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コーヒーで旅する日本/関西編|汲めども尽きぬ創意で、無限に広がるコーヒーとスピリッツのシナジーを追求。「Knopp」

  • 2023年3月14日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第56回は、大阪市中央区の「Knopp」(クノップ)。店主の吉田さんは、果物や野菜、時に肉や魚介まで、生の素材を合わせたカクテルの新潮流・ミクソロジーをコーヒーの世界に取り入れた“コーヒーミクソロジスト”の第一人者。2022年には、コーヒーカクテルの競技会・ジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップ(JCIGSC)で初優勝を飾り、コーヒーカクテルのさらなる可能性を日々、追求している。前回登場したCafe mannaの長田さんも感嘆した意想外のイマジネーションで、次々と新たな味の扉を開く吉田さんに、コーヒーカクテルの醍醐味をうかがった。

Profile|吉田奈央 (よしだ・なお)
1983(昭和58)年、三重県生まれ。学生時代にジャズボーカルとして活動し、卒業後、大阪のジャズクラブで勤務する中で、お酒の魅力に触れてバーテンダーに。カフェ&バーの開業を目指し、難波のカフェ・シェーカーズカフェ ラウンジでバリスタの仕事も並行。在籍中にアメリカのSCAA展示会で当時、最新のコーヒーシーンを体感したことで、本格的にバリスタに転身し、2013年に「Knopp」をオープン。競技会にも毎年出場し、2022年、コーヒーカクテルの競技会・ジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップ(JCIGSC)で優勝。

■ミクソロジーとの出合いでコーヒーの新たな楽しみを開拓
近年、カクテルの世界で広がりを見せている、“ミクソロジー”という言葉をご存知だろうか。ロンドン発祥のミクソロジーは、フレーバーシロップなどを一切使わず、フレッシュな食材の風味を生かしてレシピを構築。果物や野菜、香辛料やハーブ、時に肉や魚まで使う、新感覚のカクテルとして世界的に注目を集めている。「ミクソロジーを初めて体験したのは、NYのバーテンダーが大阪でセミナーをした時、バーボンにベーコンの肉汁を合わせるベーコンバーボンを飲んで、料理に近い自由な発想が新鮮で、感銘を受けました」という店主の吉田奈央さん。関西でいち早くミクソロジーの手法を取り入れ、コーヒーと融合させた“コーヒーミクソロジスト”として、新たな可能性を追求してきた第一人者だ。

バリスタとして20年近い経験を持つ吉田さんだが、実は、元々はバーテンダーとしてキャリアをスタート。その道へ進むきっかけとなったのは、音楽だった。学生時代、ジャズのボーカルとして活動していたことから、「仕事をするなら、音楽に関われる場所がいいなと考えていました」と、大阪のジャズクラブで働き始めた。ここで身につけたスピリッツの知識やカクテルの技術が、今に至るベースになっている。

ただ、「いずれ店を持つとしたらバーを想定していましたが、昼も営業できる店にしたいと思って。それなら、コーヒーが必要だなと考えたんです」と吉田さん。そこで、当時、大阪の商社が手掛けていたカフェ・シェーカーズカフェ ラウンジに、バリスタとして入店。昼はカフェ、夜はバーを掛け持ちし、寝る間も惜しんでスキルアップに取り組んだ。お酒とコーヒー、二刀流で経験を積む中で、コーヒーの世界へと大きく傾倒する転機となったのが、カフェのスタッフとして訪れたアメリカ視察だった。「カフェの母体が商社だったこともあり、アメリカで開催されるコーヒー業界の展示会・SCAAを訪ねて、当時の世界のコーヒーシーンを目の当たりにしました。まだ日本では浅煎りのスペシャルティコーヒーはほとんどなかった頃、現地で飲んだ驚くほど酸っぱいコーヒーに衝撃を受けて。帰国後、カフェで使う豆を現地から取り寄せてもらったり、この時を境にコーヒーにのめり込んでいった」と振り返る。

その後は、バリスタの競技会にも参加し、コーヒーを使って独自のアレンジを施したシグネチャードリンクの制作も経験。「アルコールのある・なしが違うだけで、シグネチャードリンクもカクテルの一種。コーヒーにミクソロジーを組み合わせようと考えたのは、自然な流れでした」という吉田さん。当時、ミクソロジー自体がまだ日本ではなじみのないものだったが、吉田さんにとって、コーヒーカクテルが作りたいという気持ちは日に日に大きくなっていくばかり。「自分がやりたいことをするには、独立するしかない」との気持ちに押されるように、2013年、「Knopp」をオープン。以来、コーヒーミクソロジストとして、新たな道を拓いてきた。

■意想外のイマジネーションから生まれる魅惑の一杯
もちろん、カフェ&バーとして開いた店には、ランチやスイーツ、コーヒーやドリンクもそろえるが、メニューの筆頭に来るのは、8~9種を時季替わりで提案しているコーヒーカクテルだ。「一番意識しているのは、素材の旬。日本独特の考え方ですが、食材だけでなく、コーヒーにも旬があるので、一番フレッシュな組み合わせを表現したい」と吉田さん。京都府長岡京市のスペシャルティコーヒー専門店・Unirから仕入れる豆は週ごとに入れ替わり、マイナーチェンジやアドリブを加えつつ、その時季限りの出会いの妙を作り上げるのが、腕の見せ所だ。その味合わせのベースは、コーヒーのフレーバーから考えるという。「今は、コーヒーの個性がどんどん広がっているから、発想も広がる。それをお客さんの目の前でプレゼンしながら出せるのが魅力。バリスタをしていてよかったと思える瞬間ですね」

多種多彩な素材を取り合わせる、その発想の広がりはまさに縦横無尽だ。例えば、ある時は、果実味豊かなエルサルバドル・モンテシオンのコーヒーには、瑞々しい桃の甘味と凍頂烏龍茶の清涼感、さらに中国の花椒のスパイシーな香りを乗せて、華やかなオリエンタルテイストに。またある時は、ブラジル・バウーのコクのある香味には、同じブラジル産カカオ果肉とパインの甘酸っぱさを合わせて、共に果実であるコーヒーとカカオを新たなフルーツとして提案。鮮やかに響き合うアロマとフレーバーの広がりに、思わず引き込まれる。

「コーヒーカクテルは香りが大事。時間と共に味も移り変わり、最初のアロマから後味の鼻に抜ける余韻、さらに温度が上がるとコーヒーのアロマも出てきて。味の扉を次々に開けていく感じ」と吉田さん。斬新な取り合わせに目が行きがちだが、妙なる風味の競演は、ベースとなるエスプレッソの正確な抽出があってこそ。コーヒーのプロが手掛けるからこそうまれる一杯は、飲むほどに次々と新たな味わいが現れる稀有な体験で、お客を魅了している。

■7年越しの競技会優勝を経て得られた気付き
日々の営業やメニューの考案に携わる一方で、今も競技会に毎年出場を続けている吉田さん。前職時代は、ラテアートやジャパン バリスタ チャンピオンシップ(JBC)に出場していたが、開店後は一貫して、コーヒーカクテルを競うジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップ(JCIGSC)に参加。ほぼ毎回、ファイナルに進出し実力を示してきたが、2022年の大会でついにチャンピオンの座に上り詰めた。

初優勝をもたらしたカクテル・Discver P.O.Dは、すでに店の定番としてオンメニュー。4種のスピリッツを使用した一杯は、同じベースを用いるスタンダードカクテル・ロングアイランドアイスティーに想を得て、レシピを考案した。乾燥ホップの香りを移した4種のスピリッツに、カカオピューレとシロップ、エスプレッソを合わせ、炭酸ガスを充填したカーボネートシェイカーで攪拌。工程は意外にシンプルだが、驚くべきは、果実を全く使っていないのに、次々に現れるフルーツのフレーバーだ。柑橘、パイン、ライチなど、移り変わる多種多彩な風味は、ホップのほろ苦さで一層鮮やかに輪郭を帯びる。紅茶を使わずに紅茶を表現したロングアイランドアイスティーに対して、フルーツを使わずフルーツを表現したのが、このカクテルだ。

以前から、コーヒーでフルーツカクテルを表現することを目指していたという吉田さん。「フルーツを使わず、フルーツ感を出すために、豆のポテンシャルを引き出し、コーヒーの果実味をボトムアップして体験してもらうのが狙い。“コーヒーとスピリッツには無限の掛け合わせがある”、という大会趣旨にも合致したと思います。これまでは、毎回、果物やリキュールを使っていましたが、今回はコーヒーの力を信じて、アルコールとのシナジーを証明できたと思います」と胸を張る。その言葉通りの、精緻な味作りと鮮やかなフレーバーの広がりには思わず目を見張る。

まさに渾身の一杯を生み出した吉田さんだが、チャンピオンに至る7年の道のりの中で、気付いたことがあるという。「もう一回飲みたいと思えないカクテルを、出したらいけないなと感じた。新しいからいいというわけでなく、凝ったレシピはやりすぎると自己満足になること多い。今思えば、開店当初はお客さんを置いてけぼりにしていたかもしれない。そういう意味では、競技会と店はつながっていて、“また飲みたい”と思える味になったから優勝もできたと思う。競技会でもお店でも、その基準は同じなんですよね」。スピリッツとコーヒーで作るこのカクテルは、どこの地域にもある素材で、世界中の人がおいしいと思える一杯を作れる、その可能性を示したともいえる。

■ペアリングでさらに広がる、コーヒーカクテルの可能性
優勝の喜びもつかの間、今年に入って、カクテルとスイーツといのペアリングという新たな試みを始めている。「昼からカクテルだけだとハードル高いので、スイーツがあれば気軽に受け入れやすい。カクテルを楽しむためのスイーツは毎週変わるのでお楽しみに」と吉田さん。その第1弾は、コロンビア インマクラーダ ゲイシャ✕赤ワインのホットカクテルと、あまおう苺のレアチーズケーキとのペア。ゲイシャ種独特の優しい甘さとワインの果実味に、チーズやヨーグルトの乳独特の酸味が加わることで、カクテル単体ではできない、より立体的なフレーバーの広がりを提案している。

もちろん、今もカクテルの試作は毎日取り組んでいるという吉田さん。ナッティなブラジルのコーヒーに、干し椎茸、黒文字を浸け込んだスピリッツ、ローズマリーの香りで、大地の風味を表現したユニークなカクテル、“木と土と森と”もその成果の一つ。「今は、ケニアのコーヒーと発酵トマトの取り合わせを試してますが、すごく合うんです」と、意想外のイマジネーションは止まることを知らない。素材の個性を一杯のカクテルに仕上げる過程は、さまざまな楽器がアドリブも交えてグルーブを作り出すジャズに通じるものがある。日々、繰り返される素材のセッションには、ひょっとするとかつて親しんだ音楽の感性も生かされているかもしれない。

奇しくも、開店から10周年を迎える今年の秋、台湾で開催されるコーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップ(CIGSC)の世界大会が控える。「英語のプレゼンと、海外の人の嗜好にいかに合わせるのがが新たな課題。日本選手がまだ進んだことがない、ファイナルを目指したい」と吉田さん。Knoppとはつぼみの意味。日本のチャンピオンとして開花した吉田さんが、世界の舞台でさらに大きな花を咲かせるか、楽しみに待ちたい。

■吉田さんレコメンドのコーヒーショップは「COCO COFFEE」
次回、紹介するのは奈良県香芝市の「COCO COFFEE」。「店主の由佳ちゃんは、シェーカーズカフェ ラウンジで一緒だった後輩で、数少ない女性バリスタとして活躍している一人。笑顔が素敵な、愛されキャラで、彼女の人柄もお店の魅力になっています。コーヒーのクオリティのはもちろんですが、人のつながりを生み出す場を広げている、地域に根付いた取り組みも素晴らしい一軒です」(吉田さん)

【Knoppのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(Unir)
●抽出/エスプレッソマシン(シモネリ)
●焙煎度合い/浅~中煎り
●テイクアウト/ あり(550円~)
●豆の販売/なし

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス(COVID-19)感染症拡大防止にご配慮のうえおでかけください。3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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