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コーヒーで旅する日本/関西編|築90年の町家を再生。ロースターとしての顏も新たに加わった、大らかな憩いの場。「アカリ珈琲」

  • 2022年11月8日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第38回は、大阪府堺市の「アカリ珈琲」。古い町家を自らリノベートした店主の坂本さんは、長年、モノづくりの仕事に携わった後に、カフェを開業したユニークな経歴の持ち主。年季の入った空間を自作の照明が彩る心地よい空間は、開店から15年を経て、界隈の新たな憩いの場として親しまれる存在に。3年前から自家焙煎をスタートし、ロースターとしての顏も加わった。町家ならではの大らかなくつろぎの時間はそのままに、試行錯誤を重ねるコーヒーも新たな楽しみとして訪れたい一軒だ。

Profile|坂本尚之(さかもと・なおゆき)
1980(昭和55)年、大阪府大阪狭山市生まれ。幼少時から機械いじりが好きだったことから、バイク店のエンジニアとなり、照明器具のデザイン、大工などモノづくりの仕事に携わる。その後、現在の店の物件のオーナーとの出会いをきっかけに、堺市に移り、兄の勧めでカフェの開業を決意。古い長屋を自らリノベートして、2008年に「アカリ珈琲」をオープン。2019年から焙煎機を導入し、ロースターとしての取り組みにも力を入れている。

■築90年の町家をよみがえらせた、モノづくりで培った経験
大阪市と堺市の境界を流れる大和川の南岸、湾岸に広がる巨大な工業地帯と対照的に下町風情が残る住宅街。点在する古い木造民家の一つに、小さな看板が掲げられた一軒が。格子戸を開けると、柔らかな光に浮かび上がるどこか懐かしい佇まいに、思わずタイムスリップしたような気分になる。「店の場所が見つけにくいので、初めて来る方は迷うこともあるかも」とは店主の坂本さん。照明器具の作家でもあり、店内の随所を照らす個性的な照明は自らデザインを手がけたものだ。

少年時代から機械いじりが好きだったという坂本さんは、長じてバイク店のエンジニアを経て、照明のデザインや大工など、一貫してモノづくりに携わってきた。それゆえ、店のリノベーションもほぼすべて手作り。「これまでの経験とつながりを生かして、店を改装する時は大工さんやお客さんも巻き込んで、いろんな人の協力があってできた空間です」と、築90年余の建物をノスタルジックなカフェとして蘇らせた。

とはいえ、それまで飲食店の経験は一切なかった坂本さんが、店を始めたのは、ひょんな経緯からだった。「実は、この建物のオーナーである花井さんと縁があって、店より先に自分がこの近所に住み始めたのが、そもそもの始まり。ちょうど仕事のブランクがあった時に、建築関係の仕事をしていた兄から“コーヒー好きやから、堺でコーヒー屋をしたらどうや?”と言われて。改装なども手伝ってくれるというので、割と軽いノリで店作りが始まったんです(笑)」

近年は界隈にはカレー専門店やフラワーショップなど、町家を改装した店舗が点在しているが、当時はほとんど店などなかった頃。最初の飲食店として先駆けとなったのが「アカリ珈琲」だった。折しも、大阪では古い建物を生かしたレトロカフェが注目を集めていた時期でもあったが、「ちょうど大阪・中崎町に残る古い町家の店が人気で、店を見に行ったりもしましたが、当時はSNSもなく、開業にあたって参考にできる情報が圧倒的に少なかった。でも、今思えば、その時代だったからこそ。自分で考えて作る、人まねではないオリジナルの空間ができたと思います」と振り返る。

■焙煎を始めて実感した、“正解がない”ことの面白さ
お酒が飲めないという坂本さんが、「夜でも気軽にコーヒーが飲める店を」との思いで開店した「アカリ珈琲」。当初は23時までの営業でスタート。口コミでじわじわと地元のファンを広げ、界隈の拠り所として貴重な存在に。時には、趣味のサーフィン仲間や前職時代からつながりのある人々も訪れ、和気あいあいの雰囲気が漂う。風通しのよい大らかな空間に坂本さんのオープンな人柄も手伝って、思わず気持ちを緩ませる。

そんな心なごむ店内の真ん中に、焙煎機が現れたのは、開店から10年を過ぎた頃。当初は仕入れていたコーヒーを、自家焙煎へと切り替えた。「長く続けていると、時々、豆の風味が変わることもありますが、自分ではコントロールできない。それなら、たとえ味が変わっても、自分で豆を焼いた方が納得できると思って」と、2018年に1キロの焙煎機を導入、さらに翌年には5キロにサイズアップした。

「焙煎は未経験でしたが、同じ堺市内にある自家焙煎コーヒー店で手ほどきを受けて、焙煎の基本を勉強しました。焼いた豆を試してもらったり、近くにいて聞ける先達の存在は心強かったですね」と坂本さん。コーヒーのメニューは、創業時から変わらず、ストロングとマイルドの2種のブレンドから選べる旨珈琲が店の顏。グアテマラベースのストロングは深煎りのすっきりした苦味、エチオピアベースのマイルドは柔らかな酸味と果実味と、好対照の味わいを提案する。さらに、焙煎機導入後は、シングルオリジンも加わり、ロースタリーカフェとして新たなコーヒーの選択肢を広げている。

焙煎を始めた頃は不安もあったそうだが、「自分がおいしいと思って出していれば、お客さんには受け入れてもらえるかなと。焙煎を始めてみたら、焼き方の過程とか豆の種類とか、いろいろ試したくなって、その変化も楽しんでもらえればと思っています」。シングルオリジンはまだ種類も少ないが、これから焙煎の幅を広げていきたいという坂本さん。「楽しい時もありますが、すごいへこむときもあって、最初からうまくはいかないもの。3年やっても分からないことはいっぱいあるし、逆に分かったらあかん気もします。それ以上伸びしろがなくなるから。正解がないことを面白いと思えるかどうかが大事」。持ち前の職人気質で追求する味作りの変化も、この店を訪れる楽しみの一つに加わった。

■コーヒーは、楽しく飲んでもらえることが一番
一方、店に立つ傍ら、地元の商業施設などでイベントにも積極的に出店。のみならず、海外に出かけた際にも、コーヒーの器具を持参して振る舞うこともあるという。「アメリカにサーフィンしに行った時も、道具一式持って行きました。現地でコーヒーを淹れていたら、地元のロースターの人と縁ができて、一緒にカッピングに参加するなんて偶然もありましたね。アメリカで“自分はロースターやってる”と伝えると、なぜかみんな優しいんです(笑)。コーヒーの知識や技術を持っていると、国が違っても仲良くなれるもんやと感じましたね」。最近は出張喫茶でコーヒーを淹れる機会も増えていて、今後はキッチンカーや海外での出張喫茶といった、店の枠を超えた企画も構想中だという。

「3年続けばいいかな、という思いで始めたのが、今も続いているのは自分でも驚き。始めた時は、“すぐにつぶれるで”という声もありましたが、続けていくうちに徐々に認められて、まさかコーヒーの焙煎までするとは思いませんでした」という坂本さん。今では、すっかりロースターとしての顏も定着してきたが、「根っこにあるのは、自分がコーヒー好きっていうことだけ。自家焙煎を始めた後も店のスタンスはそんなに変わらないですね。豆を焼く時はいろいろ考えることはありますが、飲む時は難しいことは抜きで、楽しく飲んでもらえたらいいと思っています」と、気負ったところは見えない。坂本さんの気取らないもてなしと町家ならではの居心地の良さで、これからも憩いの明かりをともし続けていく。

■坂本さんレコメンドのコーヒーショップは「レッドストーンコーヒー」
次回、紹介するのは、大阪府堺市の「レッドストーンコーヒー」。
「本場イタリアのエスプレッソをメインにした、堺でも数少ないバールです。店主でバリスタの赤石さんは、うちのエスプレッソマシンを導入する時にも相談にのってもらったスペシャリスト。お洒落な空間や多彩なラテアートに加えて、日本に1台しかない貴重なエスプレッソマシンも必見です」(坂本さん)

【アカリ珈琲のコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 5キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ・コーノ式)、エスプレッソマシン(izzo)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン4~5種、100グラム600円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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