ゼロから水を生み出さないと生き残れない時代がすぐそこ。
いま、世界では20億人以上が安全に管理された飲料水にアクセスできないといわれています。気候変動による干ばつや異常気象、人口増加に伴う水需要の増大、急速な都市化、そして未整備や整備不足のインフラといった複合的な要因が、水不足や清潔な水を入手するのが難しいという深刻な状況を引き起こしています。発展途上地域や災害時において、特にその影響が顕著です。
そうした状況のなか、乾いた空気から毎日何リットルもの清潔な水を生み出す夢のような技術が現実になりつつあります。テキサス大学オースティン校の研究チームが発表した、通常なら廃棄されるような自然素材を活用する新技術は、持続可能で拡張性のある水収集システムを実現するための大きな一歩になるかもしれません。
学術誌Advanced Materialsに掲載された研究成果によると、研究チームは「分子機能化バイオマスハイドロゲル」という新しいタイプの吸着剤を開発しました。食品廃棄物、木の枝、貝殻などの日常的な自然素材を、空気中の水分を効率的に吸収・放出できる素材へと転換するのが特徴。
わずかな熱を加えることで、乾燥地帯でも空気中の水を集め、1kgの素材で1日あたり最大14.19リットルの飲み水を生成できるといいます。一般的な石油化学由来の吸着剤が1日あたり1〜5リットルの水を生成することを考えると、かなりのハイスペックぶりです。
研究の鍵は、特定の機能のために特定の素材を選ばなきゃいけない一般的な「選定と組み合わせ」の材料設計ではなく、ほぼあらゆるバイオマスを高効率な吸着剤へと変える「汎用的な分子工学戦略」にあります。
たとえば、セルロースやデンプン、キトサンといったバイオマスベースの多糖類に、吸湿性と熱応答挙動(水分を放出しやすくなる性質)を持たせるという2段階の分子工学的な加工を施します。
こうして作られたハイドロゲルは、生分解性でエネルギー消費も少なく、環境に負担をかけない水生成素材として注目を集めています。エネルギー消費量が多くて生分解しない、環境を汚染する石油化学由来の従来品とは真逆ですね。
化石燃料が主因となって起こっている温暖化による水不足を解決するために石油化学製品を使うなんて、悪いジョークのようです。
テキサス大学オースティン校の材料科学・機械工学教授であり、テキサス材料研究所に所属するGuihua Yu氏は、今回の新素材開発について次のように述べています。
「この画期的な技術のおかげで、多様な天然素材を高効率の吸着剤に変換できる普遍的な分子工学戦略が生まれました。これによって持続可能な水の収集方法についてこれまでになかった発想が可能になることで、家庭や小さなコミュニティが実用的に水を確保するシステムの実現に向けた大きな一歩となります」
Yu氏はこれまでにも最も乾燥した環境に適応できる水生成ハイドロゲルを様々な形で開発してきました。最近は、注水可能な浄水システムや、ハイドロゲルの農業への応用にも取り組んでいます。Yu氏は、清潔な飲用水を利用できない人々に水を届ける革新的な技術開発を長年にわたって探求しているそうです。
Yu氏のチームで博士課程に在籍し、本研究を主導したWeixin Guan氏は次のように述べています。
「究極的には、きれいな水へのアクセスはシンプルで持続可能、かつ拡張性を持たなければなりません。この素材は、自然界で最も豊富な資源を活用し、いつでもどこでも空気から水を作り出す方法を提供してくれます」
現在、研究チームは商業化に向けた生産規模の拡大と、実用化のためのシステム設計に取り組んでいるとのこと。具体的には、携帯型の水収集装置や、自立式灌漑(かんがい)システム、緊急時用の飲料水装置などを開発しているそうです。
実用化の課題について、Yu氏の研究室に所属するYaxuan Zhao氏が次のように話しています。
「持続可能な水収集における最大の課題は、実験室の外でも効率的にスケールアップできて、実用的なソリューションを開発することです。このハイドロゲルは広く入手可能なバイオマスから製造可能で、エネルギー消費も最小限に抑えられるため、オフグリッドの地域や緊急支援活動、分散型の水供給の展開に大きな可能性を秘めています」
最近では、年間降水量が1mmしかないチリのアタカマ砂漠で霧から水を集めるシンプルな技術が開発されました。今回の画期的な技術も、清潔な水が手に入らない開発途上国の貧困地域における飲み水の確保、温暖化による干ばつや自然災害発生時の水不足に適応するための対策として期待できそうです。
Source: University of Texas
Reference: UN, Guan et al. 2025 / Advanced Materials