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みんなが心を寄せられる塔を立てたい。閉校した中学校のグラウンドにアート作品が誕生

  • 2023年9月13日
  • コロカル
真っ白い雪に覆われたグラウンドを見たことから始まった

「いつか実現するといいねー」

北海道岩見沢市の山間地、美流渡(みると)在住の画家・MAYA MAXXさんは、自身のアトリエの向かいに面した旧美流渡中学校(2019年に閉校)のグラウンドを眺めながら何度かそう語ったことがある。実現を夢見ていたのは、大きな塔のようなもの。

2020年の夏に東京から美流渡へと移住し、季節は巡って冬となり構想が浮かんだ。グラウンドは一面真っ白。誰も足を踏み入れていないフカフカの雪の上に、立ち上がったクマの立体物をつくってみたいとMAYAさんは語った。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

クマの全身像をグラウンドの中央に設置したいとMAYAさんが描いた初期スケッチ。

学校には国旗掲揚台のポールが立っていた。

「これと同じくらいの高さで、クマの立体がつくれたらいいよねー。地元の農家さんや建設会社さんの力を結集して建てられたら、そこに気持ちが集まると思う」

最初は、この掲揚台を利用して、張り子のようにクマをかたちづくっていく方法が検討された。ただ、掲揚台のポールは細く風でカタカタと揺れていて、立体物の荷重に耐えられないように思えた。

国旗掲揚台。ちょうど10メートルくらいの高さ。

国旗掲揚台。ちょうど10メートルくらいの高さ。

そこから2年が経ったが、構想は進んでいなかった。そんななかでMAYAさんは「できるところからやってみてはどうか」と考え、可能な限り大きなクマの顔だけをつくってみることを計画した。180センチ×90センチ、厚さ10センチの「スタイロフォーム」(正式名称は押出発泡ポリスチレン、住宅の断熱材として使用されている)を横に2列、上に18枚重ねて立方体をつくり、それを丸く削っていった。こうして「ビッグベアプロジェクト」がスタートし、MAYAさんと仲間が半年かけてクマを完成させた。

校舎の庇に設置。みんなを出迎える学校のシンボルとなった。

校舎の庇に設置。みんなを出迎える学校のシンボルとなった。

クマから鳥へ。塔の構想が展開して

その後、MAYAさんは、新たな立体物の制作を考えるようになった。雪が降る一歩手前の季節になったころ、アトリエのまわりで立ち枯れたセイタカアワダチソウや猫じゃらしなどを集めてきて、それを羽に見立て、1メートルほどの高さの細長い胴体を持つ鳥『ほんとうのことを』を制作した。この作品は模型でもあり、いずれは10倍ほどの鳥の塔を立てたいと語った。

「塔を立てて、てっぺんに鳥の頭があって、そこからマツの枝がワサワサと出ているような感じにしたいと思っています」

『ほんとうのことを』シリーズ。

『ほんとうのことを』シリーズ。

顔の周りには乾燥させた花びらや種子などが丁寧に貼りつけられている。

顔の周りには乾燥させた花びらや種子などが丁寧に貼りつけられている。

『ほんとうのことを』のシリーズは全部で5体制作された。体に巻きつけた植物は一体ごとに変えてあり、マツの枝、猫じゃらし、笹が使われた。このシリーズは、2022年12月に札幌のギャラリー〈HUG〉で行われた『みんなとMAYA MAXX』展に出品した。

この展覧会の搬出時に思いがけないことが起こった。シリーズのなかにドイツトウヒというマツの枝を利用したものが2体あったが、それを展示台から外して移動させようとした瞬間に、すべての葉がザーッと音を立てて落ちてしまった。ラッカーでコーティングをしていたものの、ギャラリー内の極度の乾燥に耐えられなかったようだ。10メートルの塔を制作する場合も、天然の植物を利用するのは難しいかもしれない。体をどのようにつくるのか、あらためて考えていくこととなった。

『ほんとうのことを』シリーズ。胴体の部分には青々とした葉がついていたが、それがすべて落ちた状態。この状態もおもしろいとMAYAさんは、春に行われた旧美流渡中学校の展覧会で、こちらを展示した。

『ほんとうのことを』シリーズ。胴体の部分には青々とした葉がついていたが、それがすべて落ちた状態。この状態もおもしろいとMAYAさんは、春に行われた旧美流渡中学校の展覧会で、こちらを展示した。

この時点では、塔を立てることは、とくに具体化していなかった。10メートルともなると、MAYAさんと仲間で手づくりできるレベルを超えており、技術的にも金銭的にも実現は未知数だった。

栄建設との出会いから、プロジェクトが具体化して

そんななかで、あるときMAYAさんは市の広報誌の取材を受け、鳥の塔を立てたいという話をした。そのとき取材に同席していた、岩見沢市内で子ども食堂を営むなどさまざまな市民活動を行っている佛田チヨさんが動いてくれた。チヨさんは息子の尚史さんにMAYAさんの構想を話してくれた。尚史さんは栄建設という会社の社長を務めていて、まちの活性化にも取り組んでおり、また以前は東京のアパレルブランドで仕事をしていた経験もあって、アートにも造詣が深かった。

栄建設の60周年を記念した新聞広告もMAYAさんは制作。この広告のために60号のキャンバス作品を描き、キャッチコピーをつけ、その文字も手書きした。

栄建設の60周年を記念した新聞広告もMAYAさんは制作。この広告のために60号のキャンバス作品を描き、キャッチコピーをつけ、その文字も手書きした。

尚史さんは鳥の塔の話にたいへん興味を持ってくれた。今年はちょうど栄建設の60周年にもあたり、まちを明るくするような取り組みを積極的に行っていきたいと考えていたときだった。こうして、栄建設さんが全面的にバックアップをしてくれることとなり、鳥の塔の建設が始まった。

栄建設さんは、塔の立て方をいろいろと検討してくれて、電柱を利用してはどうかと考えてくれた。

芯となる電柱がグラウンドにやってきた。高さ10メートル。

芯となる電柱がグラウンドにやってきた。高さ10メートル。

鳥のヘッドは、赤いクマの顔と同じように「スタイロフォーム」を重ねて、MAYAさんと仲間が削り出し、FRP樹脂でコーティングして着彩することにした。鳥の体の部分は、マツの枝ではなく、色つきのワイヤーを何本もかけるというプランに変更した(LEDライトも仕込むことに!)。

新たにつくられた模型。

新たにつくられた模型。

スタイロフォームを削ってかたちを出していく。

スタイロフォームを削ってかたちを出していく。

かたちができたら新聞を張り込む。

かたちができたら新聞を張り込む。

FRP樹脂をかける作業に挑む!

FRP樹脂をかける作業に挑む!

ペンキで赤く塗る。3度塗りでしっかりと。

ペンキで赤く塗る。3度塗りでしっかりと。

顔を描く。鳥だったけれど「口があった方が絶対にかわいい」とMAYA MAXXさん。そしてくちばしは、鼻のようなものになった(ピノキオ?)。

顔を描く。鳥だったけれど「口があった方が絶対にかわいい」とMAYA MAXXさん。そしてくちばしは、鼻のようなものになった(ピノキオ?)。

電柱を設置。高所作業車とユニックでの設営

8月、グラウンドで電柱の設置が始まった。2メートルほどの穴を掘ってそこに支柱となる電柱を埋め込んだ。

電柱を立てる。電柱は事前に赤く塗っておいた。

電柱を立てる。電柱は事前に赤く塗っておいた。

ワイヤーを天井から地上へと張り、鳥のヘッドを上部に装着。電気工事を主に行っている岩見沢の創電が設置を手がけ、1週間ほどで設置は完了した。

鳥のヘッドをグラウンドへと運ぶ。

鳥のヘッドをグラウンドへと運ぶ。

ユニックと高所作業車を使って頭を設置。

ユニックと高所作業車を使って頭を設置。

ついに完成!!!

ついに完成!!!

完成した日の夜、創電の現場を仕切ってくれた木村和寛さんが電気をつけてくれた。夕焼けが消えてゆっくりと空の青が濃くなっていくなかで、光がだんだんと鮮やかになっていった。その様子に言葉を当てはめるなら「神聖」なもののように思えた。

だんだんと夕暮れに近づいていく様子。

暗くなってくると光が浮かび上がってくる。

 

「ヨーロッパは春になるとメイポールという塔を立てて、その周りをみんなで踊るという風習がありますよね。また、ネイティブアメリカンもトーテムポールを立てて、そのてっぺんにはワタリガラスという鳥がいます。日本でも諏訪大社の御柱祭のように巨木を立てるお祭りがあります。世界のさまざまな人々は塔を立て、天と地のエネルギーが交流するように、そして人々の気持ちのよりどころとなるようにと願いを込めてきました。みんなが心を寄せられる塔を美流渡にも立ててみたい。その思いが、こんなにも早く実現するとは思いませんでした。鳥のヘッドをつくってくれた仲間、栄建設さん、創電さん、みなさんありがとうございました」

鳥の塔は、Aiちゃんと名づけられた。昨年つくられた赤いクマがAmiちゃん(フランス語で友だちの意味)で、まるで兄弟のような名前となった。

クマのAmiちゃん。冬にはたくさんの積雪があるため、雪囲いをしやすくする対策として庇の上から地上へ降ろした。

クマのAmiちゃん。冬にはたくさんの積雪があるため、雪囲いをしやすくする対策として庇の上から地上へ降ろした。

私はこの塔が立って、本当によかったと思った。塔が立ってから、心が辛いとき、心細くなったとき、Aiちゃんをじっと見上げることにしている。そんなとき、Aiちゃんはいつも笑っていて「大丈夫だよ」と声をかけてくれるように思えてくる。

『みんなとMAYA MAXX展』の初日となる9月16日17時30分から点灯式を実施します。この日は、みんなでAiちゃんの完成をお祝いしたいので、ぜひおいでください!展覧会期間中の10月1日まで、夜1時間ほど点灯しようと思います。

information

みんなとMAYA MAXX展

会期:9月16日(土)〜10月1日(日)※火曜・水曜休

会場:旧美流渡中学校

住所:北海道岩見沢市栗沢町美流渡栄町58

営業時間:10:00〜16:00 

料金:無料

writer profile

Michiko Kurushima

來嶋路子

くるしま・みちこ●東京都出身。1994年に美術出版社で働き始め、『みづゑ』編集長、『美術手帖』副編集長など歴任。2011年に東日本大震災をきっかけに暮らしの拠点を北海道へ移しリモートワークを行う。2015年に独立。〈森の出版社ミチクル〉を立ち上げローカルな本づくりを模索中。岩見沢市の美流渡とその周辺地区の地域活動〈みる・とーぶプロジェクト〉の代表も務める。https://www.instagram.com/michikokurushima/

https://www.facebook.com/michikuru

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