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出店の敷居を下げてまちに賑わいを。リノベーションを起点にした“地域循環の暮らし”

  • 2024年5月21日
  • コロカル

2013年にスタートした、コロカルの人気連載『リノベのススメ』。全国各地のリノベーション事例を、物件に携わった当事者が紹介する企画だ。

今回の特集『エリアリノベのススメ』では、1軒の建物のリノベーションをきっかけに、それがまちへ派生していく、“エリアリノベーション”を掘り下げていく。

『リノベのススメ』担当編集の中島彩さんにインタビューしたvol.001では、リノベーションの潮流を踏まえつつ、過去の連載を振り返ってきた。そのなかで登場した、過去の執筆陣に、「その後」を聞いてみることにした。

今回は、函館市で設計事務所を営みながら、建築や不動産、まちづくりを横断しながら複合POP UP施設〈街角NEWCULTURE〉を運営し、幅広く地域に関わる〈富樫雅行建築設計事務所〉の建築家、富樫雅行さん。富樫さんに、連載後の展開について寄稿していただいた。

富樫さん、その後のまちの様子はいかがですか?

〈街角NEWCULTURE〉から金森赤レンガ倉庫を抜け250メートルで函館港に出る。写真左端が港に面する金森赤レンガ倉庫群。

〈街角NEWCULTURE〉から金森赤レンガ倉庫を抜け250メートルで函館港に出る。写真左端が港に面する金森赤レンガ倉庫群。

連載後、コロナ禍が明けて……

函館は観光客がだいぶ戻り、欧米系の個人観光客も目立つようになりました。西部地区もお店やホテルなども増えているのと同時に、道南圏でみても八雲の木彫り熊や、北斗市や七飯など函館近郊のワイン、体験型のアクティビティも増えてきて、新しい時代へと変わりつつあるのを感じています。

独立のキッカケとなった自宅兼事務所の、常盤坂にある和洋折衷の古民家リノベーションの様子をブログ『背景 常盤坂の家を買いました』にしたためました。

コロカルでは、2022年4月から23年1月まで、独立後の10年ほどを全10回にわたり連載しました。執筆時はまだ新型コロナウイルスが5類に移行する前。連載でも書きましたが、緊急事態宣言のなか、コロナ禍で夢を諦めた人たちを応援するべく、店舗のない人やこれからお店を始めたい人のための複合POP UPストアのイベント〈街角NEWCULTURE〉を開催したところ、30名の出店者が集まり、4日間で1200人以上の来客があり、“地域を開いていく”ことの大切さを実感しました。

2023年の〈街角NEWCULTURE〉。会場となったこんぶ広場にはキッチンカーや出店が並び賑わった。

2023年の〈街角NEWCULTURE〉。会場となったこんぶ広場にはキッチンカーや出店が並び賑わった。

事務所だったスペースを開放し、お花屋さんや、コーヒー屋さん、どら焼きスタンドなどが出店。

事務所だったスペースを開放し、お花屋さんや、コーヒー屋さん、どら焼きスタンドなどが出店。

このイベントから、複合POP UP施設〈街角NEWCULTURE〉も誕生し、施設内にはオフィスや喫茶、バーなどのほかに、地域でシェアする「POP UPスペース」や、曜日ごとに借りられる「シェアキッチン」がオープンしました。

出店の敷居を下げることでたくさんの店舗が入居してくれて、まちに動きができ、賑わいを取り戻しつつあります。その例をご紹介していきます。

シェアキッチンには、ミュージシャンでもある〈みのだ珈琲〉が2023年3月から5か月間限定でオープンし、そこを引き継ぎ10月から毎週木曜日に〈coffee-ya agora〉がオープン。さらに2024年3〜4月の金曜日には、〈たびする珈琲〉も出店しました。現在、〈街角クレープ〉が土曜〜水曜日に営業しています。

シェアキッチンで営業を始めた〈coffee-ya  agora〉。ティラミスやチーズケーキもうまい!

シェアキッチンで営業を始めた〈coffee-ya agora〉。ティラミスやチーズケーキもうまい!

シェアキッチンを卒業して、実店舗を持つお店も。2022年12月から週1営業していた〈自然カフェ Jicon〉は、23年10月に富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転。金・土・日・月曜はカフェ、そのほかは、店主がヨガの先生もしているためカフェスペースでヨガ教室も行っています。

富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転した〈自然カフェJicon〉の内部。

富樫雅行建築設計事務所だった場所に移転した〈自然カフェJicon〉の内部。

中医学の五味五性の食養生がテーマの 〈Jicon〉のランチはボリューム満点。

中医学の五味五性の食養生がテーマの 〈Jicon〉のランチはボリューム満点。

POP UPスペースでは、花屋の〈BOTAN〉と〈sumire〉による植物交感実験〈Flower Crying Out〉のワークショップや、家具屋〈Faber〉の〈家具屋の蚤の市〉、個展にマルシェと、さまざまなイベントを開催しています。なかでも年2回、春と秋の〈函館西部地区バル街〉では、屋外のこんぶ広場やPOP UPスペースも使い、全館に人があふれて大賑わいとなっています。

2023年11月、24年2月、6月と、函館市西部まちぐらしデザイン室とチャレンジショップも共催し、出店者と地域の人たちの間でも交流が生まれたり、ほかのイベントに共同出展したりと、次につながろうとしています。

amber vintage special limited store × BOTAN のPOP UPスペース。

POP UP STORE × SOLO EXHIBITION の様子。ファッションブランド〈pharus〉初の個展とポップアップストア。

函館市と共催の第1回西部地区チャレンジショップ〈焼き菓子KUU〉さんの出店。

第2回西部地区チャレンジショップ〈SOUNTRA COFFE AND MUSIC〉〈のこたべ〉〈古着屋RUFFY〉の出店。

 

個性的なお店が続々オープン

周辺の動きもいろいろ。〈街角NEWCULTURE〉の道路を挟んで向かい、2019年よりリノベーションした複合施設〈カルチャーセンター臥牛館〉の1階の角では〈cocodesse-bay〉が夜営業していましたが、昼間は〈CAFE Ruska〉が2023年4月に間貸りしてオープン。ホットサンドやシナモンロールなどを販売し、瞬く間に人気店となりました。

カルチャーセンター臥牛館の1階角に間借りオープンした〈CAFE Ruska〉。晴れの日は外にベンチも並ぶ。

〈CAFE Ruska〉の店内は、以前営業していた、まちのバー〈KAMOME〉のまま引き継いでいる。カウンターは同じ通りで解体された〈熊倉米穀店〉から引き継いだ。

〈CAFE Ruska〉のホットサンドはスープかサラダ、さらにミニデザートもついてうれしい。

 

さらに2024年4月には〈CAFE Ruska〉の隣、宿直室だった場所とロビーをリノベーションし、ヴィーガンのおひるごはんカフェ〈taom〉も元町から移転オープン。外国人の方などでも賑わっています。〈カルチャーセンター臥牛館〉は、子ども第3の居場所をつくる〈みかん箱〉というプロジェクトも始まり、多世代が関わることでますます盛り上がりそうです。

カルチャーセンターの1階にオープンした、青いドアの〈taom〉。

〈taom〉の店内。以前はエレベーター前のロビースペースだった。

テイクアウトもできる〈taom〉のお弁当。この日はトマトカレーをテイクアウト。

 

〈街角NEWCULTURE〉と〈カルチャーセンター臥牛館〉のある通り沿いには、以前はチャレンジショップ併設の自社工場〈RE:MACHI&CO〉が拠点にしていた古民家があります。現在では、期間限定のチャレンジショップとして、2024年2月から10月までアイスとおやつのお店〈osanji〉がオープンしています。期間限定ですが富樫事務所で借りあげ転貸することでようやく出店が叶いました。素材からこだわった手づくりのアイスやプリン、焼き菓子などが人気で、ドライフラワーなどの作家さんと店をシェアしています。

街角から道路を挟んで3軒隣、右手前の古民家にオープンした〈osanji〉。

古民家の雰囲気が残る。奥にはドライフラワーの〈machaco〉が入店。

 

すべてに手が込んだ〈osanji〉の手づくりおやつ。

すべてに手が込んだ〈osanji〉の手づくりおやつ。

ひとつリノベしては次の担い手に引き継ぎ、バルのハシゴ酒のようにまちをハシゴ再生するのを目標に進めてきました。建築家の僕にとってはトレーニングになったり、普段できないことに挑戦できたり、溜まった古材を使えたりできるし、お店を始めたい人にとっては、最初の初期投資が抑えられ、現実的にイメージもしやすいので、お互いにメリットがあります。

〈街角NEWCULTURE〉として思い描いてきた、出店の敷居を下げて少しでも多くのチャレンジを生むことで、街角から新しい函館の文化が生まれたら、という願い。イベントから少しずつお店も増え、目標が達成されてきたのを機に、施設は新しい方向へ舵を切ります。

20周年を迎えた2024年春のバル街。函館西校美術部の生徒さんが丸柱にチョークアートを書いて盛り上げてくれた。

20周年を迎えた2024年春のバル街。函館西校美術部の生徒さんが丸柱にチョークアートを書いて盛り上げてくれた。

「地域循環」をテーマにした〈航路 / kohro〉へ

〈街角NEWCULTURE〉は2021年の海の日から、イベント名をそのまま施設名として進んできましたが、2024年5月16日より施設名を新たに〈航路 / kohro〉と名称変更し、「地域循環」をテーマに新たに出航します。

〈航路 / kohro〉は、子どもたちが安心して暮らせる未来に向け「自然を敬い、文化を育み、地域循環する暮らし」の航路を地域のみんなと築いていければと思います。

route to the future = nature × culture × local circulation life

地球規模で自然環境が崩壊しかけているいま、

自然を敬い、そのサイクルに沿うように暮らし、

地域の自然や環境を耕して生まれた文化を育み、

地域ごとに循環し暮らしていける未来に向けて、

いま大きく舵を切ります。

〈航路 / kohro〉では、循環する暮らしを前向きに築いていこうとするPOP UPなどを応援し、積極的に支援していきます。

〈航路 / kohro〉のロゴやサインなど、函館のデザイン事務所〈Suga Design〉の菅さんのデザイン。 @suga_design

〈航路 / kohro〉のロゴやサインなど、函館のデザイン事務所〈Suga Design〉の菅さんのデザイン。 @suga_design

かつて、北前船で廻船業を営んだ高田屋嘉平は〈航路 / kohro〉の前の堀割(地面を掘ってつくった水路)を通って、自身の造船所と、高田屋の屋敷を行き来していました。函館では昆布などを積み込み、寄港地でまたその土地の物資を積み込み、多くの物資とともに、夢や希望、文化も届けたと思います。いまとなっては、北前航路は衰退しましたが、新たな思いをのせて、自然や文化や人が循環する航路をつないでいきたいと思います。

この建物は、昆布などの海産商の店蔵として1931(昭和6)年に建てられました。その役割を終えたのち、池見石油店が再生して北前船と真昆布の歴史資料を展示する〈昆布館〉になり、建て増しされた〈キングオブキングス〉(昆布のタレを使った焼肉バイキング)と2階で接続された複合施設になりました。ここが閉館し荒廃していた建物を、富樫雅行建築設計事務所が引き継ぎ、複合POP UP施設〈街角NEWCULTURE〉が誕生しました。そしていま、〈航路 / kohro〉として循環する暮らしを目指して冒険がはじまります。

〈航路 / kohro〉から函館港まで約250メートル、間に高田屋嘉平の造船所跡地があり、右から2棟の蔵は〈箱館高田屋嘉平資料館〉。当時、この先は道路ではなく堀割だった。

左の〈箱館高田屋嘉平資料館〉の先が現在の函館港だが、江戸時代の造船所は島だった。

 

地域循環する暮らしを模索したい

〈航路 / kohro〉の役割は、都市部だからできる地域循環する暮らしを、みんなに見えるカタチで発信し、触れてもらい、意見交換し、さまざまな航路を模索していくことです。

その一員として、富樫雅行建築設計事務所で作る建築も“土に還る建築”を目指していきます。解体されたあとの物質としての未来を設計段階から考慮し、将来に渡っても自然界で分解ができ、再活用も容易なものづくりを考えていきます。

これからの地域活動は、増えゆく空き家・空き地の再生方法のひとつとして、小さな地域分散型の自然循環農園の普及に力を入れます。コンポストを設けて生ゴミ堆肥をつくり、土に還して野菜や作物を育て、収穫しておいしくいただき、また循環する。これまでネガティブだった少子化や空き家・空き地問題も、駐車場が増えたり、荒れ放題の土地になったりするよりも、土に還し、菜園にすることで明るい未来を描けると思っています。

またバイオトイレや雨水利用や発電装置など自産自消できる、災害にも強い地域循環する暮らしも同時に築いていきたい。

とはいえ、オープンにしていくと農地法や廃棄物処理法など超えていかなければいけない壁もたくさんあります。まずは、個人や施設として実践し、その輪を広げ少しずつ前進していければと思います。

これも昨年末、リサイクル率日本一の鹿児島県大崎町のリサイクルシステムを学び感銘を受け、少しでも自分の暮らすまちでも、子どもたちに地域循環する暮らしを残したいと思いました。

私も春からいろいろなコンポストを試したり、北海道向けの生ごみ処理器〈キエーロ〉を試作したり、市民農園で畑を始めたり、自然栽培農学校に通って座学と実技を勉強したり、土に触れる機会が増えてきました。土に還るってどんなものなのか、どんなことが土のなかで起きているのか、暮らしと土の関係がどう影響し合っているのか、これまで考えていなかった学びがとても多いです。

はこだて市民農園にて、子どもたちと土に触れる。

はこだて市民農園にて、子どもたちと土に触れる。

最後にもうひとつやりたかったことを。子どもたちには、小さいうちから、まちのことを少しでも考えて、まちづくりに加わってほしいと考えてきました。いままでのまちや建築は、経済優先であったり、大人の都合であったり。それを子どもの視点で考えていくとどんなまちや建築になるか。自分の子どもとの時間もなかなかとれない、でも一緒に考えて取り組みたい、そんな思いを同時に叶える〈こども建築家のまちづくりがっこう〉を小さく、少数でまず始めてみること。意識を切り替えて、自分も一緒に考え学び実践する場に、〈航路 / kohro〉がなれればと思います。

もちろん、いいことばかりではありません。旧昆布館1階スペースにあったハーブティーのお店が2024年2月で閉店となりました。コロナ禍で本当に苦しいスタートだったのですが、それを支えきれなかったのが残念です。

6月から函館の卸売市場で魚の卸しをやっている会社の直売所〈プラスさかなプロジェクト〉が旧昆布館1階スペースに新たにオープンします。魚介類のほかに、魚のフライのテイクアウトや、物販もあります。

カルチャーセンター臥牛館(左)と〈航路 / kohro〉(右)が並ぶ。1階のガラス面に函館西校の美術部のみんなが〈プラスさかなプロジェクト〉のオープン告知を大胆に書いてくれ、道ゆく人を楽しませている。

カルチャーセンター臥牛館(左)と〈航路 / kohro〉(右)が並ぶ。1階のガラス面に函館西校の美術部のみんなが〈プラスさかなプロジェクト〉のオープン告知を大胆に書いてくれ、道ゆく人を楽しませている。

〈街角NEWCULTURE〉は、富樫雅行建築設計事務所主催での、年に1回、海の日の循環型POP UPストアとして活動していきます。これからも建物のハシゴ再生を続けながら、地域活動を継続してゆきます。今後の〈航路 / kohro〉もあたたかく見守り、育てていただけると幸いです。

この記事に登場した建物とお店

profile

Masayuki Togashi

富樫雅行

とがし・まさゆき●1980年愛媛県新居浜市生まれ。2011年古民家リノベを記録したブログ『拝啓 常盤坂の家を買いました。』を開設。〈港の庵〉〈日和坂の家〉〈大三坂ビルヂング〉で函館市都市景観賞。仲間と〈箱バル不動産〉を立ち上げ「函館移住計画」を開催し、まちやど〈SMALL TOWN HOSTEL HAKODATE〉を開業。まちの古民家を再生する町工場〈RE:MACHI&CO〉を開設。〈カルチャーセンター臥牛館〉を引き継ぎ、文化複合施設として再生。さらに向かいの古建築も引き継ぎ、複合施設〈街角NEWCULTURE〉として再生したが、2024年5月16日より施設名を新たに〈航路 / kohro〉としてスタートさせた。地域のリノベを請け負う建築家。http://togashimasayuki.info

credit

edit:Chihiro Kurimoto

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