サイト内
ウェブ

コーヒーで旅する日本/四国編|年輪を重ねた喫茶店を継承。「仏生山珈琲 回」が体現する、懐かしくも新しい街の憩いの場

  • 2023年9月28日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。瀬戸内海を挟んで、4つの県が独自のカラーを競う四国は、各県ごとの喫茶文化にも個性を発揮。気鋭のロースターやバリスタが、各地で新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな四国で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが推す店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

四国編の第7回は、香川県高松市の郊外にある「仏生山珈琲 回」。長年、続いた喫茶店を改装した店構えは、前回紹介したLIMA COFFEE ROASTERS KAWARAMACHIの姉妹店でありながら、まったく異なるレトロな雰囲気。インテリアからメニューに至るまで、喫茶店テイストを受け継ぐユニークな一軒だ。歴史ある門前町として知られる界隈は、近年、新たな温泉施設の登場により、高松市内でも注目のエリアに。地元で親しまれた喫茶店の記憶と営みを継承するこの店もまた、新たな憩いの場を担う存在として、変貌していく街に根付きつつある。

Profile|山口未来 (やまぐち・みく)
1997年(平成9年)、香川県生まれ。関西で過ごした学生時代に、イタリアンバールでのアルバイトでバリスタの仕事を経験。一度は会社員として勤務するも、コーヒーに関わる仕事を希望し、帰郷後、高松のLIMA COFFEE ROASTERS TAKAMATSUのスタッフに。2021年、「仏生山珈琲 回」のオープン後、昨年より店長を務める。

■長年続いた憩いの場の歴史と営みを継承
高松市街から南へ、ことでんに揺られること10分少々。車庫も備えた仏生山駅の構内に降り立つと、郊外の鄙(ひな)びた雰囲気に包まれる。仏生山周辺は、高松藩主の菩提寺・法然寺のお膝元に開けた、歴史ある門前町。20年前に温泉が見つかって以降は、近場の温泉街としての顔も加わり、界隈には大衆演劇の劇場や和菓子やうどんの老舗が点在し、県内の身近なおでかけ先として親しまれている。「最近は、建築家が手掛けた新しい温泉施設もできて、若い世代も結構、来られますね」とは店長の山口さん。「仏生山珈琲 回」があるのは、駅を出てすぐ、真正面。レトロなタイル張りの建物は、開店2年とは思えない年季を感じる。

それもそのはず、ここはかつて、銀嶺の名で半世紀近く続いた喫茶店の跡地。2016年に店を閉じて以降、5年ほど空きのままだったのは、「元のオーナーさんは、ずっと“誰かに店を引き継いでほしい”と思って、そのまま残されていました。好立地ということもあり、県外の方からも声がかかっていたそうですが、地元に縁のある人にやってほしいとの思いがあったそうです」。

そこに手を挙げたのが、高松でLIMA COFFEE ROASTERS KAWARAMACHIを立ち上げた、現マネジャーの林さん。長年、積み重ねられた喫茶店の歴史に敬意を表し、地域の憩いの場として親しまれてきた役割を担うべく、新たにスタートしたのが「仏生山珈琲 回」の原点だ。LIMA COFFEE ROASTERS KAWARAMACHIとは、ロケーションも店のカラーもまったく異なるこの店は、一見して姉妹店とは思えない。

リノベーションの際には、スタッフ自らが床や壁を塗り直し、入口横のカウンターこそ新たになったが、店内のレイアウトは、ほぼ銀嶺時代のまま。「柱や扉、ランプシェード、カウンターの棚、椅子など、随所に元のお店を引き継いでいます。コロナ禍の影響で予定よりオープンがズレたので、今も残された調度を少しずつ加えていっています」と山口さん。なかでも印象的なのは、椅子の張地に使われているシックなターコイズブルー。「銀嶺で使っていた椅子を張り替えるときに、店のキーカラーとして統一したもの。このブルーが映えるように、店に立つときはモノトーンの服装を選ぶようにしています」と、スタッフもここならではの世界観に溶け込むよう気を配っている。

■懐かしくも新しい、オリジナルの喫茶店メニュー
歳月を重ねた空間のみならず、喫茶店の雰囲気に似つかわしいオリジナルメニューも考案。コーヒーはLIMA COFFEE ROASTERS KAWARAMACHIで焙煎するスペシャルティグレードの豆を使うが、ここではシングルオリジンは置かずブレンドのみ。浅煎りから深煎りまで、焙煎度の異なる4種類を定番として提案している。

「それぞれのブレンドは3種以上の豆を配合して、喫茶店のコーヒーをより洗練させた味わいをイメージしています。なかでも、飲みやすく風味のバランスが取れた中煎りの“回”は、すべてのセットドリンクとしても提供する看板ブレンド。“仏生山”は、かつて銀嶺で出されていたコーヒーをベースにした中深煎りで、まろやかなコクと甘味はゆったりとした界隈の土地柄を表現しています」と山口さん。メニューには、3種のブレンドを選べる飲み比べセットもあり、個性豊かな味わいをあれこれ楽しめるのは、コーヒー好きにうれしい趣向だ。

抽出はすべてハンドドリップ1杯立て。淹れる人によって風味が変わるのも、この店の魅力の一つだ。「同じブレンドでも、より甘味が出たり、よりコクが出たりと、人それぞれのキャラクターが味にも出てきます。それが逆に、“この人のドリップで飲みたい”という、お客さんの好みにもつながって、なかにはご指名を受けるファンが付いているスタッフもいます」。店としてはブレずに抽出するのが本来のあり方だが、それをあえて個性として出す大らかさも、この店ならではだ。

また、スタンドスタイルのLIMA COFFEE ROASTERS KAWARAMACHIとは対照的に、軽食やスイーツのバラエティも豊富。朝のモーニングに始まり、鉄板ナポリタンやハヤシライス、海老チャーハンにピザトーストと、喫茶店に欠かせない王道のメニューがずらり。とりわけ、タマゴサンドは、パンからはみ出しそうな分厚い玉子焼きのインパクトが話題を呼び、いまや名物メニューとして人気を集めている。さらにスイーツにも、チーズケーキやプリンなどの定番に加えて、ほろりとした口当たりが後を引くキャロットケーキやあんバターをのせたパウンドケーキなど、懐かしくも新しい一品が好評だ。

■変わりつつある街に根付いた、新しい拠り所に
長年続いた銀嶺の面影を残しつつ、店構えもメニューも装い新たになったが、訪れるお客もまた新たに入れ替わっている。「昼間はご年配の方が多いですが、5年ほど空いたままの期間があったので、ここに喫茶店があったことを憶えてる方はおられても、以前の常連さんはあまりいらっしゃらなくて」と山口さん。というのも、近年、仏生山周辺は県外から移住する人が増えつつあり、お客の中には単身赴任の会社員や近隣の大学に通う学生の姿もよく見られるとか。週末には、県外から訪れる観光客や、喫茶店好きの若い世代も加わり、新たな客層の変化を感じているという。実際、駅前周辺は大規模な再開発が進み、街なかにも古民家を改装したサンドイッチやプリンなどの専門店も相次いでオープンしている。

「仏生山珈琲 回」も、そうした街の変化に呼応する存在だが、コロナ禍の中で始まった店は、まだ完成形ではないという。「最初は壁の絵とか花瓶とか、床の絨毯もない状態で始まったので、今も店内はちょとずつ変わっていっています。仏生山はターミナル駅なので、電車やバスの待ち合わせをするお客さんも多い。特に雨の日は増えるので、ガラス張りのスペースをずらしてベンチを置いて、雨宿りスペースを作たらどうかな、と考えています」と、この場所だからできることに想像を巡らせている。

長らく親しまれてきた喫茶店を受け継ぎ、新しい街の拠り所となるべく変化を続けている「仏生山珈琲 回」。コーヒーもまた、毎日、繰り返し飲む中に微細な変化を楽しめるもの。店名には、コーヒーを通して回っていく街の日常を支える場でありたいとの思いが込められている。「街自体が変わりつつある中で、その一部として共に根付いていけるように、これからまだまだやるべきことは多い。まずは10年続く店を目指していきたいですね」

■山口さんレコメンドのコーヒーショップは「珈琲と本と音楽 半空」
次回、紹介するのは、高松市の「珈琲と本と音楽 半空」。「繁華街の真ん中にあって、本がずらっと並んだ隠れ家的な空間は唯一無二。夜の雰囲気が好きで、目の前でネルドリップする濃厚なコーヒーだけでなく、お酒も飲めるので食事のあとによく立ち寄ります。店長・佐藤さんのカウンターでの所作もかっこよくて、会話を目当てに訪れるお客さんも多い。ディープな場所ですが、入った瞬間に独特の世界観に引き込まれます」(山口さん)

【仏生山珈琲 回のコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(LIMA COFFEE ROASTERS KAWARAMACHI)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(ラマルゾッコ)
●焙煎度合い/浅~深煎り
●テイクアウト/ あり(450円~)
●豆の販売/ブレンド5種、100グラム660円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治

※新型コロナウイルス感染対策の実施については個人・事業者の判断が基本となります。
※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。

あわせて読みたい

キーワードからさがす

gooIDで新規登録・ログイン

ログインして問題を解くと自然保護ポイントが
たまって環境に貢献できます。

掲載情報の著作権は提供元企業等に帰属します。
Copyright (c) 2024 KADOKAWA. All Rights Reserved.