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点が面となり、まちが変わる。エリアリノベーションが成功しているまちの共通点とは

  • 2024年5月15日
  • コロカル

持ち主や借り手のなくなった建物を受け継ぎ、再生させるまでの過程を、手がけた本人が綴る連載『リノベのススメ』。

2013年10月の連載スタートから10年以上の時を経て、これまで執筆に協力いただいた方や企業の数は2024年4月末日時点で40に上り、貴重なアーカイブは260本を超えている。

そこで今回は、2018年から当連載の編集に携わり、〈公共R不動産〉のメンバーとしても活躍する中島彩さんとともに、これまでの連載を振り返りつつ、リノベーションの変遷や昨今の潮流について探る。

リノベした当事者が書くからおもしろい。連載『リノベのススメ』

『リノベのススメ』の連載が始まったのは、2013年。当時は「リノベーション」という言葉が業界外にも浸透しつつあるなかで、若い世代の建築家の間で、ゼロから新たに建てるだけではなく、今あるものをどう活用するかというマインドが醸成され始めていた頃でもあった。

そうしてスタートした『リノベのススメ』を、2018年から編集担当してくれているのが、今回お話をうかがった中島彩さんだ。

中島彩さん

コロカルの連載『リノベのススメ』の編集担当、中島彩さん。(撮影:青木和義)

リノベーションの事例を紹介する記事は世の中にたくさんあるが、その多くは、現地に行って取材している記事だ。『リノベのススメ』では、リノベーションを手がけた当事者が執筆しているのが最大の特徴といえるだろう。物件にかける思いや、ぶち当たった困難など、当事者にしか書けない内容になっており、人気の連載企画にまで成長した。

「みなさん当事者だから、伝えたいことがいっぱいあるんですよね。ご自分のウェブサイトなどに実績としてあげてらっしゃる方もいますが、忙しいとそのプロセスまでは詳しく書けないじゃないですか。それもあり、『この機会に!』と、苦労も含めて全部書いてくれています。

自分の体験として一人称で書いているから、まさにドキュメンタリー。毎回、あがってくる原稿を読むのが楽しみなんです。できるだけ臨場感のあるまま伝えたいので、執筆者に依頼する際も、特にこちらから内容についてリクエストすることはなく、『思うがままに書いてください』とお願いしています」

朽ちた床下

建物のリノベーションに携わった当事者でなければ撮れない写真や、熱のこもった文章は『リノベのススメ』ならでは。

中島さんは『リノベのススメ』の連載を引き受けてくれた執筆者のもとには、実際に足を運んでいるという。

「コロナ禍には行けなかったので、全員ではないんですけれど。みなさん、そのまちで真剣にやられている方たちなので、可能な限り、直接会って、現場を見て、お話したいなと思っています」

海外に見るリノベの可能性

約6年にわたり、『リノベのススメ』を担当してくれている中島さんだが、自身が初めてリノベーションに触れた経験は、アメリカへ留学していた2008年頃のこと。

「私は学生時代、アメリカのオレゴン州にあるポートランドというまちに住んでいたんですね。そこはDIYが盛んで、今あるものを生かすというような文化が根づいているんです。もちろん新しい住宅もありますが、ホームセンターを活用して古い家を直しながら住んでいる人も多かったです」

中島彩さん

(撮影:青木和義)

中島さんが留学生活を送っていた当時、すでに古い倉庫を改修したブルワリーや、廃校を改修したホテルなどが、まちに存在していたという。ポートランドで有名なのが、約100年前に建てられた小学校の校舎をリノベーションした〈ケネディスクール〉。ホテルやレストランなどが入った複合施設として再生したものだ。

ポートランドのケネディスクールの外観

築100年を超える小学校跡地を活用した〈ケネディスクール〉。

「この地域で積み上げてきた文脈をしっかり引き継ぎつつ、現代のニーズに沿った価値を提供していて、どこか懐かしいけれど新しいスポットとして地元の人にも観光客にも愛されています。建物をただ保存することが目的ではなく、歴史的価値をビジネスにも結びつけていることがポイントです。こうした施設ができることで新しい経済活動が生まれて、エリアの価値も上がっていく。収益が生まれることで、建物を保存していくうえでも持続可能になります。

昨年の秋にポートランドに行き、久しぶりにケネディースクールを訪ねたのですが、変わらずの人気ぶり。ずっと地域にあった学校で、周りの人からも見守られていて、丁寧に運営されているから、やっぱり長く愛されている。きっと建物も幸せなんだろうなって思いました」

ケネディスクールの中の店舗

〈ケネディスクール〉はバー・レストランやブルワリー、映画館やホテルなどが入る総合施設で、地元のビール会社が運営を行っている。

建物からまちへ。エリアリノベーションのススメ

『リノベのススメ』の連載のなかでも、ひとつの物件の話から、まちづくりの話になってくることがある。

大きなビルやマンションがいくつも建ち、まちの風景をがらりと変える再開発とは違い、使われなくなった空き家や、昔の佇まいを残す建物、シャッターの下りた商店街など、まちの風景をつくってきた建物のよいところを引き継ぎながら、新陳代謝するのがエリアリノベーション。どこにでもありそうな均質的な景色になってしまうのではなく、その地域ならではの表情を残すことができるのが魅力だ。

中島さんが連載を担当してから、エリアリノベーションの観点で印象に残っているまちについて聞くと、「みなさんそれぞれ印象深い活動をされているので、どれかひとつを選ぶというのは難しいですね……」と逡巡しつつも挙げてくれた。

「私が連載に関わり始めてからでいうと、まずは岐阜県の〈ミユキデザイン〉さん。活動拠点は、岐阜市にある美殿町(みとのまち)と柳ヶ瀬(やながせ)商店街という隣り合った地域なんですが、商店街を舞台にパワフルにさまざまなことを展開されています」

〈ミユキデザイン〉の大前貴裕さんと末永三樹さん。

〈ミユキデザイン〉の大前貴裕さんと末永三樹さん。

リノベのススメの連載では、1棟の小さな空きビルをオフィスにするところから始まり、商店街の空きビルを活用してシェアアトリエやシェアショップなどに次々と再生。柳ヶ瀬商店街の〈サンデービルヂングマーケット〉というマーケットイベントも主催していることで知られている。

ほかにも道路を公園のように活用するイベント「yanagase PARK LINE」や、公園のリニューアル事業など、官民連携の事業なども手がけている。建物から領域が拡張し、総合的な角度でまちにアプローチしている事例だ。

商店街

柳ヶ瀬商店街の中心に建つ「ロイヤル劇場ビル」。

喫茶店の外に人が座っている

老舗の喫茶店〈マルイチ〉が閉店することになり、柳ヶ瀬の未来をつくるサロンという位置づけの〈サロン・ド・マルイチ〉として継承した。

スーパーマーケット跡でのイベントの様子

柳ヶ瀬中心部の遊休不動産だった大きなスーパーマーケットをDIYでよみがえらせ、イベント「ヤナガセワインホール」を開催。

 

「本業の建築を軸に、柳ヶ瀬で商売している方やクリエイターとチームを組んで、まちづくり会社をつくって、イベント運営まで行っていらっしゃいます。しかも、ただイベントを開催するだけではなくて、商店街にある空き店舗を自分たちで借りてサブリースするという、不動産業も始めている。さらには、商店街の喫茶店が廃業するからと事業承継までして、自分たちでカフェまで営んでいるんですよ。建築家の職能が拡張しているんだなと感じました。すごいですよね」

また、2022年4月から23年1月まで連載していた北海道の〈富樫雅行建築設計事務所〉も挙げてくれた。

「富樫さんは、函館市のなかでも、函館山の麓に広がる西部地区を中心に活動されています。函館市は、まち自体が特徴的ですよね。日本初の貿易港のひとつとして開港されている歴史があるから、和洋折衷の建物がすごくたくさん残っていて。ただ一方で、それらが空き家になって、どんどん壊されているっていう大きな課題も抱えているんですよね。富樫さんは、その課題に本当に真摯に向き合っていらっしゃいます」

レトロな建物群が残る函館の西部地区。

開港都市として西洋文化の香るレトロな建物群が残るエリア。

自宅兼事務所のリノベから始まり、仲間と一緒に〈箱バル不動産〉を立ち上げたり、大正時代に建てられた建物を複合施設に再生したり。さらに、継ぎ手のなくなった建物をなくすわけにはいかないという使命感に駆られ、ビルのオーナーにまでなってしまう様子が、連載では綴られていた。また、ポップアップストアの〈街角NEWCULTURE〉というイベントも開催している。

リノベーションされた、梁の見える古民家

自分の手でリノベーションした自宅兼事務所〈常盤坂の家〉

函館市大三坂ビルヂング

地域のパン屋、デザイナー、不動産屋とともに〈箱バル不動産〉を立ち上げ、「函館移住計画」や古民家の再生などを通じて、小さな複合施設づくりに挑んだ。

 

「富樫さんも本当に多面的に展開されているんですけど、やっぱり古い建物に対してすごくリスペクトを持って活動していますね。連載では、工事の過程もすごく丁寧に描写していただきました。

釘1本まで大切に保管して加工したり、廃材になるはずの板を洗って、それを天井や床に張ってみたり、コラージュして壁の意匠にしてみたりと、もとからあったものを徹底的に生かして、建物の歴史を引き継いでいく事例も紹介していただきました」

釘やかすがいを加工したもの

自宅兼事務所〈常盤坂の家〉では、解体時に出た釘やかすがいもとっておき、ネジって取っ手にしたり、曲げてペーパーホルダーに加工したり。

手でヤスリをかけているところ

畳の下にあった荒板の杉板も、手でヤスリをかけて木目を浮き上がらせフローリングとして再利用。

 

続いて中島さんは、2018年7月から2019年3月に連載していた富山県射水(いみず)市の内川地域で活動している、〈マチザイノオト〉について、こう話す。

「執筆者の明石博之さんも、『このすてきな建物が壊されるくらいなら自分で買う』とカフェを始められて、そこからまちの人たちの不動産プロデュースや、場づくりのプロデュースを展開されています」

明石さんは、射水市新湊内川地区で出合った、元畳屋の空き家をリノベーションし〈カフェ uchikawa 六角堂〉をオープンしたことを皮切りに、古民家オフィスの〈ma.ba.lab.(まばらぼ)〉という拠点をつくり、アメリカ人移住者が町家をリノベした〈Bridge Bar〉、マイクロブルワリーの〈Beer Cafe Brewmin〉など、依頼者と伴走しながらプロジェクトを展開した。

元畳屋の空き家を使ったカフェ

元畳屋の空き家をリノベーションした〈カフェ uchikawa 六角堂〉。

古民家の外観

〈ma.ba.lab.(まばらぼ)〉。

ネオン看板

ネオン看板が印象的な〈Bridge Bar〉。

 

「明石さんのテキストからはすごく熱量が伝わってきました。全力で事業者さんの味方になって応援して、誰よりもその場所のファンになっている。まちで活動する人を応援しながら、内川の昭和レトロな港町の風情がただよう風景を守っていこうと、すごく地域に深く愛を持って取り組まれているのだなと感じました」

3階建てのビル

3階建てのビルをリノベーションした〈Beer Cafe Brewmin〉。

リノベーションの領域が広がっている

1軒の建物のリノベーションをきっかけに、それがまちへ派生していくーー。そんな展開を、『リノベのススメ』のこれまでの連載で見てきた。

「エリア内で数軒の建物がリノベーションされることで点が面となり、まちの空気が少しずつ変わっていく事例がいくつもありました。さらに、工事の最中にDIYワークショップを開催してみんなで壁にペンキを塗ったり床を張ったり、建物をつくるプロセスにまちの人が関わったり、建物周辺でマーケットイベントを開催して活動を発信したりと、まちへの働きかけをするケースもあります。そうすることで、参加者がまちや建物に対して愛着が生まれたり、まちの人同士や、外部から訪れた人がつながったりするような動きが生まれているように思います」

商店街でのイベント

ミユキデザイン主催、柳ヶ瀬の〈サンデービルヂングマーケット〉。

街角でのイベント

函館の富樫雅行さんが始めた〈街角NEWCULTURE〉。

 

「1軒の建物が変わるさまを見たり、イベントを通してリノベーションの可能性を知ったりすることで、“共感の連鎖”が生まれて、結果としてエリアリノベーションになっているんだろうなと感じます」

さらに、リノベーションによる場の再生が、地域におけるパブリックの役割を担っていくケースもあると話す。

「現在連載中の秋田県の〈See Visions〉の東海林さんは、秋田市の亀の町というまちを拠点に活動されているのですが、東海林さんが手がけた〈ヤマキウ南倉庫〉という場所が、昨年夏に起きた秋田豪雨のときに災害支援の拠点になっていたらしいんです」

ヤマキウ南倉庫の災害支援拠点と書いたダンボールがある

災害支援拠点となった秋田市南通亀の町の〈ヤマキウ南倉庫〉。

ボランティアの受け付けや物資の提供場所、備品の貸し出し場所などになっていたのだという。災害支援は緊急性が高いため、その拠点は言うまでもなく“みんなが知っている場所”であることが必須だ。

「もとは見過ごされていた場所が、リノベーションをきっかけに地域の方に広く知られる場所に成長し、災害支援の拠点にまでなったというのは、地域におけるリノベーションの可能性を感じずにはいられないですね」

建物からまちへ。そして、地域のインフラへ。リノベーションの可能性は、もっともっと広がっていくかもしれない。

information

リノベのススメ

持ち主や借り手のなくなった建物を受け継ぎ、再生させるまでの過程を、手がけた本人が綴るコロカルの連載『リノベのススメ』。2013年10月の連載スタートから10年以上の時を経て、これまでの執筆者数は2024年4月末日時点で40に上り、貴重なアーカイブは260本を超えている。

Web:『リノベのススメ』

credit

text:Mae Kakizakiedit:Chihiro Kurimoto

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