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コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーを取り巻く背景から、この一杯の価値を見出し、未来を考えるきっかけを作る。「Direct Coffee」

  • 2023年1月10日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第47回は、京都市中京区の「Direct(ディレクト) Coffee」。店主の西尾さんは、東京のカフェを皮切りにバリスタ、サービスマンとして腕を磨き、数々の店の立ち上げにも携わってきた豊富な経験の持ち主。どちらかというと裏方として、東西のコーヒーシーンで活躍してきた西尾さんが、初めて構えた自店には、これまで培ってきたサービスマンとしての哲学が息づいている。心機一転、新天地を得た西尾さんが、コーヒーを通じて伝えたいこととは。

Profile|西尾逸平 (にしお・いっぺい)
1981(昭和56)年、愛知県生まれ。大学卒業後、東京のカフェで働いた後、表参道のパスティッチェリア・ソル レヴァンテ、フレンチスタイルのカフェ・オーバカナル銀座店などに勤務。オーバカナル梅田店の立ち上げを機に関西に移り、退職後はフリーランスのバリスタとして活動。数々の店の開業・運営サポートに携わり、2020年、京都市中京区に「Direct Coffee」をオープン。

■目まぐるしい現場で身に着けた、サービスマンとしての心得
京都市内の新京極や寺町通といった繁華なエリアから少し外れた、六角通沿いに2年前にオープンした「Direct Coffee」。コーヒーショップの開業が相次ぐ京都にあって、まだ新顔ではあるが、バリスタとして長年、経験を積んできた店主の西尾さんは、同業者の間では知る人ぞ知る存在。「今まで、表に出ることが少ないポジションにいたので」とはいうものの、そのキャリアは20年ほど前まで遡る。

大学卒業後、東京のカフェで働き始めた際に、店に置いてあったエスプレッソマシンに興味を持ったのが、バリスタという仕事を知ったきっかけという西尾さん。その後、都内のイタリアンバールや、表参道の人気パスティッチェリア・ソル レヴァンテなどで、本格的にバリスタとしての道を進み始めた。折しも当時は、バリスタという職業への注目が集まり始めていた頃。ソル レヴァンテのあった表参道界隈には、JBC(ジャパンバリスタチャンピオンシップ)優勝2回の石谷貴之さんや、現在、浅草のコーヒーカウンター ニシヤのオーナー・西谷恭兵さんら、実力派バリスタの在籍する店が点在。また、同僚として、2018・19年にJCIGSC(ジャパン コーヒー イン グッド スピリッツ チャンピオンシップ)を連覇した圖師聡(ずし・あきら)さんとも仕事を共にした。時に、彼らの競技会のサポートに帯同するなど、現在も活躍を続けるトップバリスタとの交流にも多くの刺激を受けた。

そこから、フランスの伝統的なカフェのスタイルを日本に伝えた草分け・オーバカナルへ移り、さらに自らのスキルに磨きをかけた西尾さん。「メニューにはコーヒーだけでなく、お酒も料理もある店だったので、いわゆるイタリアのバリスタというより、サービスマンとしての仕事全般に携わりました。多い時はドリンクだけで1日1000杯近くになる注文量とお客さんの回転の速さに対応するため、仕事のやり方を自然と考えるようになりました。忙しい最中でも、その瞬間に最適のサービスを、最速で提供して、お客さんにいかに気持ちよく帰ってもらうか。そのために最適化したサービスを、日々追求していましたね」と振り返る。

しかも、長らく在籍した銀座店はお客の年齢層も高く、オーダーに応えるにも豊富な知識を要する現場だった。「お酒一つとっても、知らない銘柄もいっぱい、飲み方もいろいろあって大変。ただ、それがきっかけで、スピリッツの世界も面白いなと感じて。コーヒーオンリーでやっていては分からなかった魅力を知れたのもプラスになりました」。いまやバリスタはコーヒー専門の仕事と思われがちだが、本来はバールのカウンターが仕事場であり、接客のサービスと共にメニュー全般に通じているもの。サービスマンとして鍛えられたスキルは、西尾さんの揺るがぬ土台となっている。

■多彩な酸味が織りなす“色鮮やかな風味”を追求
その後、オーバカナルの大阪出店の立ち上げを担当したことで関西との縁を得て、退職後はフリーランスのバリスタとなり、あたかも“店の立ち上げ請負人”のように関西各地で活動。さまざまな店の開業やサポートに関わり、時にバリスタとしてオープン後のカウンターに立つことも。その先々で交流を広げると共に、各店の店作りや商品開発などから得た気付きも少なくない。2017年、大阪のキュレーションストア・オーバー ザ センチュリーのディレクションをしていた時には、東京のGLITCH COFFEE & ROASTERSのコーヒーを、関西で初めて紹介。「個人的にいろいろ飲んだ中では一番好きな味わいで、当時、関西で扱っている店がなかったので、せっかくなら思い切って提案してみようと思って」という当時の出会いから、現在、自店でもGLITCH COFFEE & ROASTERSのコーヒーを提供している。

ここまで、いわば裏方として力を発揮してきた西尾さんが、2020年、初めて自身の店として立ち上げたのが「Direct Coffee」だ。「お店を始めたのは、雇ってくれる店がなくなったから(笑)」と茶化すものの、長年、カフェ、コーヒーシーンに携わってきた中で、自分が納得できるものを出したいとの思いは強くなっていったようだ。実は、「元々コーヒーは好きではなくて、若い時から良いイメージがなかった」という西尾さん。だからこそ、逆に客観的な視点でコーヒーと向き合い、常に対価にふさわしいコーヒーの価値を考える。「スペシャルティコーヒーの理念であるフロム シード トゥ カップに照らせば、バリスタは最後にバトンを渡す人。提供する際に、生産者のかけた時間を無駄にしてはいけない。コーヒーを知るほどに、その思いは強くなります。やはり、お客さんへのバトンパスに誠意がなければ、いいカップは届けられないですから。ただ、一般にスペシャルティコーヒーのことはほとんど知られていないので、違いを体験する場がもっと必要だと思います」

店で提案する5~6種の豆は、すべてシングルオリジン。精製方法も幅広く、柑橘やベリー、ナッツ、ハーブなど、温度変化によって現れるフレーバーも実に多彩だ。「若い人に、“なぜコーヒーを飲まないのか?”と聞いたら、“苦いから”という答えが多い。自分もそう思っていたので、浅煎りのスペシャルティコーヒーを求めるんですね。自分はよくコーヒーの風味を色で捉えるんですが、コーヒーは“黒”のイメージが強く、特に苦味は色彩が単調になりがち。そこに酸味が入ることで、風味の彩りにも幅が出てきます。さらに、さまざまな酸味の“色”が重なっても、ぼやけたり、曇ったりせず、一つ一つが鮮やかに分かるのが理想的」と、クリーンな風味が際立つ抽出に腐心する。

■カクテルやペアリングで提案する新しいコーヒー体験
さらに、スピリッツにも精通する西尾さんゆえ、オリジナルのコーヒーカクテルも、この店ならではの醍醐味の一つ。「カクテルは各店オリジナルの技法があり、シロップなどを自家製することで、ペアリングにも独自性が出ます。ソフトドリンクにもバーの技術が使われることが多いし、コーヒーにも応用ができる。スピリッツを使うことで広がる創造性、面白さを知ってもらいたい」と西尾さん。その提供スタイルもまた繊細な仕事が随所に。人気のエスプレッソジントニックは、ワイン用のブルゴーニュグラスを用い、グラスの中に香りを止めるため、あえてステアせずに提供。例えば、柑橘と香草の風味が持ち味のコロンビア・ウィラ・ロドリゴ・サンチェスを使った一杯は、飲み始めはエスプレッソの香味が立ち上るが、グラスをスワリングすると全体の風味がまとまり、レモングラスやミントのような香りが余韻に際立ってくる。合わせるジンの銘柄によっても変わる、コーヒーのフレーバーの変化は新鮮な体験だ。

当初はドリンクメインで始まったメニューだが、開店からしばらくするとスイーツが徐々に充実。いまやスイーツ目当てのお客さんも多いが、これもコーヒーを体験するための契機の一つだ。「どういうコーヒーを飲んでもらうか考えた時に、関西の嗜好はどちらかと言うと浅煎りのコーヒーに向いてない土地柄。その中で提案するには、違う入口があってもいいと思って。自分も甘いものは好きですし、実際、“お菓子と一緒にどうですか”とお勧めすると、自然と飲む機会が生まれます。そもそも、浅煎りは酸っぱいから嫌という感覚には、抽出などの技術的な部分に理由があると思います。フルーツの酸味は味わえるのに、コーヒーの酸味が味わえないはずはない。だから、提供する側がしっかりコーヒーの質をコントロールして、提供の際に落ち度がなければ、飲んでもらえると思っています」

■コーヒーを味わうひと時が、未来を考えるきっかけに
当初はコーヒーが苦手な人のためにと考えたスイーツだが、「通り一遍では面白くない」と、徐々に試行錯誤を重ね、定番や伝統菓子をベースにオリジナリティを発揮。「生菓子はポイントがそれぞれあって、プリンなら柔らかさとテクスチャー。見た目では分かりませんが、ギリギリまで柔らかさを追求しています。またモンブランなら、甘さは控えて洋栗の濃厚な風味を生かすようにアレンジ。試作を重ねていくと、“定番はなぜ不変なのか”といった理由も見えてくるのが楽しい」と、新たな探求心は尽きないようだ。

一方、自らの店を切り盛りする傍ら、 4、5年前から始めた調理専門学校のドリンク専任講師や、JBC、JCIGSCなど競技会のジャッジも務める西尾さん。「ジャッジを始めたのは、競技会で出されるようなハイレベルなドリンクを味わう機会が欲しかったから。コーヒーの抽出技術なども、競技会で見聞きした技術を取り入れたりしています」と、今もほぼ独学でアップデートを欠かさない。それはひとえに、自らの提供するものの価値を高めるための、当たり前の姿勢でもある。

「何年もかけて栽培、収穫されるコーヒー豆には、それぞれに異なるバックボーンがあって、それを知るだけでも、自ずと価値を見出してもらえるはず。お客さんがこの一杯の価値に納得して、いろんなコーヒーにトライする経験から、選択肢を広げてもらうのもバリスタの仕事の一つ。コーヒーにはTPOによって豆を選んで楽しめる魅力があります。その中で、“浅煎りならこの店”という風に選んでもらえたらうれしい」

店名のDirectは、“直接”という意味合いを思い浮かべがちだが、ここでは“方向を示す”というニュアンス。「コーヒーを取り巻く環境には、世界的な課題や取り組みも含まれています。コーヒーを通して未来をどう描くか、この先を考える契機になれば」と西尾さん。コロナ禍でのオープンだったこともあり、店作りはまだ変化の途上。これからを見すえた、西尾さんならではの“ディレクション”に注目したい。

■西尾さんレコメンドのコーヒーショップは「Okaffe Kyoto」
次回、紹介するのは京都市下京区の「Okaffe Kyoto」。
「店主の岡田さんは、JBCのチャンピオンでもあり、長年、コーヒーシーンを盛り上げてきたバリスタの一人。東京にいた頃に知り合って以来のご縁で、関西に来てからは、店のオープンを手伝ったりもしました。店構えこそ喫茶店に見えますが、喫茶店ぽくない要素もあり、さらに京都らしいテイストまで入っているのは、地元出身の岡田さんならでは。持ち前のサービス精神が随所に発揮された、唯一無二のエンターテインメント・コーヒーショップです」(西尾さん)

【Direct Coffeeのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(GLITCH COFFEE & ROASTERS)
●抽出/ハンドドリップ(キントー)、エスプレッソマシン(ブラックイーグル)
●焙煎度合い/浅煎り~中浅煎り
●テイクアウト/ あり(650円~)
●豆の販売/シングルオリジン6種、100グラム1500円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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