福岡市内屈指のお散歩コースである大濠公園をはじめ、福岡市立美術館や福岡市科学館などのおでかけスポットを擁する緑豊かな文教地区、六本松エリア。
大濠公園を抜けて、NHK福岡放送局の横を通り過ぎると、小さな長屋の並ぶエリアが突如、現れます。このエリアに個性的なショップが集まっていることは、あまり知られていないかもしれません。
大濠公園駅から20分ほど歩くと現れる、昭和レトロなまち並み。
今回ご紹介する〈書肆吾輩堂〉も、そんな静かな路地裏にたたずむ、ちょっと変わったお店です。フォトジェニックなまち並みに思わず撮影したくなりますが、スマートフォンはあえてポケットにしまって、記憶に残る「お店探訪」をしてみませんか?
書肆吾輩堂があるのは、この細い道沿い。「DAY’S CUP cafe」のテラスに置かれた小さな看板が目印。
(おそらく)日本で初めての猫本専門書店住宅が並ぶ小道にお店が点在。現代的にリフォームされた住宅もある中、書肆吾輩堂は長屋の趣を残している。
書肆吾輩堂のロゴは、歌川国芳『流行猫の狂言づくし』の中の「口上猫」。
2013年、「日本で初めての猫本専門書店」としてネット書店を開設、2018年には福岡の六本松で実店舗もオープンした書肆吾輩堂。猫が登場する小説や絵本、猫を愛する作家のエッセイ、そして海外の猫本が、細長い店内にずらりと並びます。
店内は土足禁止のため、靴を脱いで上がるスタイル。「静かに本を選んでもらいたい」という店主の意向により、撮影も禁止。
店主の大久保さんは、ネット書店を始めた当初から、六本松エリアで実店舗をオープンするため、理想的な物件を探しつづけていたといいます。
「お店を開くなら落ち着いたところがいいと思っていたので、大濠公園も美術館もあって、緑の多い六本松で探していました。このあたりは護国神社の土地で、戦後の引揚者住宅のエリアなんです。住所の番地もこの地区一帯、全部同じなんですよ」
実は、同じ六本松でも福岡市科学館のある六本松駅側は九州大学キャンパスの移転によって大きく変化したエリア。新しい賑わいと古くからある静けさが道一本を隔てて隣り合う、とても魅力的な場所なのです。
「あるお客さんが、細い路地から小さい間口の店に入ってきて、『自分まで猫になった気がする』と言ってくださって。猫好きとして、それはすごくうれしかったですね(笑)」(大久保さん)
猫にまつわる、本と雑貨と展覧会と2階はギャラリースペース。畳とガラス障子の引き戸が、かつての長屋住まいの雰囲気を醸し出している。
猫にまつわる展覧会をほぼ毎月開催していることも、「書肆吾輩堂」の特長のひとつです。取材でお店を訪れたときは、片岡まみこさんの個展がちょうど週末に始まったばかり、というタイミングでした。
片岡まみこさんの立体作品。サイン本やポストカードなどの雑貨も並ぶ。
ほとんどの展覧会は、店主・大久保さんが作家さんにお声がけして実現されているとのこと。記念すべき初回は、どんな作家さんの展覧会だったのでしょうか。
「紙版画家・イラストレーターである坂本千明さんの著作、『退屈をあげる』(青土社)の原画展を、2019年に開催しました。『最初はこの方にお願いしよう!』と決めてお声がけしました。すでに3回、吾輩堂で展覧会をしてくださっていて、今年の11月には4回目の展覧会を予定しています」
2階ギャラリーには猫文具や猫雑貨も並ぶ。猫好きにはたまらない空間!
猫本や猫雑貨がじっくり選べて、猫アートにも出会える……公式サイトで「お客様の妄想と欲望で成り立つ書店」と宣言している通り、猫好きなら一度と言わず、二度、三度と通いたくなるお店です。
「ここのお店には、もちろんお近くの方も来てくださるんですが、ネット書店をきっかけにいろんな地方の方が来てくださっていて。北海道や東京などの遠方から『このお店を目当てに福岡に来ました』と言ってくださるお客様もいて、本当にありがたいですね」
12年目を迎えた吾輩堂の、これまでとこれから店内のあちこちでくつろぐ猫の置き物。吾輩堂の猫店長は「猫アレルギーのお客様も多いので」不在とのこと。
開業から12年目を迎えた感想を伺うと、「あっという間でした」と大久保さん。淡々と、自分のしたいことを追求する日々だったといいます。
「開業前は、本屋さんでバイトをしたこともなければ仕入れの知識もなかったので、いろんな方に話を聞きに行きました。『猫本専門の書店をやる』という話をすると、『いや、無理だよ』と言われることが多かったですね。でも、みんながこれだけ反対するっていうことは、前例のないことなんだな、と前向きに考えていました(笑)」
地方都市の住宅街にある小さいお店でありながら、魅惑の猫本を集め、全国の猫好きたちを喜ばせてきた吾輩堂。これからはこんなことをしてみたい、こんなふうになれたら幸せ、という目標はありますか?と伺ったところ、「いま、じゅうぶん幸せです」と即答。
「自分が好きなものを集めて、好きなものを売って、お客さんに喜ばれるっていうのは最高だなと思っています。なので、これからもこれまで通りに淡々と、細々と(笑)。猫のひげみたいに、細く長く続けていきたいですね」
「そうそう、猫のひげといえば」と大久保さんが見せてくださったのは、開店10周年記念グッズの「吾輩堂オリヂナル 猫又ひげ入れ」。年老いた猫が猫又になる、という江戸時代の言い伝えをもとに、愛猫の長生きを願ってつくられた、猫好きのためのアイテムです。「お値段は、税込で『良い化け猫(4182)』円です」と大久保さん。
猫ひげコレクター必携、店主のこだわりを詰め込んだ「吾輩堂オリヂナル 猫又ひげ入れ」。
「2年前、10周年記念でいろんなオリジナルアイテムをつくったんです。猫グッズをいろいろ考えたり、つくったりするのは楽しいですね。ひげ入れもそうですが、ちょっとくだらないものが大好きなんです(笑)。生活には、こういう無駄がないとつまらないと思いますよ」
こちらも吾輩堂オリヂナルの「2025カレンダー 猫野ペすか Un mondo di gatti」。2月のカレンダーには吾輩堂の店内が描かれている。
猫のように飄々とした店主が営む、路地裏の小さな書店。いまの暮らしに「猫成分が足りてないな」と思ったらすぐに足を運んでほしい、そんな素敵なお店です。
information
書肆 吾輩堂
住所:福岡県福岡市中央区六本松1-3-13
電話:092-791-1880
営業時間:11:00〜18:00
定休日:水・木曜、お盆、年末年始 (その他臨時休業あり)
Web:書肆 吾輩堂
Instagram:@wagahaido
*価格はすべて税込です。
writer profile
Haruko Sato
佐藤 はるこ
さとう・はるこ●福岡生まれ、福岡育ち。成人してから引っ越した回数は10回以上。日本各地を移動しながら、2010年からフリーランスのライターとして活動。建築、都市、まちづくりに興味あり、音楽やアートの話が好き。人から話を聞くのがとても好き。