長年暮らしてきた家から引っ越すことになったおばあさん。愛犬のお墓に「あんたともお別れね」と告げるが、墓から出てきた犬の幽霊は、その意味がわかっていなくて……。
pixivマンガ月例賞(2023年5月投稿分)で優秀賞を受賞したタケオキュージュウ(@takeo90)さんの創作漫画「ばいばいモクちゃん」は、犬の幽霊である「モクちゃん」と飼い主のおばあちゃんのお別れを描いた作品。ネーム(下書き)ながら、やわらかなタッチで描かれるやさしい雰囲気と、お別れまでの時間に胸を打たれる漫画だ。
作者のタケオキュージュウさんは、「放課後ストレイシープ」(全3巻、講談社)をはじめ、さまざまな作品を発表するプロの漫画家。ウォーカープラスでは、個人制作として描いた本作の制作背景について話を聞いた。
■「おわかれ」って何？引っ越し前日、愛犬の幽霊とおばあさんの最後の時間
引っ越し業者に荷物を預け、空っぽになった我が家を眺めるおばあさん。庭先には愛犬「モクちゃん」の墓があり、「あんたともお別れね」としみじみ呟いた。
するとその言葉に「え？」と顔を出したのが、幽霊になったモクちゃん。おばあさんには見えていないものの、久々に地上に出てきたモクちゃんだったが、おばあちゃんの言う“おわかれ”がどういう意味か分からずきょとんとするばかり。
けれど、家の中がすっかり片付いて“前”とは違うことに気付いたモクちゃん。楽しかった頃の思い出を振り返りながら、変わってしまった家と、すっかり小さくなってしまったおばあちゃんの姿をかたわらで眺めていく――、という物語。
■かけがえのない「他愛ない日常」を表現した短編
時の流れで変わってしまうもの、お別れしなければならないことは誰にでも訪れるもの。そんな別れを、自分が亡くなったこともよくわかっていない犬の目線からかつての光景を交えて描いた短編作品だ。
「当時の実家の記憶を形にしたくて描きました」というタケオキュージュウさん。今回、そんな本作にこめた思いを取材した。
――「ばいばいモクちゃん」を描いたきっかけを教えてください。
「10年ほど前、実家に立ち退きの話が持ち上がっていました。20歳頃まで過ごした大切な場所が近い将来なくなるのが受け入れられず、モヤモヤした感情を整理させようと本作を描きました」
――「おわかれ」がわからない幽霊のモクちゃんがユーモラスながら切ない存在です。モクちゃんというキャラクターはどんなところから生まれたのでしょうか。
「僕が20歳の頃、実家で犬を飼い始めました。人懐っこいゴールデンレトリバーの仔犬で、よく祖母と一緒に散歩をしていました。ほどなく僕は実家を離れて1人暮らしをすることになり、帰省するのは年に2回程度でした。
それから10年ほど経ったある日、母親からふと犬の死を告げられました。その年の夏に帰省すると既に犬小屋は空でした。でも微かに犬の匂いが残っていました。ちゃんとお別れをしていないという自分自身の感情が、モクちゃんに乗っかっているのかもしれません」
――モクちゃんとおばあさんの過ごす時間と、思い出の光景に引き込まれました。本作を描く上でこだわったポイントがあれば教えてください。
「実家の2階にベランダがあり、祖母が洗濯物を取り込むとき、庭にいる犬がよくこちらを見ていました。祖母が西日に照らされ洗濯物を畳んでいる姿や、犬がそれを眺めている夕方の記憶が、僕にとってどこか切なく、限りある大切な時間でした。他愛ない日常がいかに大切か表現できればいいなと思い、モクちゃんをコミカルに動かして、楽しい雰囲気と切ない雰囲気を同時に描きました」
――家との別れ、モクちゃんとおばあちゃんの別れと、さまざまな「お別れ」が重なる作品です。本作で描きたかった思いを教えてください。
「本作を描いた後、実家は取り壊され、祖母もだんだんと弱っていき亡くなりました。悲しい出来事にはそれを受け入れるだけの時間が必要ですが、実家の立ち退きや祖母の死は事前に受け入れる時間をもらえました。
唯一犬の死だけは唐突だったので、受け入れるために本作を描いたのだと思います。誰でも生きていれば悲しい出来事は必ず訪れるので、この作品がその感情を受け入れ、そして前を向ける要因のひとつになれれば大変うれしいです」
――タケオキュージュウさんの、今後の漫画制作の目標や展望について教えてください。
「商業ではこの作品とは毛色が違う漫画を描いていますが、今年か来年あたりにも新作を発表できると思います。よかったらSNSをフォローしていただければうれしいです！」
取材協力：タケオキュージュウ(@takeo90)
