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第18回 テキスタイルデザイナー・アーティスト / 菊池 学さん
自然の持つ力をテキスタイルに表現

  • 2009年2月1日

自然の持つ表現力そのものを具体化するコンダクター

錆染についてお話を伺いたいのですが…

錆と漆による「錆流文様図」
錆と漆による「錆流文様図」
錆染による「モナリザ」
錆染による「モナリザ」
 金属の酸化によって布地を染める「錆染」のアイデアを得たのもみやしんにいた時代でした。織元はとにかくアパレルメーカーが求める布地を提供するのが仕事。だから、常に織りや染めのアイデアを考えていました。その時、ふと、「錆は落ちない」と思ったんです。小学生の頃、錆びたクギの跡が白い体操服に付着して、洗濯しても落ちなかった記憶は誰にでもあるでしょう。その発想です。でも、試作してみると、布に付着した錆は手に付くし、錆の酸化が進行し過ぎると布地はボロボロになる。商品化は無理でしたね。

 29歳の時、ISSEY MIYAKEに転職しました。そこで、毛利臣男さんと一緒に仕事をするようになります。毛利さんは当時、ISSEY MIYAKE MENのチーフディレクターをする一方で、市川猿之助の『スーパー歌舞伎』の衣装デザインなども手がけていました。とてつもない発想力と美意識を持った方です。毛利さんに錆染の試作品を見せると、商品化は難しいと指摘しながらも、何かを感じたらしく、「菊池くん、ちょっと待っていて」と言ってくれました。
 発表の機会が訪れたのは、1998年でした。毛利さんが主宰するイベント「モーリの色彩空間」で100人のクリエイターが仮面を制作する展覧会に錆染による仮面を出品しました。洋服の布地としては商品化が難しい錆染をアートとして制作、発表する方向性がここで決まります。決定的だったのは2000年の「モーリの色彩空間」でした。1000年紀の節目を錆で表現するコンセプトのもと、私は1000メートルの錆染の布地を制作し、それは会場であるスパイラルホールの空間を埋め尽くすメインの緞帳(どんちょう)として展示されました。
 思えば、最初に錆染を発想してから、10年以上が経過していましたね。もし、あの時に商品化できていたら、それで終わっていたでしょう。商品化できなかったからこそ、時間がかかったからこそ、これほどの大舞台でのお披露目が実現しました。ものづくりの運命というのは、本当に分からないものです。そして、もちろんの事ですが、三宅一生というとてつもない偉大な創作者のもと、もの創りとは何かと言い問いかけられた作業は果てしなく永遠に続いています。


鉄は酸化の過程で「青」から「金」へ

 アーティストとして作品制作を始めるようになってから、さまざまなモチーフを錆染してきました。アートディレクターの浅葉克己氏がデザインしたトンパ文字、レオナルド・ダヴィンチの「モナリザ」や「最後の晩餐」、そして、古代中国の装飾文字である雅体。最近は龍をテーマに展覧会を開きました。
「飛翔龍」
「飛翔龍」
「錆龍掛け軸」
「錆龍掛け軸」
 こういったモチーフと出会いながら、私は常に、錆色の美しさを追求してきました。鉄は酸化する過程、その色を一瞬「青」から「金茶」に変化させます。つまり「錆」が生成される瞬間です。その色の変化、そして布地に描かれる柄。金属の酸化という自然現象が描く美しさをどれだけ引き出せるか? それが、アーティストとしての自分の使命だと思いながら制作を続けています。
 しかし、錆染は再現が不可能です。どれだけ回数を重ねても同じ表現は二度とありません。それが錆染の難しいところであり、かつ、魅力そのものと言えるでしょう。そこには、私たち人間の及ばない、自然の意思があるのです。錆は布に定着しても、酸化を続けます。そして、長い時間をかけて、いつか大地へと還っていくのです。私たちは自然界の法則、錆染を通じて目撃しているとも言えるのではないでしょうか。
 そんな壮大な相手を前にしたとき、私にできるのは、ただ体を動かし、手を汚して、作品を作り続けることしかありません。試行錯誤を繰り返し、そして鉄が酸化するのを待つ。それは人間が長い間続けてきた、作物の種を蒔き、育て、刈り取るという行為に通じるものがあります。
 錆染はこれからも、私のライフワークであり続けるでしょう。


「錆着尺」
「錆着尺」
■作品履歴
1998年10月 モーリの色彩空間Paet2“100仮面”(スパイラル/東京 南青山)
2000年10月 モーリの色彩空間Part4“SABI”(スパイラル/東京・南青山)
2002年 1月 錆金色(AKI-EX/東京・南青山)
2003年 9月 錆金色in京都(アートスペース 感/京都)
2003年10月 「錆のある風景の表現方法」(AKI-EX/東京・南青山)
2004年 2月 錆流文様図(AKI-EX/東京)
2004年 4月 清流展”泥土錆絹布” (京都市美術館/京都)
2005年 5月 [lab](実験空間展)(AKI-EX/東京)
2006年 5月 [lab-2](実験空間展)(toroiso/東京)
2006年 6月 「錆着尺」(ギャラリーエフ/東京)
2007年 2月 「逸動」(LIECHEN STEIN/オーストリア)
2007年12月 映画「魍魎の匣」美術提供
2008年11月 飛翔龍「青」から「金」へ(風ギャラリー/銀座)


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