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日本兵1万人がいまだ行方不明。新聞記者が執念でたどりついた複雑すぎる「真実」とは?ノンフィクション「硫黄島上陸」

  • 2023年10月5日
  • Walkerplus

太平洋戦争の激戦地・硫黄島。「この島を奪われたら、起点にされて本土爆撃が激化する」との危機感から、アメリカ軍を食い止めるために決死に戦った日本の守備隊2万3000人のうち、実に約95パーセントにあたる2万2000人が戦死した。アカデミー賞の作品賞にもノミネートされて話題となったクリント・イーストウッド監督、渡辺謙、二宮和也主演の映画「硫黄島からの手紙」で、その戦いを記憶している方も多いかもしれない。

※2023年8月13日掲載、ダ・ヴィンチWebの転載記事です


戦後78年を迎える中、こうした戦争の記憶をもはや「過去のもの」と思っている方もいるかもしれない。だが、こと硫黄島に関しては「戦争はまだ終わっていない」という方もいる。戦没者2万2000人のうち、今なお1万人におよぶ方の遺骨が見つからないままだからだ。

遠い外国の島ではなく、硫黄島は東京都に属する小笠原諸島の島だ。日本の領土でありながら、なぜそのような事態になっているのか――「硫黄島上陸 友軍ハ地下ニ在リ」(酒井聡平/講談社)は、著者が参加した遺骨収集事業を入り口に、硫黄島が置かれている「特殊な状況」の実相に迫るノンフィクション。近年ようやく情報開示されることになった日米の機密文書、関係者への取材などから、硫黄島のおかれた複雑すぎる「真実」に迫る衝撃の一冊だ。

著者の酒井さんは2023年2月まで5年間、北海道新聞の東京支社編集局報道センターに所属し、戦没者遺骨収集事業を所管する厚生労働省や東京五輪、皇室報道などを担当した現役の新聞記者だ。1976年生まれの彼の祖父は戦時中、硫黄島の隣にある父島の兵士だった。それもあって、酒井さんは「祖父の戦友」とも言える硫黄島の戦没者のことが長年心にひっかかっていたという。硫黄島での遺骨収集に人生を懸けた硫黄島戦災遺児との地元・北海道での出会いをきっかけに、13年前に一念発起して政府主催の遺骨収集団に参加。以降、計4度の硫黄島上陸経験を持つ。

このようにスルッと紹介すると伝わりにくいが、実は硫黄島への上陸というのがそもそも簡単なことではない。硫黄島は現在でも「民間人の上陸が原則禁止」の島であり、遺骨収集団もボランティアだからといって誰でも参加できるものではないのだ。自由な報道は原則禁止、遺骨収集現場へのカメラの持ち込み禁止などさまざまな制約があり、酒井さん自身も「新聞記者」の立場ではなく、あくまで「硫黄島関連部隊の兵士の孫」として遺骨収集のボランティアとして上陸が許可されたという。

本書は、そうした状況下で酒井さんが見聞きした「硫黄島遺骨収集の現場」の生々しいルポから幕を開ける。自衛隊機での往復に宿舎は米軍施設。植物の異常な繁殖力が行く手を阻み、火山性ガスも噴出する危険な現場を懸命に掘り続けるのは高齢の団員たち…「遺骨収集」という言葉だけでは見えてこない汗と涙にまみれた実態にまずは驚かされるだろう。

この遺骨収集体験をきっかけにして、酒井さんは硫黄島について精力的に調べ始める。残りの1万体は滑走路の下なのか?なぜここまで島は管理されているのか?さまざまなミステリーを解き明かすため、酒井さんは日米の公文書を徹底的に調べ上げ、硫黄島からの生還者や遺族、政府関係者ほか可能な限りの関係者に当たって取材をすすめる。次第に明らかになっていく「硫黄島のリアル」は驚くべきものであり、「確かに硫黄島では戦争は終わっていない」と呆然とするに違いない。

現在、土曜・日曜は、戦争などの歴史を取材、発信する自称「旧聞記者」として活動し、取材成果をX(@Iwojima2020)などでも発信している酒井さん。初めての著作となる本書は、戦争は遠い国の話ではなく、自らの足元にあることをつきつける。そして今の自分たちの平和な暮らしの礎には、こうした尊い犠牲があるということをあらためて思い出させてくれる貴重な一冊でもある。

(文=荒井理恵)

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