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コーヒーで旅する日本/九州編|“今、この瞬間を大切にする”を形に。ロースタリー「くつろぎ珈琲」は次のステージへ

  • 2023年1月23日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第60回は、福岡県福津市にある「くつろぎ珈琲」。JR東福間駅の東側に広がる、昭和期にできた新興住宅地の商店街に本店を構え、外観からどこかノスタルジックな雰囲気。店主の小田寛さんはこの住宅街で生まれ育ったというから、まさに地元だ。8年半ほど前にオープンし、今や若木台店と、福間海岸そばの宮司店の2店舗を展開。取材に訪れた若木台店はコーヒーショップとしては一見すると不利な立地だが、福津市を代表するロースタリーにまで成長した同店。着実にファンを増やしてきた店づくり、豆売り主体となった転換期について、そして今後どう変わっていこうとしているのかを聞いてみた。

Profile|小田寛(おだ・ひろし)
1979(昭和54)年、福岡県福津市生まれ。専門学校を卒業後、20歳からホテルマンに。23歳から勤め始めたイタリアンレストランで接客をするサービスマンとしての心構え、ホスピタリティの大切さを徹底的に学ぶ。高校時代からおぼろげに経営者になりたいという夢を抱いていたこともあり、コーヒーを独立・開業の柱に据えるべく、ロースタリーで働き始める。およそ1年勤務した後、34歳で「くつろぎ珈琲」を開業。

■不利な立地でも少しずつファンを増やして
現在、福津市内に2店舗を展開する「くつろぎ珈琲」。本店にあたる若木台店があるのは、住宅街の一角。かつては鮮魚店や八百屋、ベーカリーなど、その地域に暮らす人々が日常的に利用する店が並んでいた小さな商店街に店を構える。JR東福間駅からは徒歩12分ほどだが、店までは坂道を歩かないといけないし、かつ東福間駅自体を利用するのはほとんどが近隣に暮らす人たちだけ。コーヒーを主体としたカフェを営むと考えると、立地的には不利だ。

しかし、2014(平成26)年のオープン以来、同店は着実にファンを増やしてきた。その大きな力になったのが、Google Mapによる集客。近隣にカフェやコーヒーショップがないのが逆にアドバンテージとなり、「Google Mapを見て来ました」という人が開業時から多く訪れた。もちろん前知識なく店を訪れてもらうにあたり、インターネット上で高い評価を得られたのも大きい。これは店主の小田寛さんの人柄、高いホスピタリティによるものだ。

もともと20歳からホテルマンとして働き、街場の老舗イタリアンでサービスマンとして約10年経験を積んだ小田さん。この頃に磨かれたサービスマンとしての技術が、心地よく過ごせる店づくりに生かされ、星5つ、星4つなど高い評価を得て、さらにレビューにもたくさんの良い口コミが寄せられた。小田さんは「店の公式アカウントでSNSもいくつか運用していましたが、まずは店に足を運んでいただかないと、それらはほぼ意味をなしません。おそらくGoogle Mapによる集客がなかったら、店の存続は難しかったでしょう。インターネット全盛の時代にも救われました」と開業当時を振り返る。

■ひたすら焙煎する日々を送り
開業時から小田さんが大切にしているテーマがある。それが、屋号の“くつろぎ”が示す通り、店がお客にとってヒーリングスペース、癒やしの空間になること。そのために、小田さんはコーヒーを柱に据えた。「もともとイタリアンレストランで働いていたことから、ワインが好きで。コーヒーとワインは産地や環境に起因する味わいの違い、個性的なフレーバー、香りなど、共通点が多い。ただワインはすでに完成したものが瓶詰めされてお客さまに届けられますが、コーヒーの場合は焙煎という工程を経て、最終的な味わいが決まります。そういった理由から焙煎に興味を持ち、イタリアンレストランを退職した後、ロースタリーで働いたのが私のコーヒーの入口です」と小田さん。

焙煎やカッピングなどコーヒーの知識を学んだのは福岡市東区にある美松コーヒーだ。「美松コーヒーさんに在籍していたのは1年ほどと短い期間でしたので修業といえるほどではありませんが、1年間みっちりコーヒーの世界の奥深さ、おもしろさを教えていただきました。実際、『くつろぎ珈琲』を開業してからも焙煎機をお借りするなど、大変お世話になりました」

「くつろぎ珈琲」を開業して約2年後に250グラムの焙煎機、DISCOVERYを導入。それから小田さんは平均で40バッチ焙煎する日々をひたすら送った。焙煎はある程度のプロファイルは構築できるものの、理論だけでは説明できないことが多いと言われる。つまり焙煎機を設置した環境にて、回数を重ねることでしか技術は向上しない。小田さんの場合、250グラムと少量しか焼くことができない焙煎機だったこともあり、相当な回数焙煎を行い、圧倒的な経験値を得たのは言うまでもない。そうやって焙煎技術を高め、福津市を代表するコーヒーショップとなった「くつろぎ珈琲」。一方でカフェメインで営むスタイルに、小田さんはジレンマがあったという。

■長くコーヒーと関わっていきたい
「カフェ主体で、定休日を除き12:00〜24:00という営業スタイルをおよそ6年間続けてきました。夜カフェというイメージも根付き、ありがたいことに夜も多くのお客さまにご利用いただけていたんです。ただ、そんな日々を過ごしていると、どこかで無理をしている自分がいることに気付いたんですね。焙煎を始めて、日々抽出をして、コーヒーと関わるのはすごく楽しいことなのに、『これが最良だ』とは思えない自分がいる。それで、2019年ごろから豆売りをメインとする業態に変更することを考え始めました」

小田さんが最初に取り掛かったのが新しい焙煎機の導入準備。導入を熱望した焙煎機はオールドのPROBATだった。「いろいろな店のコーヒーを飲み歩く中で、自家焙煎珈琲 萌香さんのコーヒーを飲んだ時に感動したんです。萌香さんは焙煎室が外から見えるようになっていて、そこに据えられた焙煎機がオールドのPROBATだったんですね。さらに、珈琲蘭館さんのコーヒーもすごく好きで、『いつ来ても蘭館さんのコーヒーは本当においしいな』と思っていたら、萌香さんとほぼ同型のPROBATを使われているという。それで『絶対次に導入する焙煎機はオールドのPROBATだ』と決意したんです」

2019(令和元)年11月、人の縁やタイミングにも恵まれ、トントン拍子に2号店である宮地店がオープンしたこともあり、本店である若木台店のリニューアルに着手。2020(令和2)年2月に一度店を閉め、小田さんはじめスタッフで内装工事を行った。「ちょうどコロナ禍に入った時期だったのもタイミング的には良かった」と小田さんは振り返る。同年4月に豆売りメインの店へとリニューアルし、9月に念願だった新たな焙煎機の導入も果たした。

■固定概念にとらわれることなく
そんな8年半という時間を歩んできた「くつろぎ珈琲」のコーヒーは、ブレンドに個性が光る。もともとほぼ独学で焙煎に取り組んできたことから、小田さんには“コーヒーとはこうでないといけない”という固定概念がない。例えば、おすすめのハウスブレンドの1つ「日和」は、浅煎りと深煎りの2種の豆をブレンドしているという。一般的に、同じぐらいの焙煎度合いの豆をブレンドするのがセオリーとされているだけに驚いた。ただ、飲んでみると浅煎りの柑橘系のフレーバーを一口目に感じ、後から深煎り由来のキャラメル感のある甘味が包み込むような味わいで違和感はない。むしろ斬新な飲み口とアフターテイストでおもしろささえ感じる。

小田さんは「実際、先輩のロースターさんなどからは驚かれることもしばしばですが、私自身いちコーヒーラバーとして、“おいしい”“日々飲みたい味わい”という点を意識して焙煎・ブレンドしています。仕入れる生豆も、先入観なしで選ぶように、あえてブラインドカッピングをしたり。正攻法ではないかもしれませんが、自分が飲み手だったらという視点はこれからも大切にしていきたい」と話す。

そんな小田さんは今年の春、念願だった産地訪問が決まっている。生豆の仕入先の一つ、BOOK your COFFEEの協力による渡航で、エルサルバドルとニカラグアの農園に足を運ぶ予定だ。「今までは商社さんから生豆を仕入れるというスタイルで、それが悪いというわけではないのですが、いろいろな農園のコーヒーを“つまみ食いしている”という気持ちになってきたんです。これからもコーヒーと関わって生きるなら、生産者さんと長くお付き合いをしていけるような関係性を築きたい。そんな気持ちから産地訪問をしたいと考えました」

2020年から焙煎に注力し、さらに産地を自身の目で見ることを決めた小田さん。「くつろぎ珈琲」がロースタリーとして歩み始めた第2のステージはどんな展開になっていくのか。今後の同店に期待が膨らむ。

■小田さんレコメンドのコーヒーショップは「ミタニコーヒー」
「福岡県福津市にある『ミタニコーヒー』。もともと当店でスタッフとして働いてくれていた女性店主の三谷さんが営む店で、店舗オープン後は焙煎にもチャレンジしています。昔からコーヒーが本当に好きで、抽出もエアロプレスにこだわるなど、オリジナリティが光ります。古民家を活用した店の雰囲気もステキなので、当店のお客さまにもよくおすすめしていますよ」(小田さん)

【くつろぎ珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/PROBAT LG5
●抽出/ハンドドリップ(HARIO V60)、エスプレッソマシン(SYNESSO MVP HYDRA 1gr.)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム880円〜




取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)

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