
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。
九州編の第79回は福岡県粕屋町にある「ナガモトコーヒー店」。創業1982年(昭和57年)という老舗で、現在焙煎士として店を切り盛りするのは2代目の長本建太郎さん。高校3年生当時、先代の故・長本建郎氏の体調が優れなかったこともあり、卒業後そのまま店を手伝うようになった。
ただ、父親は福岡の大手コーヒー商社の焙煎士として活躍した経歴を持ち、コーヒー業界ではその名を知られた人物。建太郎さんは「2代目として店を継ぐことに少なからずプレッシャーはあった」と話す。それでも今「ナガモトコーヒー店」では建太郎さんが作ったオリジナルブレンド・かすやコーヒーが人気No.1であるように、確実に地域に溶け込んだ自家焙煎店となり、先代とは一味違う店作りに励んでいる。初代から2代目へ。創業40余年の老舗はこれまでどのような道を歩み、これからどんな店を目指していくのか聞いてみた。
Profile|長本建太郎(ながもと・けんたろう)
福岡県粕屋町出身。大手コーヒー商社に勤めていた焙煎士を父に持つ。幼少期に父親が「ナガモトコーヒー店」を開業し、当たり前に身近にコーヒーがある環境で育つ。高校卒業後、家業を継ぐことを決める。14年ほど親子で店を切り盛りしていたが、2007年に父親が他界。自身が店主という立場になり、より地域に根ざした店づくりを志す。喫茶営業を始め、町名を冠したオリジナルブレンドもリリース。現在、粕屋町商工会の理事も務めている。
■毎日飲むものだから手軽に
福岡市東区多の津の工業団地にほど近い住宅街にたたずむ「ナガモトコーヒー店」。周りは民家に囲まれているが、看板は大きく掲げているので見落とすことはほぼないだろう。ただ、立地的にはわざわざ狙って訪れるような場所ではある。
「ナガモトコーヒー店」の創業は1982年(昭和57年)と、40年以上の歴史があるというから驚かされる。同店をレコメンドしてくれた筑紫野珈琲の藤崎さんは「ナガモトコーヒー店を立ち上げた長本建郎さんはもともと福岡の大手コーヒー商社に勤めていて、優秀な焙煎士として知られていた人」と話し、かつては福岡の老舗喫茶である珈琲舎のだのコーヒーを焼いていたそうだ。
もともとは卸専門のロースタリーとして開業し、10年ほどは小売りはしていなかったそう。ただ、近隣に暮らす人々から売ってほしいという声が多くなり、小売りをスタート。そのときから正式に「ナガモトコーヒー店」という屋号を掲げたという。
2代目の長本建太郎さんは「父はどれだけおいしいコーヒーを気軽に飲んでもらえるかを常に考えていました。ですから小売りを始めたときから、できる限りリーズナブルな価格を一貫していましたね。そのスタンスは今も変わりません。原材料の高騰で昔より値上がりはしていますが、できる限り価格は上げないよう努力を続けています」と話す。その言葉通り、ブレンドは100グラム500円〜、ストレートコーヒーも100グラム540円〜とリーズナブルだ。
■変わらないことが大切
そんな「ナガモトコーヒー店」で人気No.1なのが町名を冠したかすやコーヒー(100グラム620円)。“粕屋町に暮らす人々に愛されるように”、さらに“粕屋町ならではの手土産の品になれば”という思いを名前に込めた。ブレンドを作ったのは2代目の建太郎さんだ。
「私は幼少期からこの町で暮らし、粕屋町に愛着があります。父は自分なりのコーヒー道を歩んだ人でしたが、私は父が粕屋町で築いた『ナガモトコーヒー店』を受け継いだわけで、どちらかというとこの町に恩返しができるようなコーヒー屋でありたいと思っています」と話す。
淹れてもらったかすやコーヒーを飲んでみると、苦味、酸味、余韻の甘味のバランスが秀逸で、味わいに奥行きがあり、とてもおいしい。このバランスを引き出す焙煎士、ブレンダーとしての技術はさすがだと感じる。
建太郎さんに焙煎やブレンドといった工程でどんな点を意識しているのか聞いてみた。
「父は昔気質の職人肌だったので、焙煎について手取り足取り教えるということはあまりしなかったのですが、口酸っぱく言われたのが『火力』と『排気』のバランス、そして『温度変化』でした。排気が強過ぎると香りが抜け、逆に弱すぎると焦げ臭い雑味が残る。このバランスが焙煎では重要だと言っていたので、今もそこは特に意識を集中しています。ブレンドに関しては、やはり毎日すっと飲めるような味わいが大切。ここ数年、個性的なフレーバーを持った豆もあり、そういうコーヒーもスポットで楽しむ分にはよいのですが、毎日飲むとなるとちょっと違うかなというのが私の考え。なにより当店には父の代から長年通ってくださっているお客様がいるので、変わらない味を届けることができたらそれで十分」と微笑む。
■こだわりという言葉を使わない
先代からの教えの中で、今も建太郎さんが心に留めている言葉がある。それが「こだわりという言葉は使うな」ということ。「父は直感に従い焙煎と向き合うタイプで、いかにも職人という感じでした。そんな性格だからか『どんなジャンルでもプロはこだわって当たり前。こだわりという言葉を使ってはならない』とよく言っていましたね。それは今も私の中のルールになっています。ですから店頭やホームページなどでも“こだわり”という言葉は一切使わないようにしています。たまに、めちゃくちゃプレゼンしたい商品ができたりするといろいろこだわりを述べたくなりますが、それはぐっとこらえて」と笑う建太郎さん。
豆売りの瓶には「コク強め」「あっさり系」などわかりやすい説明が書かれていたり、指標も「甘味」「苦味」「酸味」「コク」の4項目を5段階で表現されている。40年以上地域で愛される理由は、こんな飾らないスタイルにあるのかもしれない。
最後に今後の目標を尋ねると、「大きく変わらないことと、地域に暮らす方々にとって憩いの店であることでしょうか。私自身、商工会の理事を務めているので、粕屋町を盛り上げる一助になれたらうれしいですね」とにっこり笑った。
■長本さんレコメンドのコーヒーショップは「珈香」
「福岡市の西新エリアにある『珈香』は父と交流があったマスターの智原さんが営む自家焙煎店。開業から30年近く経つ老舗なので、知っている方も多いと思います。昔から変わらない雰囲気がステキです」(長本さん)
【ナガモトコーヒー店のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル半熱風式10キロ、COFFEE DISCOVERY 250グラム
●抽出/ペーパードリップ(HARIO V60)
●焙煎度合い/中煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム500円〜
取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)
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