緑のgooは2007年より、利用していただいて発生した収益の一部を環境保護を目的とする団体へ寄付してまいりました。
2018年度は、日本自然保護協会へ寄付させていただきます。
日本自然保護協会(NACS-J)の活動や自然環境保護に関する情報をお届けします。
絶滅危惧種に指定されているにもかかわらず、減り続ける日本のイヌワシ。その実態はかつてないほどに深刻です。
まず、日本のイヌワシの生息範囲ですが、全国からの報告によると、繁殖が確認されている地区は東日本を中心に23県、過去の生息記録はあるものの、現在は確認中となっている地区が西日本を中心に7県などとなっています(図1)。
※1:日本イヌワシ研究会(2014) 全国イヌワシ生息数・繁殖成功率調査報告(1981-2010).Aquila chrysaetos25.1-13
※2:日本イヌワシ研究会 生息・繁殖状況調査委員会、保護対策委員会(2015)イヌワシの生息状況…つがい数の減少と繁殖成功率低下の33年間の推移(つがい総数が7割まで減少). 2015年2月24日 日本イヌワシ研究会発表
(http://srge.info/)
▲イヌワシの親子。イヌワシは2個の卵を生むが、日本では通常1羽のみが育つ。近年、1羽も育たず繁殖失敗となる例が増えてきている。
「消滅」したつがいについては、1986年に1つがい目が確認されて以降徐々に増加し、2013年には99と全体の登録数の約3割を占める状況にまで急激に増加しています(図2)。
地区別に見ると2010年の「消滅」の報告数は、東北地区、北陸地区などに多くなっています(図3)。さらに2006年から2010年までの推移をふまえると、東北地区、北陸地区、近畿地区での状況の悪化が著しいことが明らかになりました。北陸地区では、つがい数が20年前の五分の一程度に減少していることが明らかになっている(※3)ほか、兵庫県では32羽生息していたものが現在8羽になった(※4)など、各地区で危機的な状況が報告されています。イヌワシの危機的状況は西日本から東日本にかけて拡大・北上していると考えられます。
※3:小澤俊樹(2008)富山県におけるイヌワシ生息数とその危機的状況.Aquila chrysaetos22.1-9
※4:三谷康則(2012) 兵庫県におけるイヌワシ生息状況について.Aquila chrysaetos23・24 . 70-72
イヌワシの繁殖成功率は、定着が確実なつがいのうち、幼鳥の巣立ちに成功したつがいの割合を示しています。図2に青線で示す通り、調査が開始された1980年代前半の繁殖成功率は50%台と安定していました。しかし徐々に低下し、91年以降は20%台前後と低い状態が続いています。ここ20年の経過を見ると、91~95年は26・7%、06~10年は24・1%と同程度で著しい減少はないように見えます。しかし、青線で示した繁殖成功率は定着が確実なつがいを対象としているため、近年の消滅つがいの急激な増加を考慮すれば、実際の繁殖成功率はさらに低くなります(図2赤線)。例えば2013年を見ると、残存つがいのみで計算した繁殖成功率(青線)は20・2%ですが、消滅したつがいを母数に加えた繁殖成功率(赤線)は11・2%と、悪化するイヌワシの繁殖現状をより正確に表しています。
地区ごとの06~10年の推移では、1981~90年に60%台の高い繁殖成功率を維持していた東北地区では19・2%にまで著しく低下しています。関東地区では34・8%と比較的高いものの、繁殖成功率が低く生息状況が不安定なつがいが消滅し、比較的生息環境が良好に保たれたつがいが残り、高い繁殖成功率の維持につながっていると考えられます。また、近畿地区は10・3%、中国地区は0・0%など、西日本の危機的な状況を明確に示す結果となりました。
繁殖失敗の原因については、推定を含め06~10年の5年間で119例の情報が会員から寄せられました。その内容を分類すると、「自然的要因」と「人為的要因」の2種類に大別され、自然的要因は103例、人為的要因は16例と自然的要因が多くを占めました(表1)。
▲表1 2006-2010年に報告された繁殖失敗の主な原因(推定含む)(※1のデータを基に著者が作成)。繁殖失敗の要因は、大きく自然的要因と人為的要因の2種類に大別されるが、その多くが自然的要因によるもので、特に「餌不足」が突出して多くなっていた。
自然的要因の中でも、「餌不足」が28例と突出して多くなりましたが、その要因として、餌そのものの減少と、餌を捕るための「狩場」が失われていることが考えられます。これらの環境変化の背景には、①人工林の管理不足により林の荒廃やうっぺい化が進み、狩場が消失するとともに餌動物が減少したこと、②広葉樹林を薪炭林などとして利活用する文化が衰退し、林の荒廃や管理不足につながったこと、③酪農の経営形態の変化により、狩場となる放牧地が減少・荒廃したこと、④家畜の餌を輸入品に頼ったことにより、採草地の減少・荒廃・消滅がもたらされたこと、などがあげられます。
人の生活スタイルや社会そのものの変化がイヌワシにとって狩場として利用しづらい環境をつくり出しているといえますが、現代の私たちの生活を、単純に以前と同じ生活スタイルに戻すことは不可能でしょう。今の時代に則した形で、それぞれの地域で継続的に森林や草地を管理・利活用できる方法を模索していくことが重要であるといえます。群馬県の赤谷の森では、イヌワシの餌不足を解消するための狩場創出試験が始まっています。ここで得られる試験結果は、将来、全国のイヌワシの保護手法を検討する上で重要なデータとなるでしょう。その成果を踏まえ、全国のイヌワシ保護につなげていくために、日本イヌワシ研究会は赤谷プロジェクトに協力していきます。
●水上貴博
出典:日本自然保護協会会報『自然保護』No.544(2015年3・4月号)