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デザイナーの仕事はなくなる? 仏の大手ソフトウェア企業がAI脅威論に猛反論

  • 2024年3月15日
  • GetNavi web

デジタル製品にせよ文房具にせよファッションにせよ、「どうしてこんな形になったんだろうか?」とふと考えることがあるかもしれません。

 

デザインの世界へようこそ。2月、米・テキサス州ダラスで「世界最大のデザインコミュニティ」の大イベント「3DEXPERIENCE WORLD(以下、3DW)」が開かれ、世界中のインダストリアルデザイナーやデザインエンジニアが集まりました。デザインの世界に興味がある編集部員が取材してきたので、この分野が今どう動いているのかをちょっとのぞいてみましょう。

↑デザインのトレンドをのぞいてみよう

 

AIがCADに与える影響はどれくらい?

イベントは基調講演で盛大にスタート。3DWを主催するダッソー・システムズのベルナール・シャーレス取締役会会長がステージに登場し、「デザインを根本的に変えるときだ!」と挨拶して雰囲気を作っていました。同社は世界有数のCADメーカーで、「3DEXPERIENCE PLATFORM」を作り上げ、日本でも数多くのメーカーが導入していますが、どうやらこの世界で何か大きなことが起きているようです。

 

CADとは「computer-aided design」の略で、文字通りコンピューターを使って製品をデザインするという意味。このツールを使って、デザイナーやエンジニアが製品の形や色、模様、機能などを考えたり、モデルを作ったり、シミュレーションしたりしています。3DWに日本勢として初めて登壇した、生産ラインメーカーの長野オートメーション社はCADを「設計者の頭の中を具現化するツール」と表現していました。

 

そんなツールがこれからどうなるのか? これを使って今どんなことができるのか? これからどんなことができるようになるのか? そんなことを知るために、3DWの参加者たちは世界各国からテキサスにやって来ていたのです。

 

3DWでダッソー・システムズの幹部の話を聞くと、CADはこれまでのユーザーが製品をデザインするところから、次の段階へ発展しつつあることが浮かんできました。

 

その主な理由は、やっぱりAI。すでに世界中のデザイナーの中には生成AIの活用法を模索している人もいるようですが、例えば、ジェネレーティブデザインのように、アルゴリズムがビッグデータをもとに機械学習をしながらイメージや構造、モデル、費用などを予測するという新しいデザインの形態が生まれつつあります。

↑誰もが知りたいこの話題(スクリーンの左側に映っているのはSolidworksのマニシュ・クマールCEO)

 

3DWに来ていた世界各国のジャーナリストは、生成AIが、ダッソー・システムズのCADにどんなインパクトを与えているのかを知りたがっていましたが、彼らの問題意識は技術的な見方にとどまっていません。

 

一般的に、生成AIに関する議論には楽観的な見方と悲観的な見方がありますが、世界的にメディアの論調を占めているのは後者のAI脅威論かもしれません。生成AIの登場で人類は汎用人工知能(AGI)に近づき、人類はAGIに負けて滅亡するか、AIと合体してサイボーグになる……。こんなディストピアな未来がよく描かれています。

 

AIに仕事を奪われない理由

実際、ダッソー・システムズで3DEXPERIENCE Worksのシニアバイスプレジデントを務めるジャン・パオロ・バッシさんは、3DWのある参加者に「エンジニアの仕事はAIに奪われるのか?」と質問されたと話していました。経営陣はどう見ているのでしょうか?

 

バッシさんの答えはノー。断じてそうならないというダッソー・システムズ側の主張には、いくつか理由がありました。

 

一つ目は、世間に大きな誤解があるから。Solidworksのマニシュ・クマールCEOは、ChatGPTのようなビッグデータを深層学習(ディープラーニング)する生成AIと、従来のAIを同じものと考える人が多いけれど、それらは分けて考えたほうがいいと論じていました。専門的な議論には踏み込まなかったものの、クマールさんは従来のAIを「オートメーション(自動制御方式)」と解釈し、「ダッソー・システムズはChatGPTが出現するはるか前からAIを開発してきた」と主張しています。

 

確かにそう捉えれば、AIは私たちの身の回りにたくさんあります(コンピューターによる制御がオートメーションの代表例ですよね)。そんな議論をすることで、クマールさんは生成AIを巡る誇大な報道に対して、私たちに冷静に考えるように訴えているようでした。

 

もう一つの理由は、生成AIと人間は違うからです。生成AIが得意なことは過去。このテクノロジーは、アルゴリズムが過去に生み出された膨大な量のデータを記憶し、そこからパターンを見つけ出して答えを予測します。だから、一言でいえば生成AIとは「統計的なMaybe(多分)」である、とシャーレスさん(オートメーション工学と情報科学が専門で、機械工学で博士号を持つ)は以前に述べていました。

↑昨年、来日した際の記者会見でAIについて話したベルナール・シャーレス取締役会会長

 

対照的に、人間が長けているのは未来。機械と違って「人は夢を見て、未来を創造することができる」とクマールさんは話していました。AIをうまく活用できれば、エンジニアはもっと生産的になり、イノベーションを生み出すことに集中できるようになると考えているようです。「オートメーションで仕事はもっと良くなる」とバッシさんも強調していました。

 

このような理由で、AI脅威論なんて大袈裟だ。エンジニアの仕事がAIに奪われることはない、とダッソー・システムズは考えているようです。

 

CADの歴史が示唆すること

それでも、AIが経営に与えるインパクトは全くないわけでもありません。「あり得るのは、エンジニアやデザイナーの役割が変わることだ」とバッシさんは付け加えていました。

 

どう変わるのでしょうか? CADがデザインに与えた影響について考察した2009年の論文(※1)を拠り所としながら、ヒントを探ってみましょう。

※1: Polly Brown. CAD: Do computers aid the design process after all? Intersect. Volume 2, Number 1. 2009. https://ojs.stanford.edu/ojs/index.php/intersect/article/view/117

 

この論文は、CADがデザインやエンジニアリングの世界を一変させたと論じています。一般的にCADの起源は1960年代前半に米マサチューセッツ工科大学でイヴァン・サザランドが開発したスケッチパッド・システムに遡りますが、1980年代になると、生産性を効率的に高める道具として見られるようになります。それまでのエンジニアは、設計から製造までさまざまな生産プロセスに時間と体力を費やし、イライラしていたようですが、CADを使うことによって、エンジニアは製品を設計して、その製造は他のプロに投げることができるようになったといいます。

 

【動画】約4分でわかるCADの歴史(英語)

 

その反面、道具の進化に抗う人もいました。CADはデザインのプロセスを複雑なものからシンプルなものに変えましたが(以下の2つのモデルを参照)、CADが登場する以前の世代とそれ以降の世代で「分断」を作ったともいわれています。この分断は、エンジニアの基礎的な技術やデザインへのアプローチの仕方、エンジニアの訓練におけるテクノロジーの使い方を巡って発生しました。

 

【CADが導入される前のデザインの過程】

↑デザインの工程は複雑だった(出典:Ibid.)

 

【CADが導入された後のデザインの過程】

↑CADによって超シンプルに…(出典:Ibid.)

 

デザインの名人と呼ばれたブルーノ・ムナーリ(1907-1998)はかつて、機械に恐怖を抱くアーティストやデザイナーなどに向けて、「なぜ今日のヴィジュアル・オペレーションが利用できる、最小の努力で最大の結果を生み出す新しい道具や装置を無視するのでしょうか?」と問いましたが(※2)、この疑問は生成AIへの警戒感にも当てはまるかもしれません。

※2: ブルーノ・ムナーリ(2006)「デザインとヴィジュアル・コミュニケーション」(みすず書房)を参照

 

このような問題はどう解決されたのでしょうか? 同論文を読むと、デザイナーやエンジニアたちは、古いやり方を捨てるのではなく、新しいデザインの手法と融合させたことが読み取れます。

 

なぜそんなことが起きたかというと、CADの導入には良い面だけでなく、副作用もあったからです。CADが世の中に現れた後、エンジニアやデザイナー、デザイン専攻の学生がこの新しい道具に飛びつき、そればかりを使うようになりました。すると、それまで設計の初期段階で行われていたスケッチやプロトタイプの作成といった作業がいい加減になります。その結果、彼らは役に立たないモデルを作り、そこに時間を無駄に費やすことになり、イノベーションを生み出す力が弱くなりました。

 

そのような反省から、従来のデザイン手法とCADを組み合わせたデザインプロセスが生まれます(以下のモデルを参照)。CADの導入によって、スケッチやプロトタイプといった従来のデザイン手法が再評価されるようになったと同時に、デザインのプロセスが洗練化されたようです。

↑伝統的な手法とCADの融合モデル(出典:Brown)

 

このようなデザイン活動の進化は、デザイナーやエンジニアの役割にも反映されたのかもしれません。

 

3DWでは、デザイナーとエンジニアという二つの用語が入り混じっていましたが、実際、この業界にいる人の中にはこれらを区別するなんて無意味という人もいれば、違うという人もいる模様。でも、ダッソー・システムズは「機械デザイナー」と「機械エンジニア」をこう分けています。

 

機械デザイナーとは……
メカニカルエンジニアのスケッチをもとに、CADを使って二次元・三次元のモデルと計画を作ることが主な役割。研究開発にも深く関わる一方、各生産工程が首尾一貫しているようにする。

 

機械エンジニアとは……
設計や組み立て、機械システムの修理が専門。製品や部品、機械、構造を作り上げる際には、素材の選択や部品の設計、テストを含め、あらゆる段階に関わる。複雑な3D CADソフトを使って、原案を生み出したりシミュレーションを行ったりする。

出典:https://www.3ds.com/store/cad/mechanical-designer-vs-mechanical-engineer

 

一般には区別しにくいのですが、ポイントは、デザイナーやエンジニアは絡み合いつつ、それぞれこのような仕事を担うようになったということ。どちらもCADを使っていますが、タスクや用途が異なるのでしょう。

 

デザインの新秩序

このような役割分担に生成AIがどのような影響を与えるかは現時点でわかりませんが、CADの歴史がヒントになるとすれば、この新ツールで、エンジニアやデザイナーの仕事が幾分か楽になると同時に、従来の方法で見落とされていた良い面に気が付くのかもしれません。経営陣から見れば、自社の資源に良い効果が期待できそうです。

 

ダッソー・システムズは生成AIを模索中ですが、こうしている間にも技術の進歩は止まりません。クマールさんは、詳細を話さなかったものの、生成ドローイングを2024年中に提供すると述べていました。その一方で、エンジニアたちの中には、CADを使いながら、AI機能を搭載した製品を作っている人たちがいます。その一例を3DWで見つけたので、別の記事で紹介しましょう。

 

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