米国アラスカ州のスパー山が著しく活発化している。山が膨張し、地震が起き、有毒ガスを吐き出しているのだ。もし噴火したとしても、幸い、山の斜面に集落はなく、熱された岩と蒸気のなだれに巻き込まれる心配はない。ただし、大量の火山灰が噴き出し、西風が吹けば約120キロ離れたアンカレジの街が最も大きな被害を受ける。
「火山灰は大きな危険をもたらします」と米地質調査所(USGS)アラスカ火山観測所の主任研究員マット・ヘイニー氏は話す。
アラスカ州の火山から噴出される火山灰は航空機に重大な危険をもたらす。エンジンに入った火山灰が急速に溶けて停止させる可能性があるためだ。つまり、スパー山が噴火した場合、すべての航空機を迂回(うかい)させるだけでなく、発着便が多いアンカレジの国際空港を閉鎖する必要があり、深刻な経済的損害を引き起こす恐れがある。
スパー山の噴火は航空機以外にも危険をもたらす可能性がある。火山灰の量や降り注ぐ場所によっては、人、インフラ、そして広範な環境に影響が及ぶかもしれない。スパー山はなぜこれほど活発化しているのか、噴火が現実になったら何が起きるかについて、知っておくべきことをまとめた。
スパー山には2つの主要な噴火口がある。1つは標高約3350メートルの山頂にあり、何千年にもわたって封鎖されているように見える。もう一つは近くにある「クレーターピーク」と呼ばれる噴火口で、この数千年間に何度か噴火が起きている。最後に噴火したのは1992年で、明確な爆発が3度あった。
通常、スパー山で地震が起きても大きな影響はない。しかし、2024年4月下旬、地震の頻度が高まり、火山の膨張が始まった。文字通り、地面が膨らむ現象だ。
夏には落ち着きを取り戻したが、秋になると再び活発化した。そして10月中旬、火山の膨張が続き、地震が激しさを増すなか、アラスカ火山観測所が警戒レベルを引き上げた。
「マグマの貫入によって火山が膨張し、地震が起きています」とヘイニー氏は説明する。アラスカ火山観測所は航空警戒レベルを緑色(噴火が起こっていない通常の状態)から黄色(火山活動が通常よりもやや活発化した状態)に変更した。つまり、スパー山は噴火へと向かっており、火山灰雲が周辺を飛行する航空機に危険をもたらす可能性があるということだ。
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2025年1月から2月にかけて、地震は引き続き頻繁に(ときには激しく)発生し、クレーターピーク周辺に集中し始めた。3月、状況はさらに悪化した。二酸化炭素と二酸化硫黄が山頂から噴出し、クレーターピークでは二酸化炭素のみが検出されるようになったのだ。
これらのガスは、マグマが上昇、減圧するときに放出されることで知られている。測定値は、マグマが山頂から非常に近い場所、クレーターピーク直下のやや深い位置にあることを示していた。
火山学者たちは山頂から近いことよりむしろ、事実上の噴火口となっているクレーターピークの近くにマグマがあり、少なくともある程度ガスを含んでいることに懸念を抱いた。これらすべてが、「クレーターピーク直下の火道(マグマの通り道)が活性化している」ことを示していたとヘイニー氏は振り返る。
5月現在、状況は少し落ち着いている。ガスの噴出は続いているものの、火山の膨張は少し鈍化し、地震の頻度もやや低くなっている。
この傾向がさらに続く可能性もある。「2004〜2006年のように、マグマが停滞し、地表に到達しない可能性もあります」と米アラスカ大学フェアバンクス校の火山学者デイビッド・フィー氏は述べている。
また、状況が再び悪化し、噴火が現実になる可能性もある。その場合、噴火口はおそらくクレーターピークだ。もしそうなれば、火山灰雲が数千メートルの高さに達すると思われる。
もし火山灰の大部分がアンカレジに降り積もれば、特に不穏な光景のせいで、間違いなく不快な状況になるだろう。「空が暗くなり、真昼に夜のような雰囲気になります」とヘイニー氏は話す。
火山灰が人間の命を危険にさらすことはほとんどない。だが、いくつかの点で問題を引き起こす可能性がある。
「空気中の火山灰は呼吸器を危険にさらし、露出している目や皮膚を刺激する可能性もあります」と災害時の環境衛生を専門とするニュージーランド、マッセー大学のキャロル・スチュワート氏は言う。
乳幼児、高齢者、心血管疾患や呼吸器疾患を持つ人は、この刺激をより強く感じる可能性がある。火山灰に長時間さらされると、入院を余儀なくされる人が出るかもしれないが、ほとんどの場合、火山灰の吸入が命に関わることはなく、ただ不快なだけだ。
動物についても、「目、皮膚、気道への刺激という点で、家畜への影響は人間とよく似ています」とスチュワート氏は話す。当然ながら、家畜が火山灰を食べた場合、健康に悪影響を及ぼす可能性がある。「牧草地が火山灰に覆われると、飼料で栄養補給する必要があります。また、水源が汚染される可能性もあります」
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火山灰が停電を引き起こすこともある。電気回路のショートや倒木による電線の遮断が原因だ。屋根に降り積もることも多く、密度が高いため、まれに屋根が変形したり、崩落したりすることもある。ただし、そのためには大量の火山灰が必要だが、スパー山は通常、それほど大量の火山灰を吐き出さない。
最も大きなリスクにさらされるのは、車の運転手かもしれない。「火山灰が道路を覆うと、運転手にとっては危険です」とスチュワート氏は話す。「タイヤが滑りやすくなり、路面の標識が見えなくなり、さらに、灰が舞い上がり、視界が悪くなります。その結果、降灰によって事故が起こりやすくなります」。また、車のエアフィルターもすぐに詰まってしまう。
火山灰には鉄とアルミニウムが大量に含まれているため、混入量が多いと、水を飲めなくなる。ただし、毒性があるわけではない。これらの粒子を水から除去するには、水道を完全に止める必要がある。
その一方で、人々が自宅や車、私道の灰を洗い流すため、水の需要は急増する。「水のわずかな化学変化より、水不足の方がはるかに大きな健康リスクです」とスチュワート氏は述べている。
総合的に判断すると、スパー山が噴火し、大量の火山灰を吐き出した場合、最大のリスクは航空交通の混乱だとヘイニー氏は結論付けている。クレーターピークの過去の噴火を見る限り、アンカレジの住民が火山灰による小さな影響以上のことを心配する必要はなさそうだ。
ただし、準備は不要だと言いたいわけではない。地質調査所によれば、降灰が予想される場合、住民は自宅にとどまり、ペットを屋内に移動させ、車にカバーを掛け、呼吸器疾患や心血管疾患がある人は安全を確保したうえで、医薬品を近くに置いておくべきだ。外出中に火山灰が降り注いだ場合は、マスクや布で口と鼻を覆い、安全な場所に避難しよう。
現在のところ、噴火が不可避かどうかはわからない。火山の膨張率の上昇、火山ガスの急増、雪や氷の著しい融解、そして、マグマの上昇と岩石の破壊を示唆する群発地震が確認された場合、「疑問の余地はありません」とヘイニー氏は述べている。その時点で、航空警戒レベルは、噴火の可能性が高まっていることを示すオレンジ色に引き上げられる。
それでも、噴火が確実に起きるわけではない。もし不可避だとしても、その時期は依然として不明だ。これほど激しい混乱は一時的なものかもしれないが、噴火が発生するまで、数週間から数カ月続く可能性もある。
ある日、スパー山から噴出した火山灰が再びアンカレジの街を覆うことになるだろう。しかし、それは近い将来だろうか? それとも、遠い未来だろうか? アラスカ火山観測所の地質学者ミシェル・クームズ氏は「今は成り行きを見守っているところです」と述べている。