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娯楽か賭博か 「いつでもどこでもスマホでギャンブル」の米国

  • 2024年4月27日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

娯楽か賭博か 「いつでもどこでもスマホでギャンブル」の米国

 ギャンブルは歴史を通じて定期的に大流行してきたが、最新のピークは今かもしれない。きっかけは2018年、米連邦最高裁判所が「プロ・アマスポーツ保護法(PASPA)」を覆したことだ。この連邦法が存在したことで、米国ではほとんどの州がスポーツ賭博を禁止していた。

 米連邦最高裁の判決をきっかけに、一夜にして、スポーツ賭博の広告がちまたにあふれた。今や、スポーツ中継だけでなく、スポーツ以外の番組やオンラインのあらゆる場所で広告を目にする。

 この判決が下されてからの5年間で米国民はスポーツに2200億ドル(約34兆円)以上を賭けており、2023年まで3年連続で民間ギャンブルの収益記録が塗り替えられた。現在、首都ワシントンD.C.を含む38州で何らかのスポーツ賭博が認められている。(編注:日本では、競馬や競輪、スポーツ振興くじなどの公営ギャンブルのみが法律で認められている)。

 かつて不道徳の象徴とされていたギャンブルだが、「ここ数十年でその烙印(らくいん)はかなり薄くなりました」とカナダのマギル大学「若者のギャンブル問題とハイリスク行動に関する国際センター」所長を務めるジェフ・デレベンスキー氏は述べている。「ギャンブルは罪や悪徳から社会的に受け入れられる娯楽に変わった結果、隠す必要がなくなったのです」

 ギャンブルはかつてないほど身近なものになっている。そして、制限を設けたり守ったりできない若者などが、重度の依存症に陥りやすくなっている。2018年以降、10代の若者が重度のギャンブル依存症に陥ったという報告が目立つようになった。ビデオゲームからギャンブルに移行する青少年が多数いるという研究もある。おそらく、どちらも同じような心理的欲求を満たすためだろう。

 ギャンブル依存症に関連する経済的や社会的なコストを最小限に抑えようと取り組むNPO「全米ギャンブル依存症協議会」によれば、2018年から2021年にかけてギャンブル依存症のリスクが30%増加した。

 業界は収益を増やしているだけでなく、米国内の手付かずの地域にも合法的なギャンブルを拡大する可能性が高く、これからも成長が見込まれる。

「誰が最もギャンブルに依存しているかと聞かれたら、私は『たいてい政府だ』と答えます」とデレベンスキー氏は語る。「彼らはギャンブル業界によってもたらされる収益にしがみついています」

消費者のニーズに応えている

 カジノは今も昔もギャンブル業界の顔だ。それに対して、スポーツ賭博に関しては、近くの賭場に出掛けたり、信頼できる胴元を探したりする必要はない。必要なのはスマートフォンだけだ。

「以前は賭場に出向く必要がありました」と米ラトガーズ大学「ギャンブル研究センター」所長を務めるリア・ノワー氏は話す。「それが今や、携帯電話で24時間365日ギャンブルが可能です。スポーツ賭博やカジノをポケットに入れ、家族との夕食の時間でも、ギャンブルに興じることができます」

 もちろん、一か八かの勝負に出ないことを選択する人はいる。その一方で、簡単に説得されて手を出す人もいる。オンラインスポーツ賭博サービス「BetMGM」や「DraftKings」などは、登録すれば気軽に始めることができ、支払いと引き出しの両方が簡単にできるよう、PayPal(ペイパル)をはじめとするさまざまな決済サービスに対応している。

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 しかし、不慣れな人は予想以上に損をすることになるかもしれない。試合の特定の場面や小さな局面に賭けるマイクロベッティング、1つの試合で複数のイベントに賭けるパーレーといった機能は、初心者にとってもベテランにとっても大儲けが期待できる魅力があるが、それぞれリスクがある。例えば、パーレーは予測力に大きく関わっている傾向があり、1度でも間違えば、賭け金をすべて失うことになる。

「スポーツ賭博の大半はオンラインで行われています」と米国のカジノ業界団体である「米ゲーミング協会(AGA)」のシニアバイスプレジデントであるジョー・マロニー氏は話す。「これは明らかに、合法的で規制された市場の事業者が、現代社会でますます拡大している消費者のニーズに応えていることの表れです」

 オンライン賭博が拡大しているからといって、リアルがなくなったわけではない。実際、バーやボーリング場、スポーツ会場など、自由な時間を過ごす場所であれば、ほぼどこにでもギャンブルのチャンスがある。レストランさえも2018年の判決後、人気のスロットマシンを設置するようになった。

誰がギャンブルをしているのか

 スポーツ賭博参加者の大部分は若い成人男性だが、AGAによれば、PASPAの廃止後、市場は急速に多様化しているという。

 AGAによれば、2023年、スポーツ賭博参加者の6%が21〜24歳、34%が35〜44歳だった。また、スポーツ賭博参加者の64%が男性だった。

 ギャンブルは長い間、男性中心の趣味とされ、社会的なつながりを育んできた。一方、現代のギャンブルは「娯楽であり、競争を通じて人々を結び付けている」と米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の精神医学教授で、「ギャンブル研究プログラム」の責任者を務めるティモシー・フォン氏は述べている。友人や知人とコミュニケーションを楽しみながら賭けるサービスが増加していることも、男性が重度のギャンブル依存症に陥る道を開く可能性がある。

「ギャンブルは一度で依存症になるものではありません」とデレベンスキー氏は話す。「進行性の障害であり、発症までに時間がかかります」

 ギャンブル依存症は「精神障害の診断・統計マニュアル第5版(DSM-5)」で慢性的な精神疾患に分類されているが、症状を隠しやすいため、診断が難しい。米国民の約1%がギャンブル依存症だと推定されているが、ほかの依存症と同様、長期的なギャンブルは脳の働きに影響を与える可能性があり、多くの患者がストレス、不安、抑うつの症状を報告している。

「多くの場合、人はギャンブル依存症であることを認めたがりません」とフォン氏は話す。

 フォン氏によれば、多くの場合、患者は依存症であることを自覚しておらず、負けが続いても、単に運が悪かっただけだと思い込んでいる。たとえ問題を認めていても、しばしば羞恥心に襲われ、助けを求めることを避ける。研究資金の不足も、ギャンブル依存症に関するデータをさらに曖昧にしている。

 ギャンブル業界が急成長を続けるなか、専門家はギャンブラーに対し、自分の意思決定に責任を持ち、結果がどうであれ、経験から学ぶよう助言している。

「負けることはギャンブルの一部であり、人生の一部であり、自分にとって大切なものを失ったときにどう対応するかを考えることは、本当に、本当に重要です」とフォン氏は述べている。

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