「帰ってこいよーー」。神戸市立王子動物園で2009年からタンタン(旦旦)を担当してきた飼育員の吉田憲一さんはタンタンの死に際し、思わず声をかけました。「まだ生きるんじゃないか、もう1回(回復することが)ないかな」との願いから出た言葉です。
タンタンが患った心臓疾患は、治ることのない進行性の病気。でもタンタンは、もう無理かと思われては持ち直すといったことが何度もありました。中国ジャイアントパンダ保護研究センター(以下、パンダセンター)は、タンタンを励ます声明を3月20日(水)に出して「私たちは何度も奇跡を目の当たりにしてきました」と述べました。
しかし今回は「奇跡」が起きず、タンタンは3月31日(日)夜、28年6カ月の生涯を閉じました。2008年からタンタンを担当し、その生きざまを近くで見てきた飼育員の梅元良次さんは「がんばったな」といたわりました。
病に冒されたタンタンは、昨年の秋から固形物を食べられなくなりました。そのため飼育員は、総合的な栄養を含む流動食、サトウキビジュース、パンダ用の人工乳「パンダミルク-10」といった液体の栄養食に薬を入れたものを主に与えるようにしました。これらを混ぜる場合もあります。
どれを与えるかは、その時のタンタンの好みと栄養を考慮して決めました。一般的に、液状ならパンダの好物のハチミツに薬を入れるそうですが、タンタンはハチミツが苦手。そんなタンタンのために編み出した方法です。
薬は、心臓の収縮を助ける強心薬、体に余分な水分を溜めないようにする利尿剤や血管拡張薬などです。
しかし今年3月13日(水)からタンタンは液体の栄養食も全く飲まなくなり、投薬が困難に。シリンジでブドウ糖を口に入れたり、点滴をしたりしましたが限界があり、与えられた栄養はわずかです。
タンタンは1日の大半を室内で寝て過ごすようになりました。以前は寝台でよく寝ていましたが、最近は足腰が弱まり、上がるのが難しくなったのか、床で寝ることが増えました。「かわいそうなのでマットを敷いて、少しでもクッション性を高めました」(梅元さん)。マットにはペット用のシーツを敷き、タンタンが排泄したら、飼育員が取り替えました。
タンタンは栄養不足のためか、3月15日(金)以降は、さらに動きが減りました。この日以降、職員は交代で泊まりながら、目視と監視カメラによって、24時間体制でタンタンを見守ることにしました。呼吸は15分ごとに数えました。
3月31日(日)の夜、パンダ館の室内でタンタンが尿と糞をしたので、宿直の飼育員がシーツを替えました。その際、伏せているタンタンが呼吸をしていないことに気づきます。すぐに宿直の獣医師を呼びました。午後10時21分のことです。
午後10時23分から宿直の獣医師と飼育員が心肺蘇生処置(心臓や呼吸を再び動かす薬の投与、心臓マッサージなど)を開始。帰宅していた飼育員と獣医師も駆け付け、10人近くが蘇生処置に加わりました。そしてパンダ館内の処置室にタンタンを運び、口から器官にチューブを入れて酸素を送り込む人工呼吸などを追加しながら、蘇生措置を続けました。
しかし午後11時56分、タンタンは心肺停止となり、パンダセンターの獣医師の楊 海迪(よう かいてき)さんらが死亡を確認。王子動物園の飼育員と獣医師も最期を看取りました。その中の一人、王子動物園の獣医師の谷口祥介さんにタンタンの最期の様子を尋ねたところ、「苦しまず、安らかな感じでした」とのことです。
死因は、心臓疾患に起因した衰弱死と考えられていますが、王子動物園で解剖して、中国側のチームと合同で詳しい死因を究明する予定です。解剖後の亡骸は中国との規定に基づき、中国へ送られます。
中国政府の関係機関である中国野生動物保護協会は4月1日(月)、タンタンの死を伝える文書を公表し、タンタンは「グレード4」、つまり最も重度の心臓疾患だったと明らかにしました
中川 美帆 (なかがわ みほ)
パンダジャーナリスト。早稲田大学教育学部卒。毎日新聞出版「週刊エコノミスト」などの記者を経て、ジャイアントパンダに関わる各分野の専門家に取材している。訪れたパンダの飼育地は、日本(4カ所)、中国本土(11カ所)、香港、マカオ、台湾、韓国、インドネシア、シンガポール、マレーシア、タイ、カナダ(2カ所)、アメリカ(4カ所)、メキシコ、ベルギー、スペイン、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、イギリス、フィンランド、デンマーク、ロシア。近著に『パンダワールド We love PANDA』(大和書房)がある。
@nakagawamihoo
パンダワールド We love PANDA
定価 1,650円(税込)
大和書房
文・写真=中川美帆