近年、進化目まぐるしい英国の美食事情。そんな中、英国でお酒といえば、まだまだウイスキー、ビール、ジンというイメージが一般的。だが近頃、実はワイン、とくにスパークリングワインが面白いことになっていると聞き、実際に足を運んでみた。
近年、イングリッシュ・スパークリングワインが急速に評価を高めていることをご存じだろうか? 卓越した品質と繊細かつ芳醇な味わいで今やシャンパーニュに並ぶと評されるようになったワインを求めて、話題のヴィンヤードを訪ねた。
そもそも、なぜいま英国ワインが世界の注目を集めているのか──。英国で造られているワインのうちスティルワインは23パーセントほどで、その約7割が白ワイン。そして残りの76パーセントものシェアを占めるのが、イングリッシュ・スパークリングワインだ。
英国のブドウ畑の多くが、サセックスや、ケント、そしてハンプシャーといった南部にあるのだが、実はその土壌はかのシャンパーニュ地方と同質という事情がある。現在は海峡に隔たれているが、1万年前には地続きだった両エリアは、ブドウ造りに欠かせないチョーク土壌という点で一致している。さらに近年の地球環境の変化に伴い、ブドウの生育環境の北限が変わり、いままさに英国は、スパークリングワインを生産する一大拠点となりつつあるのだ。
とはいえ、いくら環境が整ったところで、優秀な造り手がいなければ際立ったワインは生まれないことは歴史が証明している。高い品質と、繊細で豊かな味わいはどのように生み出されているのか。その理由を求めて、ロンドンから車で2時間ほど、ブドウの一大産地となったハンプシャーへ、日々新たな挑戦を続けている注目のワイナリー2軒を訪ねてみた。美味の国へと進化する英国の、芳醇な旅路は新たな可能性に満ちている。
2009年に創業者のマルコム・アイザック氏が英国農業の先駆者としての経験から、この地の土壌の可能性を見出し始まったワイナリー。現在も氏のビジョンを引き継ぎ60エーカーの単一ブドウ園として世界クラスの英国産スパークリングを醸造している。
ワイナリーを訪れたのは収穫期が終わるころ。金色に輝く畑は、瑞々しい生命力に溢れていた。ここの畑では、羊が雑草を食みフンが肥料となる。
ミツバチも鳥も皆仲間、というサステナブルが信条だけに手間もかかるが畑管理をするフレッドさんは楽しそうに毎日畑を歩いて回る。
醸造責任者のコリーヌさんはボルドーのグランクリュなどでの経験と知識を惜しみなく注ぎ、ビジネスパートにもそれぞれのエキスパートが揃う。
小規模精鋭ワイナリーとして独自のポジションを築き、2022年にはエリザベス女王のプラチナ・ジュビリーにも起用されるなど話題は尽きないが、もう一つの注目は珍しいSea Agedワイン。
ブルターニュ沖の海底60メートルで熟成されるワインという浪漫溢れる取り組みだ。同一ヴィンテージの海抜60メートルのワインセラー熟成と併せて目が離せないのだ。
Exton Park(エクストン・パーク)
所在地 Exton Park Vineyard, Allens Farm Lane, Exton,Southampton, Hampshire SO32 3NW
電話番号 01489 878788
https://extonparkvineyard.com/
●ヴィンヤードツアーは1名£50〜、要予約
2008年に銀行家だったニコラス・コーツさんは、古くからの友人でもあるワイン醸造家のクリスチャン・シーリーさんとともに、いつか世界最高峰のスパークリングワインを造りたいという情熱のもと、この地にブドウの木を植え、ワイン造りをスタートさせた。
南向きの斜面とチョーク質の土壌、粘土質の表土といった理想的なテロワールで育つブドウは、爽やかな酸味と甘い果実味の絶妙なバランス、そして上質なスパークリングワインに欠かせない塩味のミネラルを持っている。
伝統的な醸造技術に加え、英国唯一のコンクリート発酵槽といったテクノロジーも取り入れるなど、「品質」を深く追求する姿勢は優れた年のブドウのみを使用して造るヴィンテージワインにも発揮される。これまで10回の収穫のうち、ヴィンテージワインが造られたのは5回だけという妥協の無さなのだ。
現在、ニコラスさんのご自宅での昼餐は、商談客など特別な場合のみとなっているが、唯一無二のワインとなった「Coates & Seely」は名だたるホテル、レストランで提供されているため、ロンドンで思いがけず出合った際にはぜひ。
Coates & Seely(コーツ・アンド・シーリー)
所在地 The Harrow Way, Whitchurch, Hampshire RG28 7QT
電話番号 01256 892220
開館時間 10:00〜17:00
https://coatesandseely.com/
写真=小野祐次
協力=英国政府観光庁