韓国の家庭では「白ごはんはあまり食べない」「やさしい味つけ」…注目の料理家 キム・ナレさんが伝えたい韓国の味とは?

  • 2025年4月23日
  • CREA WEB

 キム・ナレさんの料理を味わって、驚いた。体が喜ぶ、しみじみとおいしい韓国料理の世界がそこにあったから。新著『一汁一飯 韓定食』(グラフィック社)では「家ごはんは素朴で簡単であるべき」のセオリーを掲げ、「具が多めの汁もの&雑穀や野菜を加えたごはん」のシンプルスタイルを提案する。ナレさんが伝えたい韓国の味と、その料理観を聞いた。


韓国の家庭料理は、やさしい味のものも多いんです


キム・ナレさん。

キム・ナレさんさんの新著『一汁一飯 韓定食』(グラフィック社)。

――ナレさんのレシピ本を読むと、「体にやさしい味」「体に負担をかけない味つけ」といった言葉がよく出てきて、印象的です。

ナレ 私は2015年から日本で料理教室を始めたんですが、当時はチーズタッカルビが人気の頃。教室でも日本の韓国料理店で人気のものや、定番の味を教えていたんです。やっぱりニーズがありますから。あるとき私が体調を崩して教室をお休みにしたとき、健康についてより考えるようになって。自分の食生活と、教える料理の両方を全面的に見直しました。

――具体的には、どのように?

ナレ たとえば醤油やコチュジャン、油などを必要以上に使っていないか。うま味はここまで強くしなくてもおいしいんじゃないか、と。簡単にいえば、全体的に味つけを控えめにして、「ちょうどいいおいしさ」を考えました。濃いめの味はパンチもあって、食も進みます。でも家庭の味は毎日食べるものだから、そんなに濃くなくていいよね、と。

――濃いと食べ飽きてしまうのも早い、という面もありますね。

ナレ そうそう! 韓国料理ではにんにくや唐辛子もよく使うけど、「やたらと使わない」を大事にしています。そういう私の料理を「新しい韓国料理」なんて言ってくださる方もいるけれど、韓国ではよくある味なんです。でも、日本ではまだあまり知られていない味。

――刺激の強くない味というのは、ナレさんが食べ慣れてきた味なのですか。

ナレ はい、母や祖母の味ですね。韓国の家庭料理は、やさしい味のものも多いんですよ。でもお店だと、やっぱり食べたときパッと「おいしい!」と思わせる料理を作らなくちゃいけない。

――家庭の味が外で体験しにくいのは、日本も韓国も同じですね。そんな韓国の家庭料理を教えるようになって、反響はいかがでしたか。

ナレ 喜んでもらえました。「健康的にはこの味つけどうなんだろう……」と思っている人は、予想より多かった。「飾り気はないけれど、元気になれる韓国料理」を広めたいという気持ちが強まりました。

――ナレさんは日本での暮らしも長く、日本の食文化を意識されることも多いと聞きます。

ナレ 日本の食文化ってクオリティがすごく高い。吉野家の牛丼ひとつでも、あの値段であんなおいしいのが食べられることに最初、驚きました。あと料理をしない人でも、外食するときに「旬のごはんを食べたい」と思う人が多い。みんなの頭の中に、旬を意識する感覚がある。もちろん韓国でも食材の旬はあるけど、全体的な旬への意識は日本人って強いなあと思いますね。韓国の味と日本の旬の素材を組み合わせた料理を作っていきたい。

――その他に、大事にされていることはありますか。


キム・ナレさん。

ナレ 再現のしやすさです。韓国の調味料や食材など、手に入りにくいものがレシピに多いとハードルが上がってしまうでしょう? 私もフレンチを日本で習っていたとき、復習しようと思うと食材の買い出しで丸一日かかってしまう。中々手に入らないものが多いから(笑)。そして翌日は仕込みでまた丸一日……! これじゃ大変。みんなが作りやすく、気軽に作れることを大事にしたい。そして「全員がおいしい」を目指さず、10人中8人がおいしいな、また作りたいなと思ってくれる料理を目指しています。

――その一方で本格キムチの漬け方や、豆乳を使うレシピなどでは豆乳の仕込み方から載せていますね。(ともに『おいしい韓国料理のレシピ』2023年 朝日新聞出版)

ナレ あははは、あれはちょっとマニアックですよね(笑)。でも私の本を読んでくれる人の中には、絶対私みたいなマニアックな料理好きもいるはず、と思って載せたんです。豆乳の話のついでに言うと、韓国では豆腐屋さんがまだまだ多くて、豆乳はもちろん、大豆をゆでた水も売っているんですよ。料理の出汁がわりに使ったり、塩を加えて水のように飲んだりします。

――あまり知られていない韓国の調理法や食材と出合えるのも、ナレさんの本の魅力ですね。新刊『一汁一飯 韓定食』ではシレギ(大根やかぶの葉を干したもの)や干しムール貝など、ぜひとも食べてみたくなりました。

ナレ おいしいんですよ、干しムール貝! うちのアシスタントさんも大好き。こんな韓国食材もある、こんな味わいの韓国料理もあるんですよ、というのを広げるひとりになりたいとずっと思っています。

韓国ではあまり白いごはんを食べない


キム・ナレさん。

――「一汁一飯」ということでごはんものも多く紹介されますが、豆や雑穀、野菜をごはんに炊き込むレシピが豊富にあるものですね。

ナレ 白いごはんって、韓国ではあまり食べないかもしれません。白いごはんには麦を入れることも多いし。うちの祖母は「白米のままだと体によくない」という考えでした。必ず何かしらの雑穀や豆を入れる。漢方の考えが根付いていたようです。韓国人って「食べることは国力」ってよく言うんですけども、体調が悪いときはまず食べもので整えるんです。

――おお、もっと知りたいです。

ナレ うちの母は家族が夏バテしたとき、サムゲタンか牛骨スープを仕込み始めます。それでだめなら漢方薬に頼って、それでも良くならなければ西洋医療に頼る。韓国では「食欲がない」って、すごくよくないこと。夏に食べるビビン麺などは少し味が濃いめですが、食欲をそそる濃さ。そういうのを食べて、食欲が落ちないようにする。常に食欲のあることを基本にするのが、韓国の家庭のやり方だと思います。

――あと、韓国の炊き込みごはんは、作り方の上で日本よりもハードルが低い感じがしました。


キム・ナレさん。

ナレ 日本はまず出汁を用意して、それを冷ましてからお米に加え、味つけもしてから炊き始める。韓国は基本、水から炊くのでその分は手軽かもしれません。そしてヤンニョムジャン(合わせダレ)をかけて食べるので、味つけもいらないし。

――ヤンニョムジャンは日常のいろいろなシーンで使われるようですが、作る人の数だけレシピがあったりするんですか。

ナレ 基本的に材料はみんな大体一緒ですが、旬によって入れるものが変わるんです。春はノビルとナズナを入れることが多い。韓国人はこのふたつが大好きなんですよ、冬が終わる頃から市場にはノビルがたくさん出ます。

――ノビルを薬味的に使うんですね、おいしそうだなあ……。さて、ナレさんは4歳になるお子さんの子育て中でもありますが、「一汁一飯」スタイルは実生活でも活躍しているんでしょうか。

ナレ もちろん! 子どもができてから「自分が作りやすい」を最優先するようになりました。そうじゃないと、作り続けられない。余裕があるときはあれこれ作れますけど、仕事が立て込んだときは「ごはんと汁ものさえあればいい!」と考えてます。ごはんには何かしらの野菜か雑穀を入れて、汁ものにはお肉か魚介を入れれば、栄養的にもそれなりにいいですから。ごはんと汁、あとは海苔とキムチなんかがあれば、もうそれでいい。

――料理家さんにそう言ってもらえると、気が楽になる人は多いと感じます。

ナレ でもね、いくら簡単にしても面倒でしょうがないときってあるんです。そんな日は、もうみんなでアイスクリーム食べて終わり。そうすればうちの家族はみんなハッピー(笑)。たまに作らないときを入れて、翌日に「ああ、昨日は作らなかったな……」なんて反省して、また作っていく。そんな毎日です。


ナレさんの食卓の一角。

キム・ナレ

料理研究家、韓国・仁川出身。韓国料理をベースに、日本と西洋の料理を学んだバックグラウンドを交えて独自の料理世界を展開する。体にやさしい、穏やかな味わいの料理が注目を集めている。毎月開催の料理教室も人気。現在、4歳児の子育て真っ最中。
https://www.kimnare.com/


聞き手 白央篤司

フードライター、コラムニスト。おいしい手作りキムチの店が近所にあったことから韓国料理にハマる。好きな韓国料理はビビンバ。主な著書に『自炊力』(光文社新書)、『はじめての胃もたれ』(太田出版)など。4月に編著『はじめましての旬レシピ』(Gakken)が発売になる。


『一汁一飯 韓定食』

定価 1,870円(税込)
グラフィック社
この書籍を購入する(Amazonへリンク)

文=白央篤司
撮影=平松市聖

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