昆虫の死骸で擬態、「ボーン・コレクター」肉食イモムシを発見

  • 2025年4月29日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

昆虫の死骸で擬態、「ボーン・コレクター」肉食イモムシを発見

 昆虫の死骸を集める「ボーン・コレクター」のイモムシが発見された。昆虫の死骸から取ったパーツで「携帯巣」を飾るガの幼虫だ。肉食の彼らはクモの巣に掛かった餌を横取りし、不気味な巣のおかげでクモに気づかれずにクモのそばで暮らせると考えられている。この新種の肉食イモムシと不思議な行動についての論文は学術誌「サイエンス」に4月24日付けで発表された。

 イモムシの大きさは体長1センチほど。よく見ると、アリの頭部、ハエの脚と翅、ゾウムシの頭部、脱皮したクモの脚の殻などがちりばめられ、昆虫などの死骸のパーツが山盛りになっている。

 このイモムシはハワイに生息するハワイカザリバガ(Hyposmocoma)属だが、学名はまだつけられていない。ハワイカザリバガ属の幼虫は、ミノムシのように吐く糸で作った携帯巣に身を隠す。なかには小石、珪藻、地衣類などで巣を飾るものもいるが、今回見つかったイモムシのように、昆虫の死骸を利用する種はほかには知られていなかった。

 携帯巣の中には「どこにでもいるような白いイモムシが入っています」と、論文の筆頭著者で米ハワイ大学マノア校の昆虫学者であるダニエル・ルビノフ氏は言う。「なんともグロテスクな携帯巣ですが、新しい死骸を見つけたイモムシが、『これはおいしそうだから少し食べて、残りを背中に載せよう』と考えているのを想像すると、かわいいような感じもします」と言う。

22年間で採集できたのはわずか62匹

 そもそも肉食のイモムシ自体が珍しい。ルビノフ氏によると、チョウやガの99.9%は植物や菌類を食べるという。けれどもこのイモムシは、朽ちた丸太や木のうろや岩の隙間にはられたクモの巣をすり抜けて、昆虫の新鮮な死骸や弱った昆虫を食べている。

 餌を奪うためにクモの糸を切ってしまうこともある。昆虫を食べ終わったイモムシは死骸をチェックして使えそうなパーツを探し、吐糸を使って携帯巣にそれをくっつける。

 ボーン・コレクターはかなり珍しいようだ。ルビノフ氏が最初にこのイモムシを見つけたのは20年以上前で、彼のチームはそれ以来ずっとハワイの森で探し回っているが、22年間で採集できたのはわずか62匹だった。

 米ニューヨーク市立大学シティ・カレッジの進化生物学者のデビッド・ローマン氏は、クモの巣に隠れている小さな茶色のイモムシを見つける難しさを思い、「偉大なフィールドワークです」と称賛する。

 ルビノフ氏のチームは発見したボーン・コレクターを研究室に持ち帰り、その行動の一端を垣間見ることに成功した。飼育下のイモムシは動きの遅い獲物を捕食し、同じスペースに置くと共食いすることさえあったという。

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「なんともシリアルキラー的」

 ボーン・コレクターは、携帯巣を几帳面に管理するようだ。携帯巣に飾る昆虫や節足動物のパーツがないときには、ほかの種類の破片を与えても手をつけない。

 パーツの大きさには特に注意を払う。彼らは大顎で追加できそうなパーツを探り、回転させて、ちょうどいい大きさになるように噛み砕く。「なんともシリアルキラー的です」とルビノフ氏は言う。

 死骸の山は、ボーン・コレクターの隠れ蓑になっているようだ。

 ルビノフ氏は、このイモムシがクモのすぐ近くに潜んでいることに気づいた。イモムシがクモに見つかってしまったら逃げ切ることはできないが、昆虫の死骸の破片や脱皮したクモの殻で覆われた携帯巣は、クモにとっては自分自身と過去の食事が混ざったような臭いがするのかもしれない。

 研究者たちは、ボーン・コレクターは「歩く死者」に擬態することで、自分自身がクモの獲物になるのを防いでいるのではないか。そして、クモと共存し、クモから獲物を盗むために進化してきたのではないかと考えている。世界のほかの地域にはクモから獲物を奪う昆虫がいるが、「ハワイにはこのような昆虫はほかにいません」とルビノフ氏は言う。

すでに絶滅の危機に

 ルビノフ氏のチームはハワイ諸島の全域で腐った丸太を探し回っているが、ボーン・コレクターはオアフ島の山脈のわずか15平方キロメートルの範囲でしか見つかっていない。

「この種は絶滅の危機に瀕しているということです。1つの島の限られた範囲でしか見つからないという事実は、重く受け止めなければなりません」と、米ハーバード大学の進化生物学者であるナオミ・ピアース氏は説明する。なお、氏はこの研究には参加していない。

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 ボーン・コレクターのゲノムデータによると、600万年以上前に進化してきたことになる。彼らの現在の生息地であるオアフ島が形成されたのは300万年前なので、それ以前に形成されたハワイ諸島の別の島から移動してきたはずだ。

 ほかのハワイカザリバガ属のガには別の島に姉妹種(最も近縁な種)がいるが、ボーン・コレクターにはいない。ルビノフ氏によれば、この事実はボーン・コレクターの近縁種が何らかの原因により絶滅したことを示唆しているという。「人類と接触する前には、この系統は広く分布していたはずです」

 ハワイ固有のチョウやガの多くも同様に姿を消した。ルビノフ氏のチームは2024年12月に学術誌「Biodiversity and Conservation」に発表した研究で、その40%近くが絶滅したか、絶滅した可能性が高いと見積もっている。彼らは今、生息地の喪失、気候変動、島では進化してこなかったアリなどの導入種による捕食などの脅威に直面している。

 ボーン・コレクターがオアフ島で生き延びられたのは、捕食者であるクモの巣を利用する能力のおかげかもしれない。それでも、何らかの対策を講じなければ、この奇妙な生物(おそらくこの種の最後の群れ)は生き残れないかもしれない。「この世界では、彼らはもう長くないでしょう」とピアース氏は言う。

 米フロリダ大学の鱗翅類学者の河原章人氏は、今回の研究には参加していないが、ハワイや他の群島では、ハワイカザリバガ属のような奇妙な種が進化することがあると言う。実際、ルビノフ氏のチームは以前、水中で生活するハワイカザリバガ属のガのイモムシを発見した。

 決まった色の地衣類で携帯巣を飾るイモムシもいる。河原氏は、昆虫の死骸のパーツを集める肉食のイモムシがハワイカザリバガ属であるのは意外ではないと考えている。

「ほとんどの人は、チョウやガと聞けば、成虫を思い浮かべるでしょう」と河原氏は言う。ボーン・コレクターのイモムシは、白いフリンジで飾られた翅を持つ、華やかなガへと変態する。しかし、この生物の不気味なライフスタイルは、幼虫の時期がいかに魅力的であるかを示している。

「私たちはイモムシのことや、彼らが何をしているのかを忘れがちです。今回の研究は、イモムシがどんなに多様な生物なのかを教えてくれます」

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