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ジェフ・ミルズが歌舞伎町に現出させた「宇宙旅行」。公演後に聞いた、電子音楽の可能性や戸川純のこと

  • 2024年4月26日

Text by 冨手公嘉
Text by 後藤美波

デトロイトテクノのパイオニアであり、近年はさまざまなコラボレーションなどを通じて、独自の宇宙観を追究しているジェフ・ミルズ。彼が総合演出、脚本、音楽を手がけ、日本のアーティストたちとの協働によってつくり上げたライブ・オーディオビジュアル作品『THE TRIP -Enter The Black Hole-』のワールドプレミアが、4月1日に東京・新宿のZEROTOKYOで行なわれた。


映像演出にCOSMIC LAB、シンガーとして戸川純が参加し、振付を梅田宏明、ジェフやダンサーたちの舞台衣装をFACETASMのデザイナー落合宏理が手がけ、宇宙とブラックホールの疑問を探求する旅のような時間を演出。4月24日には同公演のサウンドトラックを収めたアルバムもCDリリースされた。


もし私たちがブラックホールのなかに入ることができたらどうなるのか? ブラックホールの反対側には何があるのか? という問いをテーマに据えた本公演。ジェフ・ミルズが新宿・歌舞伎町で見せた一夜限りの「宇宙旅行」とは、なんだったのか? 公演を終えたジェフにメールインタビューを行なった。


ジェフ・ミルズ / Photographer: Masakado Nishibayashi
1963年アメリカ、デトロイト市⽣まれ。現在のエレクトロニックミュージックの原点ともいえるジャンル「デトロイト・テクノ」のパイオニア的存在として知られている。また、⾳楽のみならず近代アートのコラボレーションも積極的に⾏っており、サイレントムービー作品のために新たにサウンドトラックを書き下ろし、リアルタイムで⾳楽と映像をミックスしながら上映するイベント『シネミックス(Cinemix)』を精⼒的に⾏なっている。アートインタレーション作品の展⽰活動といった、数々のアート活動が⾼く評価され、2007年にはフランス政府より⽇本の⽂化勲章にあたる芸術⽂化勲章シュヴァリエを授与され、その10年後となる2017年にはさらに⾼位なオフィシエの称号を元フランス⽂化⼤⾂のジャック・ラングより授与された。⽇本での活動も多岐に渡り、2013年、⽇本科学未来館館のシンボル、地球ディスプレイ「Geo-Cosmos(ジオ・コスモス)」を取り囲む空間オーバルブリッジで流れる⾳楽「インナーコスモス・サウンドトラック」を作曲。現在もその⾳楽が使⽤されている。近年、コロナ禍中に、世界の若⼿テクノアーティスト発掘⽀援のためThe Escape Velocity (エスケープ・ベロシティ)というデジタル配信レーベルを設⽴。既に60作品をリリースしている。

そもそもジェフがSF的な世界観にこだわり続けてきた背景に、未知のものに対する底知れない興味と、人類がどこからきて、どこへ行くのかへの関心があるのだろう。テクノや電子音楽の歴史に名を残してきた偉大な実績も、こうした最初は未知だったジャンルへの好奇心が出発点だったと考えるのは行き過ぎなのだろうか。ともあれ2008年にパリで初めて上演された『THE TRIP』の新作が日本は新宿で、一夜限りのエクスクルーシブなパフォーマンスとしてお披露目された。


今回、ジェフがテーマとして「ブラックホール」を取り上げたのは、宇宙に関する、ある仮説に大きく関連している。


なんでも私たちの宇宙は、別の宇宙にあるブラックホールの特異点(シンギュラリティ)から分岐した可能性があるのだという。つまり、私たちがいま存在している宇宙がブラックホールから生まれた可能性が存在しているのだ。その可能性そのものにインスパイアされたジェフは、「Enter the Black Hole」というテーマで、『THE TRIP」のパフォーマンスをつくる決意をしたのだ。


Photographer: Masakado Nishibayashi

当日、予測不能のパフォーマンスを目当てに訪れた観客たちは一様に期待と興奮に満ち満ちていた。ZEROTOKYOの照明とサウンドはパフォーマンス前から銀河がモチーフになっており、すでに「宇宙旅行」への準備万端といった様子だった。「宇宙服」に身を包んだジェフがステージに現れて深く一例し、MCをする。この宇宙旅行の機長さながら、観客に背を向けて巨大な機材を前に音を出し始めた。そしてカウントダウンがスタートし、パフォーマンスが始まった。


公演は「1.逆光する時間、2.ブラックホールという動物、3.平行する現実、4.抽象的な現実、5.時は止まる」という「ブラックホールに入り、反対側に出たときに起こりうる5つのシナリオ」を表現した5つのチャプターで構成。パフォーマンスでやはりキーとなっていると感じられたのは、戸川純の圧倒的な存在感だ。歌詞とメロディー、そして衣装と身振りを通じて、コンセプチュアルなストーリーに明瞭な軸を提供しているように感じた。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』に出演した戸川純

しかし、個人的に最も感銘を受けたのは、本編の最後に行なわれたジェフの真骨頂とでも言うべき、リズムマシン「TR-909」での即興演奏だった。われわれ観客を宇宙を旅してきたクルーとするなら、強烈なオーディオビジュアル体験をした一員としてのグルーヴも相まっていたのかもしれない。その瞬間瞬間のアイデアをビートに打ち込む姿に、会場は不思議な一体感に包まれ、歓声をあげたり、激しく踊り出したりする人も少なくなかった。大袈裟に言うならば、ジェフと一緒に音楽を鳴らしていたのかもしれない。結果として30分近くにわたり、即興演奏が続けられたのだ。


もしかしたら、アーティストとしての臨界点を超える感覚をシェアするために、ジェフがこのプロジェクトを用意周到にお膳立てしたのではないか。そんな疑問が頭をもたげた。未知の音楽体験を共有した先に鳴らされた音。そこには、自身の伝説的なキャリアはもとより、リスナーの音楽に対する感度を進化させようとする意識を感じたのだった。そのあたりを踏まえて、ジェフにメールで質問を投げかけた。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

─今回の公演で、日本のアーティストたちとコラボレーションすることを決めたきっかけは何ですか? また現在の日本のクリエイションについてどのように捉えていますか?


ジェフ:このようなものが過去に存在しなかったという事実が、大きなインスピレーションでした。40年以上にわたってエレクトロニックミュージックは進化し、発展をつづけてきました。しかし、多くのアートフォームを包括しながら同じテーマに向かって一つのパフォーマンスをつくる、というアイデアがどこにも存在しなかった。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

ジェフ:また、じつはエレクトロニックミュージックの愛好家のなかで、定期的に踊りに出かけることをしない人々のほうが、そうする人々よりもはるかに多いという事実があります。それにもかかわらず、この業界のアーティストたちはそのセクターの人々に向けたエンターテインメントをつくることを怠っています。いろんな要素を取り入れながら踊れるものをつくることはいくらでもできたはずなのに、エレクトロニックダンスミュージックは、非常に狭いアジェンダを持って発展しているように私は思います。


ほとんど、唯一の例外に近いものとして私が知っているのは、デヴィッド・バーンとFatboy Slimがブロードウェイ向けに共作した『Here Lies Love』という作品くらいです。

ジェフ:日本の創造性の現在の状況については、深く精通しているわけではありません。正確に知るだけの時間をここで過ごしていないからです。ただそれでも、(日本には)なにか「新しいもの」を体験することを楽しむ、熱心な人々がいつも一定数いるということを知っています。少なくとも、新しいものがまだ創造され、発見され得ることを知っている人々がいるのです。


─東京で2回公演に分けて行なわれたパフォーマンスを振り返って、手応えはいかがでしたか? COSMICLABが映像システムを手がけたZEROTOKYOが会場だったからこそできた独自の映像の演出もあったと思います。歌舞伎町という新宿のカルチャーを体現する場所が舞台であったことに対する思いはありますか?


ジェフ:私たち演者が見た限り、非常に良い手応えを得られました。フロアにいる人たちは多様な形態のエンターテインメントと、それらにまつわるミステリーのすべてを本当に楽しんでいたように感じられました。


ビジュアル的な側面は、今回の公演のコンセプトにおいて非常に重要です。観客に自分たちが何か特異なものに没入した、と感じてもらう必要があるからです。そして何かが目の前で展開されることを体験するのは、その方法が適切であれば説得力を持ちます。


私のアイデアは、フロアを宇宙船の船内のように扱うことでした。私自身を含めて、照明や映像チームなどは宇宙で仕事をするクルー。スムーズな旅を維持するためにそこにいる。一方で観客は、そこで起きている経験のみに集中できているといった具合に。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

ジェフ:私は東京の歌舞伎町エリアと長い関わりがあります。それは1995年にソニーミュージックの『Mix-Up Vol.2 Featuring Jeff Mill - Live Mix At Liquid Room, Tokyo』というライブDJミックスを録音したことに遡ります。私はつねにこのエリアがとてもエキゾチックであり、さまざまな限界が試され、探求され、拡張される場所であることを理解していました。だからこそ、今回のコンセプトを初披露するのに、この地よりほかに良い場所を思い浮かべることはできませんでした。

─戸川純さんはサウンドトラックのレコーディングに参加していましたが、おふたりが実際に対面したのはジェフさんが公演のために来日してからだったそうですね。ライブパフォーマンスするにあたり、戸川さんとどんな意見交換をして、どのように本番のパフォーマンスに反映していきましたか?


ジェフ:純さんがこのプロジェクトに興味を持ってくれていることを確認した後に、私は彼女がパフォーマンスで果たすべきポジションと役割について考え始めました。私が想像していたのは、天使のような天上の存在に似たものです。宗教的なものではなく、変化する能力を持っていて、より魅力的で異なる存在です。私はそのアイデアを彼女に説明し、彼女はそれに同意しました。


次のステップは、彼女の舞台の見え方やその存在感を視覚化することでした。そのために、衣装デザイナーの落合宏理氏と彼のFACETASMのチームとの議論が始まりました。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

ジェフ:純さんのポジションの最終的な定義としては、物語の語り手と言えるでしょう。彼女の物語は歌詞を通じて観客に伝えられます。また多くの示唆的なジェスチャーを加えてくれました。彼女はこの役割にぴったりでしたし、私たちに手を貸すことに同意してくれたのは非常に幸運でした。


─戸川さんの歌声と存在に惹かれてオファーしたかと思いますが、パフォーマンス以前と以後で比較した際に、印象の違いはありますか?


ジェフ:彼女と一緒に仕事するのは非常に特別です。とても正確で、自分が何をしたいのかを明確にわかっているので、プロセスは非常に容易でスムーズでした。彼女は、音楽、ステージでのパフォーマンス、観客への伝達に非常に長けている。私がアイデアを説明すると、彼女がそこから発展させてくれました。

─パフォーマンスの最後の部分でTR-909での即興演奏が強烈な印象を残しました。ブラックホールに入ったあとの、戻れない地点から響く感覚と、より本能に訴えかけてくる身体的な印象を覚えました。このパフォーマンス中のあなたの心境を共有していただけますか? あのパートはそれまでの物語の拡張だったのか、それとも例えばあなたのアルバム『Exhibitionist 2』のような別のものとして切り離されていたのでしょうか?


ジェフ:この即興パートは、ほとんどもともとあるサウンドトラックに沿って演奏していた公演の他の部分とは対照的につくられました。誰も──私自身でさえも、何が起こるかわからない体験を提供したかったのです。


だからこそ、ショーは探求的な状態のままで終わり、通常の状態に戻ることはなかったのです。私の心境も、そういう状況によって形作られました。ビジュアルや照明、そして観客の反応を見ながら、普通ではない出来事について考えていました。奇妙な音とリズムでしか表現できない何かについてです。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

─音楽監督としての立場とプレイヤーとしての立場を往来したことで感じた気づきはなんですか?


ジェフ:このようなショーの個々の側面に関わった経験は数多くありますが、すべての役割を同時に行なうケースは稀なので、少しの調整と計画が必要でした。でも同時にこのチャレンジを非常に楽しんでいました。今回の経験から、このような公演がどのようにして発展し、想像の先に行くことができるのかの可能性をさらに理解することができたと思います。


パフォーマンスアートはトリッキーです。観客がスタンディングの場合、一定レベルの注意を確立することが重要だからです。だから、プロのDJとして、私は観客とのあいだに信頼関係を築くある種の存在感を醸し出すよう訓練されています。今回の場合、ショーの冒頭で、15秒から0秒の打ち上げカウントダウンをするように設計しました。一緒にカウントダウンしながら、われわれは一つのクルーとして未知の領域に足を踏み入れる。この時点から、旅(THE TRIP)が始まるのです。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

─宇宙というテーマに対して、テクノをアートフォーム、芸術表現のためのツールとして利用しているように感じました。市民権を得たテクノというジャンルに次なる音楽としての可能性をあげるならどこにあると思いますか? 今回のパフォーマンスは電子音楽の未来に対する一つの回答ですか?


ジェフ:これが未来への暗示かどうかはわかりません……。でも、そうであったら良いなと思います。歴史的に見て、エレクトロニックダンスミュージックを「踊れる」ものとして維持させることはあまり見込めません。クラシック音楽、ブルース / ジャズ、ロックンロール、さらにはヒップホップ / ラップの進化と同様です。これらはもともとダンスミュージックの形態でしたが、最終的には主に「観て楽しむ」ジャンルとしてつくられるようになりました。


いまや踊ることは観るためのものであり、人々が自分たちでするものではありません。そのため、エレクトロニックダンスミュージックも同じ道を辿ると予想しています。J-POPやK-POPといった一部のケースでは、すでにそうなっていると思います。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

─「ブラックホール」や「その向こう側」というテーマに魅了されるのはなぜですか? 問いの核には人間の存在というものがつねにあるように思いますが、「未来」や「宇宙」といった予測不能な領域を探求しつづける動機は何ですか?


ジェフ:「私たちが何者であり、答えを探すためにどれほど遠くへ行こうとしているのか」という問いはもっとも魅力的なものです。もちろんこのテーマが自分の人生とは関係ないと考える人もいるかもしれません。しかし、人々が気にするかどうかに関係なく、この問題の現実性と真実は否定できません。


こうした問いを理解するためには、地球から離れ、遠くから見てみるだけで十分です。われわれが互いに非常に密接に関わり合っていることがわかる。太陽系の近くの別の惑星から見たとしても、人類は小さな惑星の小さな土地に存在する有機体に過ぎないのです。そして、私たちは条件が不利になり、もはやそうできなくなるまで、生涯を通じて自己生成をつづけるでしょう。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

ジェフ:私たち(人類)は、星々やほかの宇宙の領域に手を伸ばすでしょう。なぜならそうする必要があるからです。それは、あなたや私という個人と関係があるというよりも、私たち全体、私たちの文明の時代における達成と進歩に関わる問題なのです。


私たち(人類)を前進させるための十分な好奇心を持っていた貴重な存在が、人類の次の時代に利点をもたらし、さらに先へと前進させました。これこそが、私にとってブラックホールの向こうに何があるかという問題が興味深い理由です。なぜなら、私たちは異なる次元の時間について話をしているからです。


─予測不能な未知の領域を探究し続けることや、思考を巡らすことは、膨大な情報量の時代に生きることで、「未知」の出来事への想像力が減っているようにも思える現代人にどんな意味があると思いますか?


ジェフ:私としては、想像力が減っているのではなく、むしろその逆だと思います。現実は、人類がかつてないほど多くの情報にアクセスできる時代にあり、私たちは以前には知り得なかった多くの事柄についてより知識を深めています。私たちはより速く働き、マルチタスクをこなすことができるようになりました。なぜなら、私たちの考えるスピードも速くなっているからです。


おそらく、種の進化のレベルを知る現実的な方法は、その最高水準を検証することでしょう。私たちはほかの動物を観察し、研究するときはそのようにしますが、自分自身を見るときにこの視点を忘れることがあります。人々(種)はつねに学習過程にあります。時には、重要な変化の兆候を示すまでに時間がかかることがあります。数か月や数年ではなく、数世紀規模の時間がかかることもあるのです。


『THE TRIP -Enter The Black Hole-』公演より

─最後に、今回のパフォーマンスを終えて、この先『THE TRIP』プロジェクトはどこに向かっていると考えていますか?


ジェフ:さまざまな方法で進化すると見ています。まず第一に、数年ごとに発生する可能性があるパフォーマンスプロジェクトとして、そして第二にインスピレーションの装置としてです。私の大きな願いは、ほかの人々がこのコンセプトを見て、未知のレベルまで発展させてくれることです。それこそがこのプロジェクトがつくられた目的ですから。

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