【漫画】「ガチ泣き」「胸が苦しい」半世紀前のアメリカ、若者たちの追う夢の“表と裏”描く漫画に心震える

  • 2023年2月27日
  • Walkerplus

ブロードウェイ・シアターで上演される舞台を訪れた老作家。自身の代表作を観劇しながら、彼は半世紀以上も前、突然の別れを迎えた少女「ベティ」と過ごした時間を振り返る――。川松冬花(@ffarte12)さんの創作漫画『いとしのベティ』は、1950~60年代のアメリカを舞台に、夢を追う若者たちが辿った理想と現実、その表裏を描いた作品だ。
同作は「ジャンプルーキー!」月間ルーキー賞(2023年1月期)ブロンズルーキー賞や、pixivコミック月例賞(2022年11月投稿分)優秀賞を受賞したほか、Twitterでも2万2000件を超えるいいねとともに「涙した」「引き込まれました」と多くの反響を集めている。同作の紹介とともに、作者の川松さんに制作の舞台裏について話を聞いた。

■夢にまっすぐな少女と、惹かれた少年。緻密な構成で描かれる“運命のかけ違い”
主人公の「オリバー・ウィリアム」は、20世紀を代表する小説家。この漫画のタイトルであると同時に、作中での彼の代表作の名前でもある「いとしのベティ」の内容をなぞるように、彼が小説家になるまでの若かりし頃を回想する形で物語られる。

実の父親に置き去りにされた田舎町で、売春宿の住み込みとして働いていたオリバー。仕事でも理不尽な仕打ちが多い中、姉のような存在である「エミリー」に支えられながら鬱屈とした日々を過ごしていた。

そんな彼には、頭を悩ませるもう一つの問題が学校にあった。それは、学校一の問題児の少女「ベティ」の世話係。ベティは町一番の美人である一方、自ら牛の肥溜めに入ったり、気にせずその姿のまま歌い出したり、幼児のような奇行を繰り返していた。

教師から命じられ、彼女の面倒を見る羽目になったオリバーは、ある時ふとしたいきさつから、ひそかに書き溜めていた自作の小説をベティに読ませることになる。

周囲からは「頭がおかしい」と扱われていたベティだが、彼女は「オリバー…あなたすごいわ」と、その小説に涙し、普段とは真逆の理性的な姿を垣間見せる。ベティは、売春が大きな働き口の町で自らを守るため、あえて奇人を演じ続けていたのだ。

「演技の勉強にもなる」と言い放つ彼女が夢見るのは、ニューヨークのミュージカル女優。夢のために全身全霊を注ぐ強烈さに魅了されたオリバーは、ベティと二人の時間を過ごしていく内、やがて自らも「小説家になる」という夢を育んでいく。そして、作品を応募した出版社の編集者「ジュリアーノ」から入選の知らせが入ったオリバーは、ベティに「一緒にNYに行こう」と誘うが――、というストーリー。

劇中作の「いとしのベティ」は彼の青春時代をもとに描かれながらも、結末が現実とは異なることが明かされていく。荒んだ田舎町で、オリバーとベティがともに刺激しあい夢を語らう青春の日々と、夢に手が届くまさにその時起きてしまった悲劇を描いた、まさに一本の映画のような雰囲気を持った力作だ。

■約80ページの大作を支えるのは、“描かなかった”膨大なバックボーン
自身の教室を持つフラメンコダンサーのかたわら、昨年11月には「タンデム・ファッション」(サイコミ)にてプロの漫画家デビューを果たした川松さん。『いとしのベティ』は、2022年11月に自身のTwitter・pixivにて公開した作品だ。漫画賞応募のために制作したものの、最初に応募した賞では酷評を受けたという同作。SNSを中心に集まった大きな反響への思いや、作品にこめた思いをインタビューした。

――『いとしのベティ』を描いたきっかけを教えてください。

「担当編集さんに『漫画賞に応募しませんか?』と言われ、ずっと描きたかったけれどページ数が長くて断念していた“ベティ”のネームを見せたらすごく面白いと言ってくれたので描いてみました。残念な事にその漫画賞には落選したのですが、別の漫画賞に応募したら月間一位になり賞も受賞できたので嬉しかったです」

――現代から1959年を振り返るような構成で、どこか古いアメリカ映画のような雰囲気を感じるのが印象的です。世界観や舞台設定で特に意識されたポイントはありますか?

「髪型と衣装、そしてキャラクターは全部の漫画を通してしっかり考えるのですがこのベティに関してはどんなルーツを持つアメリカ人なのか?など細く意識して作りました。当時のアメリカは今よりも差別が当たり前にあったので、オリバーの編集者になるジュリアーノをイタリア系アメリカ人にしたのもそうした時代背景を意識しての事です」

――フィクションの中で、その当時に生きた人々の姿を映し出そうとしたんですね。

「娼婦宿で働く孤児のオリバーをいくら才能があったとしても、都会に呼び出して面倒を見るまでのロジックが普通だったらありえないのですが、ジュリアーノに当時アメリカで差別の対象であったイタリア系という背景設定を持たせ、なぜ彼がそこまでするのか、まずは彼の人生をプロットで書いてみたりもしました」

――本作も約80ページの力作ですが、描かなかった部分も綿密に作り込まれたとは驚きです。

「主役はオリバーなので、ジュリアーノの背景はこのベティの読み切りには載せられない部分でした。『そこまで考えなくても…』と思われるかもしれませんが、読み切りには載せられなくても、読者の方がそうした裏側を感じとってくれる様な魅力的なキャラクターを考えなきゃといつも思っています。また、自分の漫画に自信がないので『とにかくやれる事は全部考えて読者の方にぶつけてみよう!』と、設定についてはいつも本当に細かく考えています」

――そうしたバックボーンを知ると、この作品で語られなかった部分も読みたくなります。

「ジュリアーノの設定だけでも読み切り漫画に出来るので、時間ができたら描きたいなとは思っています。読者の方の感想で『ジュリアーノにもそう言う背景があるのかも…』とコメントしてくれた方がいて、それを読んだ時は『描いてないのに読み取ってくれてありがとうございます!』と小さくガッツポーズしました(笑)」

――劇中作「いとしのベティ」と、オリバーやベティが実際に辿った現実とは運命が大きく異なり、「夢」の表裏を描いた作品のように感じました。

「夢を追うということは何かを犠牲にすることとよく言われていると思うのですが、何を犠牲にしてるのか?と考えた時に“犠牲=人間関係”なのではないかなと思いました。

人は皆嫉妬心を持っているし、全員不幸な時も幸福な時もあります。そういったタイミングや関係性がどんぐりの背比べをしている時はまだいいと思うのですが、横並びだった誰かが夢に羽ばたこうとする様を間近で見させられた時、人はどうなるのだろうか、ということを考えました。

善良で本人も辛く悲しい人生を歩んではいるけれど、誇り高く人を助け、前を向いて生きているキャラクターがどうなるのかを描ければ、夢の残酷さを映し出す構図になって面白いんじゃないかと。なので、この作品の主役は実はオリバーではなく実はエミリーなのかもしれないと、描き終わった時に少し思いました」

――キャラクターの見せ方としてはどんなところにこだわられましたか?

「主要なキャラクターは皆、“いい人”であるという事をちゃんと読者の人に分かってもらえるように描きました。彼らは逆境にも負けないいい人達であるのに、タイミングや伝え方一つで人生があまりにも変わっていく様を表現できればと思い構成しました」

――読者からは多くの感動の声を集めた作品です。反響についてご自身ではどう思われていますか。

「ここまで反響があるとは思いませんでした。最初の漫画賞に出した時は、有名な漫画家の先生から五点満点中一点をつけられたり、正直酷評でした(笑)。なので、その時の審査と世間との評価の違い、ギャップに驚いています。本当に漫画って難しいな、とつくづく思いました。

でもやっぱり、どんなに編集部で酷評されようと私は読者の方々に『面白かった!』と、言ってもらえる作品にしていきたいのでブレずに頑張っていきたいと思っています」

――最後に、今後の漫画制作の展望について教えてください。

「今、いろいろな所で水面下で漫画を頑張っています。新しいのも面白い!と思ってもらえるように頑張りますので今後ともよろしくお願いいたします!」

取材協力:川松冬花(@ffarte12)

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