街を一望する「タワーマンション」。
そんなタワマンを舞台にした漫画『タワマンに住んで後悔してる』は、低層階と高層階の生活格差や、住人それぞれの苦悩や焦燥をあぶりだした漫画。作中、子どもを愛するがゆえにしたことが、子どもを過度に追い詰めてしまう母親の姿が描かれています。
手がけたのは、親のいいなりになって苦しんだ自身の過去を、漫画『親に整形させられた私が母になる エリカの場合』でさらけ出し、大きな反響を呼んだ漫画家のグラハム子さんです。
グラハム子さん
「『タワマンに住んで後悔してる』では『これは我が子のためなんだ』と思い込んでいる狂気を描いています。本当は子どものためと言いつつも、自分の心の不安定さを解消したいという気持ちが大きい。でも自分ではそれに気づことができず、解消もできず、子どもを「利用」することにつながってしまう…。子どもも勉強自体はした方がいいこととわかっていて、親に言われたら自分のキャパを超えてでもしてしまう。そんな苦しい親の愛のようなものを描写できたらなと思いました」
グラハム子さんの言う「狂気」とはどんなものなのか、まずはこの漫画のあらすじからご紹介します。
登場人物とあらすじ
物語の主役は、地方から念願の東京転勤が叶い、憧れだったタワマン低層階の部屋を購入した渕上家の専業主婦、舞。
初めての東京生活になかなか慣れない舞ですが、息子が野球チームに所属することでママ友との交流を持ち始めます。
もともと、舞の息子・悠真は野球に夢中で、勉強にはあまり関心がないタイプ。九州にいたときはそんなものかと思っていた舞でしたが、都心のタワマンに住みはじめ、都会と地方の受験事情の違いを知るにつけ、急に焦りだします。
悠真を塾に通わせ勉強時間もコントロールするようになりました。
早朝から塾の宿題をやるよう悠真に強要しはじめた舞。次第に熱をおびていく彼女の指導は、悠真の意思を無視して続きます。
プリントで満点をとるまで息子を寝かせないなど、常軌を逸した行動に走りだすのです。
そして、追い詰められた悠真にはある出来事が待ち受けていました…。
自身も「熱心すぎる」母からの影響を受けながら、それを克服し、美術教師から漫画家に転身したグラハム子さんにお話を伺いました。
漫画家・グラハム子さんインタビュー
── ご自身の著書『親に整形させられた私が母になる』では、母親の価値観に支配された子ども時代を描いてらっしゃいましたね。美術大学をご卒業された後に美術の先生になられたそうですが、その進路もお母さまの希望だったのでしょうか?
グラハム子さん
「そうです。母にとって美術の先生は憧れの職業だったようです。小さい頃から『なってほしい』と言われていました。なので小学生の頃にはすでに『私は美術の先生にならなくちゃいけないんだな』と思っていました。職業に限らず、進学先や部活動、容姿なども母の理想を言われて育ち、結果的に全てその通りになりました。親の理想を叶えることが子どもとして正しいことなのだと思い込んでいました」
──無理やり努力させられたとしても、才能がないと美術大学には合格できないと思います。子どものころから、漫画やイラストなどの創作にはご興味があったのでしょうか?
グラハム子さん
「うーん、これは簡潔に答えるのが難しいです。確かに絵を描くことは子どもの頃から好きでした。ただ、美大に行くほど好きだったか? あの母の元に生まれていなくても美術系に進んだろうか? というと…正直わかりません。才能などもわかりませんね…。実は高校生の時はじめて自分から興味を持った進路があって、そちらに向けて頑張っていた時期もあったんです。でも結局母の方が強くて、私が折れてしまいました」
──美術の先生をお辞めになったのは大きな決断だったと思うのですが、当時のお気持ちをお教えいただけますか?
グラハム子さん
「頭では『辞めてはいけない』と考えていました。心は『何もかも辞めてもう休みたい』と訴えていました。私のそれまでの人生だったら、頭と心の意見が違ったら、絶対に頭が勝っていました。
ただこの時はじめて心が勝ちました。当時はこれまでの人生で積み重なった思考の歪みも酷く、とにかく生きるのが辛くて。高校時代に発症した摂食障害も全然治らず毎晩過食嘔吐していて。その上運動部指導中にアキレス腱を断裂し手術。術後もしばらくうまく歩けない…そんな、心も身体ももうギリギリの状態でした。普段抑圧されていた心が最終勧告として働いたのだと思います。頭では最後まで『辞める選択は間違っている』と思いながら退職しました」
──その後ご結婚されお子さんが生まれて、instagramに育児漫画を投稿されていたということですが、漫画の投稿をはじめた理由はありますか?
グラハム子さん
「ちょうどわが子が生まれたころ、インスタで育児日記を投稿するのがはやっていたんです。それを知って私も描いてみたいなと思いました。この頃はもう母とは物理的にも精神的にも離れていたので、この趣味を反対されることもありませんでした。母は油絵などの真面目な絵は好きでしたが漫画やイラストは反対だったので。他人からの反対がないと、どんどん突き進めることができて。自分でやりたいと思ったことをやるってこんなに楽しいんだと知りました。育児日記が私にとってはじめての『自分でやると決めて夢中になれたこと』『自分で自分の行動に責任を持てたこと』でした」
──現在のような、プロの漫画家・イラストレーターとして活動しはじめたのは、どんなきっかけからですか?
グラハム子さん
「インスタで育児日記を投稿していたらフォロワーさんが増えていったんです。しばらくすると『うちで描きませんか?』と言ってくださる企業も出てきて。それでちょっと本気で頑張ってみよう、と思いプチコミックエッセイ大賞に応募したんです。が、大賞どころかその他の賞も何も受賞できませんでした。ただ賞には入らなかったけど一次審査は通過できて、担当さんがついてくれることになったんです。そこからですね」
──ご自身の過去を振り返った作品だったり、不倫をモチーフにした作品だったり、おばさんを戦隊ヒーローとして主役にした作品だったり、幅広いテーマの漫画を発表されていますね。何が、発想や企画の源泉となっているのでしょうか?
グラハム子さん
「やっぱり源泉は日常からですね。それと過去の経験からです。私はエッセイ作家は『人生全部取材』だと思っているんです。だから今はもう、例え辛いことがあっても『これもいつかのための取材だ』と思って生きています」
──グラハム子さんのこれまでの作品には、クスクスと笑って読めるものもあればドロドロとした心情を描いたものもあります。今回のような、市井の人の心のひだを描く際に、心がけていることはありますか?
グラハム子さん
「心情はなるべくわかりやすく書くよう心がけています。本来人間っていろんな側面を持っていると思うんですよ。でも漫画でそれをしてしまうと、わかりにくくなってしまう。だからAさんは◯◯という性格、Bさんは△△という性格、というふうになるべくシンプルにするよう心がけています」
──二人のお子さんを育てながらの創作活動は、大変な反面、達成感も大きいと思います。いまの生活の中で大変な場面とうれしい場面をお教えいただけますか?
グラハム子さん
「大変な場面は時間が足りないことです。いつも足りていません(笑)。嬉しい場面は、ありきたりで申し訳ないんですけど、やっぱり子どもの笑顔を見た時ですね。子の笑顔に勝る嬉しいことってない気がします」
* * *
「子どものため」という大義名分のもと、度を超した指導をしてしまう…。すべての親が落ちてしまうかもしれない「闇」は、どうして生まれるのか、呑まれないためにはどうすればいいのか、この作品を通して考えてみるのもいいいかもしれません。
最後に、今年はあと2冊の本が刊行予定だというグラハム子さんから、毎日忙しい読者の皆さんへのメッセージをいただきました。
グラハム子さん
「私の毎日に不可欠なものは、『あれ、私今ちょっとマズイな』と思った時に自分で自分を整える力です。自分が整う方法を知っておく。私の場合、できる限り休んで、規則正しい生活をして、まず身体の調子を整えます。身体が整っていると心も整います。心が整っている時はヘトヘトでも楽しく暮らせます。あとはそもそもをなるべく無理しないこと。6割頑張れればオッケーと思うこと。心と頭の余白を常に持っておくこと。同志の皆さま、今日も1日お疲れさまでした。明日も無理せず頑張りましょう!」
イラスト=『タワマンに住んで後悔してる』(原作=窓際三等兵、漫画=グラハム子)より
取材・文=山上由利子