
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
広々としたフロアには、多彩なチョコレートや焼菓子が並ぶ
四国編の第24回は、愛媛県四国中央市の「Grabbag coffeestop」。店主の高橋さんは、イタリアで本場のエスプレッソと出合ったのを機に、コーヒーの世界へ転身。海外のカフェや豆の産地にもたびたび足を運ぶ一方で、パティシエとしてコーヒーに合う菓子作りに注力するなかで、チョコレートの魅力にも傾倒。自家焙煎のコーヒーとビーントゥバーのチョコレートの二刀流で、個性を発揮している。「コーヒーもお菓子も、自分の目で見て吟味した素材で作りたい」という職人気質の高橋さんが目指す、最高のペアリングとは。
店主の高橋さん
Profile|高橋賢次(たかはし・けんじ)
1974(昭和49)年、大阪府生まれ。旅好きが高じて世界を巡るなかで、イタリアのエスプレッソに出合ってコーヒーの魅力に惹かれ、中南米、アフリカのコーヒー産地や、ヨーロッパのカフェ文化を体感。開業を志し、約10年のパティシエの修業を経て、2014年、四国中央市に「Grabbag coffeestop」を開業。コーヒーに合うお菓子作りに取り組むなかで、チョコレートへの関心を深め、四国でいち早くビーントゥバーの製法を取り入れ、国際的なコンテストでも入賞。2018年から自家焙煎をスタートし、コーヒーとチョコレートのペアリングの提案に力を入れる。
■イタリアのエスプレッソがもたらした転機
テイクアウトのコーヒーや焼菓子は、店先のテーブルでも楽しめる
巨大な工場や煙突が立ち並ぶ、四国中央市の海岸沿いに店を構える「Grabbag coffeestop」(以下「GBC」)。扉を開けると、甘い香りがふわりと鼻先に漂ってくる。広いフロアには、チョコレートや焼菓子がずらりと並び、一見すると、コーヒーショップというよりは洋菓子店の趣だ。「開店にあたっては、コーヒーを中心にして、相性のいいお菓子のバリエーションを広げていくイメージを持っていました」という店主の高橋さん。実はパティシエでもあり、今ではショコラティエとしても国内外に知られる存在となったが、ここにいたる道のりのスタートはコーヒーだった。
以前は飲食とはまったく関係のない仕事をしていて、コーヒーもどちらかというと苦手だったという高橋さん。当時、旅好きが高じて、世界各地を訪ねていたが、イタリアで出合ったエスプレッソが、コーヒーのイメージをガラリと変えた。「同じ原料なのに淹れ方でまったく味わいが変わるのにびっくり。こんなにトロっとした質感になって、香りも増すのは、何でだろうと思ったんです。それまでは黒くて苦い液体という印象でしたが、これをきっかけに、抽出方法で変化するコーヒーに関心をもっていったんです」と振り返る。その後、あくまで趣味の範疇ではあるが、コーヒーを深掘りしていくにつれ、苦手意識のあったドリップコーヒーのおいしさも分かるようになり、原料のコーヒー豆への興味が高じて、中南米やアフリカの旅先で豆の産地を訪れるまでになった。
焙煎機は、日本では珍しいフランス製のオールドプロバットを使用
ただ、元々はイタリアのエスプレッソに惹かれただけに、開業にあたっては、ロースターでなくバールに近いイメージを持っていたが、店を続けるにはそれだけでは苦しいと考え、一念発起、洋菓子職人の道へ。この時、30歳にして大きな転機になった。四国中央市の洋菓子店「霧の森」をはじめ、いくつかの店で経験を積み、その間も時間を見つけては、海外のコーヒー産地や国内のカフェを訪ね歩いた。さらに、イタリアで、IIAC(イタリア国際カフェテイスティング協会)が認定する、エスプレッソのティスティング資格を、そしてアメリカでSCAA(アメリカスペシャルティコーヒー協会)が認定するコーヒー鑑定士資格・Qグレーダーを取得。この時に、松山のカフェ・ナテュレの藤山さんとの出会い、大きな刺激を受けた。「2012年に藤山さんと初めてお会いしましたが、この頃、すでにナテュレの創業者として愛媛ではレジェンド的存在で、ブログや書籍も読んでいました。エスプレッソからコーヒーの世界に入ったというのも共通していて、そこから原料に目を向けていったタイミングも同じで、親近感を持っていたので、そこから一気に交流ができて、コーヒーについての影響を大きく受けました」
看板菓子の一つ、爆ドーナツ・プレーン280円。チョコレート、瀬戸内レモン各380円などフレーバー5種を展開
■コーヒーから始まってチョコレートの魅力に傾倒
「先々はコーヒーとチョコレート、それぞれで最高のブレンドも作りたい」と高橋さん
パティシエとして10年の修業を経て、高橋さんは2014年に、「GBC」を開業。当初、コーヒーは自家焙煎ではなく、産地訪問で縁を得た“コーヒーハンター”こと川島良彰さんを通じて仕入れた豆を使用。「焙煎機も製菓の設備もどちらも高価だったので、まず製菓の方に重きを置きました」と、コーヒーと相性のいい菓子作りに専念。メニューの柱の一つとして、構想していたのがチョコレートだった。「コーヒーの産地には、ほぼどこもカカオの産地があることに気づいたんです。南米だとコーヒー農園と近い場所にあることも多く、コーヒーと同じ産地の素材なら合うはずだと考えていました。実際、風味の傾向も似たものを持っていて、焙煎などの製造過程も共通点が多い。チョコレートもコーヒーと同じで、酸味の中に甘さが潜んでいて、テロワールや品種が一緒でも味が違う。何より、店の顔となるものが欲しかったので、コーヒーと相性がよく、他にない個性が出せるチョコレートに力を入れました」
2018年にインターナショナルチョコレートアワード世界大会で入賞。パリ発のチョコレートの祭典・サロンデュショコラにもたびたび出展している
チョコレートの原料となるカカオ豆は、大手商社から仕入れることが一般的だが、高橋さんは現地の生産者から直接仕入れ、乳化剤などの添加物を一切使用せず、カカオ豆と四国中央市で栽培されたサトウキビからできた砂糖のみで手作り。いわゆるビーントゥバーというスタイルだが、当時はまだ実践する店はほとんどなかった。ここでは、チョコレートはカカオの加工から一貫して手掛け、産地別で提案する。生のカカオ豆は発酵臭を持ち、その強弱もまちまち。中には味噌や納豆を思わせる匂いを持つものも。「カカオ豆は匂いが強いほど風味のポテンシャルを持っているので、選ぶ際には真っ先に目を付けます。そして、カカオも焙煎工程があり、浅煎りや深煎りがある。コーヒーと違うのは、カカオ豆そのものが、焙煎しなくてもすでに苦味を持っていること。いわゆるカカオポリフェノールで、火を入れると味わいがより深まるんです」
生のカカオ豆は、産地によって匂いの強さや種類が異なる
2018年~22年にかけて、チョコレートの国際的なコンテストにも参加し、2018年のインターナショナルチョコレートアワード世界大会のダークチョコレート部門で銀賞、ミルクチョコレート部門で銅賞を受賞。2020年・22年のアカデミーオブチョコレート世界大会にて、それぞれ銀賞、金賞を受賞した。それらを含め、ミルトスと銘打って展開するクラフトチョコレートは、5か国のカカオをそろえているが、実は高橋さんの一推しは南米・ペルー産。「現地の農園を訪れた時に、すごく甘くてフルーティーな風味にやられて。完全にチョコレートにはまるきっかけになったカカオです」と、これまで出合ったカカオの中でもとりわけユニークな個性を発揮。トロピカルフルーツのような明るい酸味が華やかに広がり、食べ進めるほどに甘味も増して、最後には果肉を食べているような感覚に。ダイレクトに素材の持ち味が伝わる逸品は、店の代名詞となっている。
クラフトチョコレート・ミルトスは、書籍を模した洗練されたパッケージデザイン。中でも最高峰のペルー産カカオを使ったキリヤマフェニックス1600円は、書家・紫舟さんの作品をあしらった特別包装
■素材への探求心に導かれて深化する店の醍醐味
チョコレートの製造は1つ1つ手作業で行われる
そのチョコレートと並ぶ人気を集めるのが、その名も爆ドーナツ。四国中央市の山間部、切山地区の参鍋養鶏場の平飼い卵との出合いから生まれた名物スイーツだ。霧の森での修業時代に、この卵に惚れ込んだ高橋さんは、定期的に養鶏場を訪ね、生産者と交流。「この卵は、とにかく強い、へこたれない。泡立ちのよさと生地にした時に膨らんだ後もしぼまない安定感が抜群です。特に、卵白がしっかりしていて甘味があるのが特徴」と高橋さん。本来、穴が空くはずの型を使っているが、卵白の強さで生地が穴をふさぎ、はみ出すほど膨らんだことが、命名の由来だ。最近はフレーバーの種類も広がり、これを目当てに訪れるお客も多い。
「うちは早くにビーントゥバーを始めたから、四国だけでなく全国各地のお店にレクチャーをすることも多いですね」と、いまやクラフトチョコレートの発信地にもなっている「GBC」。一方でコーヒーはというと、開店からしばらくしてシェアローストに切り替え、2018年に念願の大型焙煎機を導入。ようやく、コーヒーもオリジナルと呼べるものになった。
「カカオとは焙煎の温度こそ違いますが、感覚は通じるものがあります。逆にコーヒーのアプローチでカカオも焼くということもある。コーヒーの味作りも、例えばエチオピアと聞けば、ある程度、想像できる風味がありますが、あえてそこは目指さない。ロースターとして、他とは違う新しい味を引き出すことを考えています」。とはいえ、当初はシングルオリジン5種類をそろえたが、コロナ禍の影響もあり、今はブレンド一本に絞っている。それでも、徐々に幅を広げていきたいという。
ドリップコーヒー450円。ハーブのような芳香とミルクチョコのようなコクが印象的
現在、高橋さんはビーントゥバーからさらに一歩進んで、農園から一緒に関わるツリートゥバーを目指しているが、さらに先に見すえるのは、コーヒーとチョコレートのペアリングだ。「同じ産地のコーヒーとカカオの味の特徴は似ていることが多く、それは育った“土”が同じだからであろうと想像できます。今まで産地を見て来た経験を生かして、コーヒーとカカオの最高のペアリングを作っていきたい」と高橋さん。1杯のエスプレッソに始まり、コーヒー、カカオ、卵と素材への探求心に導かれるように続けてきた店も、早や10年。コロナ禍で途絶えた産地の訪問も、今年から再開する予定だ。「コーヒーもお菓子も、自分の目で直に見て吟味した素材で作りたいという気持ちが強い。他と違うことをしたいというのが店の個性につながっているので、そこは貫いていきたい。“コーヒーストップ”と名乗っているからには、これからはコーヒーを充実させないと。チョコレートに力を入れすぎているので、コーヒーも早く追いつかないと(笑)」。職人気質の高橋さんが作る、想像を超えるペアリングを楽しみに待ちたい。
バナナの甘さの後にコーヒーの香ばしい余韻が引き立つ、人気のバナP600円
■高橋さんレコメンドのコーヒーショップは「カトラッチャ珈琲焙煎所」
次回、紹介するのは、愛媛県伊予市の「カトラッチャ珈琲焙煎所」。
「店主の今井さんは、JICAの海外青年協力隊でホンジュラスに渡ったのを機に、現地のコーヒーをダイレクトトレードで紹介されています。個人で産地との関係を築いて、継続することはなかなかできることではない。素直に人の話を聞ける謙虚な姿勢と、立ち上げた行動力がすごい。今井さんのエネルギー、バイタリティがすごい、まぶしすぎます。今年からホンジュラスのカカオを使ったチョコレートも製造するにあたって、いろいろ協力しています」(高橋さん)
【Grabbag coffeestopのコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット 12キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(シモネリ)
●焙煎度合い/中煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド1種、100グラム820円~
取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治
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