か所にも及ぶ。
「インドは乳量・消費量が世界一。牛が街中を散歩したり、クリケット広場の横に牧場があり、近所の人がミルク缶を持って買いにやってくるようなシーンも見かけました。インドのコルカタでは、ミルクをたっぷり使った乳菓の専門店があちこちにあって、生活に乳製品が根づいているんです」
2023年にインドで牧場巡りを行った木村さん。牛たちを道や空き地など至る所で見かけるのも日常風景だという。
食生活でも深く牛と結びついたインドの乳文化。日本の乳文化を広げるヒントになると感じ、国内はもちろん世界各地を巡りながら、さまざまな乳文化や、酪農現場での視察を今後も続けていくそう。
日本各地の魅力的なクラフトミルクに加えて、世界の文化も取り入れていくことで、ひとつひとつの個性や多様性をより実感し、また新しい乳文化が広がっていくかもしれない。
information
武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND
住所:東京都武蔵野市吉祥寺本町2-25-3
営業日:土・日曜
営業時間:8:00〜17:00
Web:武蔵野デーリー CRAFT MILK STAND
Instagram:@musashinodairy
*価格はすべて税込です。
writer profile
Ai Hanazawa
花沢亜衣
はなざわ・あい●編集者/ライター/コンテンツディレクター。2023年に独立し、WEB、雑誌を中心に食、ライフスタイルに関するコンテンツの制作に携わる。三度の飯より食べることが好き。明るいうちのアペロがあればしあわせ。Instagram:@aipon79
photographer profile
Hiromi Kurokawa
黒川ひろみ
くろかわ・ひろみ●フォトグラファー。札幌出身。ライフスタイルを中心に、雑誌やwebなどで活動中。自然と調和した人の暮らしや文化に興味があり、自身で撮影の旅に出かける。旅先でおいしい地酒をいただくことが好き。https://hiromikurokawa.com