2025/03/02 05:00 ウェザーニュース
地球温暖化や気候変動の問題でよく見聞きする言葉に「カーボンニュートラル」や「ネットゼロ排出」などがあります。
でも、これらの言葉の意味がちゃんと説明できるか問われると、答えに窮してしまう人も多いのでは!?
気候変動問題の専門家である江守正多さん(東京大学 未来ビジョン研究センター教授)の監修のもと、「カーボンニュートラル」などの意味を解説します。
◆A/もともとは「二酸化炭素の排出と吸収が同じ」という意味です。
カーボンニュートラルの「カーボン」は「炭素」のことで、「ニュートラル」は「中立」などと訳されます。ですから、カーボンニュートラルを直訳すると、「炭素中立」になります。しかし、これでは、よくわかりませんね。もう少し詳しく見ていきましょう。
まず、この場合の炭素は「二酸化炭素」のことです。
二酸化炭素が中立であるとは、二酸化炭素の排出と吸収が中立であることを意味します。
「中立」がまたわかりにくいですね。これは、人間活動によって排出される二酸化炭素の量と吸収される二酸化炭素の量が同じであるという概念です。排出が超過でもなく、吸収が超過でもないのが中立ということですね。
「カーボンニュートラルはもともと二酸化炭素の排出と吸収が中立という意味です。
二酸化炭素だけでなく、メタンなども含む温室効果ガス全体の排出と吸収が中立になることを意味するときは『温室効果ガスニュートラル』や『クライメート(気候)ニュートラル』という言葉がありますが、あまり使われません。
文脈によっては、両者を区別しないで温室効果ガスの排出と吸収が中立という意味で『カーボンニュートラル』を使うこともあるので注意してください。
2020年10月、菅義偉首相(当時)は国内のカーボンニュートラルを2050年までに実現することを目指すと宣言しました。この場合のカーボンニュートラルは温室効果ガス全体を意味しています」(江守さん)
◆A/二酸化炭素の排出量から二酸化炭素の吸収量を差し引いた合計をゼロにすること。
「ネット(net)」は英語で「正味」のことです。二酸化炭素に限らず、「正味ゼロ」が何かといえば、ここでは排出から吸収を差し引いた「正味の排出」がゼロになることを意味します。これは、排出と吸収が同じということなので、実は「ニュートラル」と同じ意味ですね。
「カーボンニュートラル」や「正味(ネット)ゼロ排出」には「パリ協定」が関係しています。
パリ協定は2015年にフランスのパリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択された国際的な枠組みで、「世界的な平均気温の上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求する」ことが長期目標として合意されました。
この目標を達成するために「今世紀後半に人為的な温室効果ガスの排出と吸収源による除去の均衡を達成する」ことが必要だという認識も、パリ協定に書かれました。
「均衡」は「釣り合い」「バランス」といった意味です。「排出と吸収が釣り合う」、「排出と吸収が同じ」、「正味の排出がゼロ」はすべて同じことです。
「カーボンニュートラル」や「正味(ネット)ゼロ排出」などの言葉は、この「排出と吸収(除去)の均衡」を意味する言葉として世の中に広がっていきました。
「排出と吸収の均衡」を考える際に、重要な注意点があると江守さんは指摘します。
「『人為的な排出』と均衡する必要があるのは『人為的な吸収』であることに注意してください。
現状では人為的な二酸化炭素の排出の半分強は陸域の生態系と海洋が、つまり『自然』が吸収しています。
人為的な排出を『自然の吸収』と均衡するまで減らせば、温室効果ガス濃度の増加は止まりますが、熱容量が大きい海洋には遅れて暖まる性質(熱慣性)があるため、気温の上昇はしばらく続いてしまいます。
パリ協定で目指しているのは、人為的な排出をさらに減らして、『人為的な吸収』と均衡させることです。つまり人間活動による排出から人間活動による吸収を差し引いた、『人間活動による正味の排出量』をゼロにすることです。
二酸化炭素の『人為的な吸収』の方法は、植林、再生林のほか、農業のやり方を工夫して農地の土壌に炭素を蓄えること、海中の植物を育てて海底に炭素を蓄えること(『ブルーカーボン』とよばれます)があります。
さらに、工学的な方法で大気から二酸化炭素を吸収して、地中に封じ込める『直接空気回収』という技術も、研究開発が進んでいます。
繰り返しますが、人間活動によらずに自然が勝手に吸収する分は『人為的な吸収』に含まれません。
人間活動による排出が正味でゼロになると、自然の吸収によって温室効果ガスの濃度は減少し始めて、気温を下げるように働き出し、これが海洋の熱慣性で気温が上がろうとする効果を打ち消して、気温上昇が止まると期待されます」(江守さん)
◆A/パリ協定では、温室効果ガス全体の排出正味ゼロを目指しています。
Q1で紹介したように、菅義偉首相(当時)は国内のカーボンニュートラルを2050年までに実現することを目指すと、2020年10月に宣言しました。この場合のカーボンニュートラルは二酸化炭素だけでなく温室効果ガス全体を意味しています。
「パリ協定で目指しているのは、二酸化炭素だけでなくメタンや一酸化二窒素などのガスを含む温室効果ガス全体の排出の正味ゼロです。
ここで、温室効果ガスのうち、人為的な吸収源によって大気から吸収(除去)できるのは、基本的には二酸化炭素だけです。
そのため、温室効果ガス排出の正味ゼロは二酸化炭素排出の正味ゼロよりも一般的に厳しく、二酸化炭素の排出が正味でマイナスになって、二酸化炭素以外の温室効果ガスの排出を打ち消す状態を意味しています。
ただし、国によっては『カーボンニュートラル』として掲げている目標が二酸化炭素のみを対象としている場合もありますので、その都度意味を確認した方がよいでしょう」(江守さん)
「カーボンニュートラル」などの言葉は、国や機関などによっても、少し違う意味で使われることがあるのですね。文章の流れとその意味を意識して、これらの言葉を理解することが大切です。
ウェザーニュースでは、気象情報会社の立場から地球温暖化対策に取り組むとともに、さまざまな情報をわかりやすく解説し、皆さんと一緒に地球の未来を考えていきます。まずは気候変動について知るところから、一緒に取り組んでいきましょう。
監修/江守正多 東京大学 未来ビジョン研究センター 教授(@seitaemori)