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コーヒーで旅する日本/関西編|社会の理不尽に対してコーヒーにできること。「LANDMADE」が見据える持続可能な世界のビジョン

  • 2022年10月11日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第34回は、兵庫県神戸市の「LANDMADE」。これまでの本連載の中でも、たびたびその名が挙がる店主の上野さんは、長年、神戸のコーヒー卸に勤めた後に独立。全国各地での焙煎指導や勉強会の開催、セミナーなどの講師も務める、関西のコーヒーシーンを牽引する中心人物の一人だ。そんな上野さんが、コーヒーの世界へ進んだきっかけは、豆の取引を通した生産国への貢献の仕組みを知ったことから。開店後は産地の現状はもとより、難病の子供とその家族、女性の働き方など、コーヒーを通じてさまざまな社会的な理不尽を改善する取り組みを続けている。一杯のコーヒーと社会のつながりを、自らの行動で伝える上野さんが描く持続可能な社会のビジョンとは。

Profile|上野真人(うえの・まさと)
1982(昭和57)年、神戸市生まれ。高校卒業後、イタリアンバールで働くなかで、自らのコーヒー嫌いに疑問を持ち、改めてコーヒーについて学ぶべくスターバックスで掛け持ち勤務。コーヒーの生産・流通の仕組みを知ったのをきっかけに本格的にコーヒーの世界へ進み、神戸のコーヒー卸・マツモトコーヒーに入社。8年の在職中に多岐にわたる業務を経験し、Qグレーダー資格の取得や独自の焙煎メソッドの構築、100社以上の焙煎指導にも携わる。2016年、ポートアイランドに独立して「LANDMADE」をオープン。小児がん専門療養施設・チャイルド・ケモ・ハウスの支援や、コーヒー生産者の生活向上など、開業以来、コーヒーを通した社会貢献活動の領域を広げている。

■コーヒー嫌いの目を開かせた、コーヒーと世界とのつながり
神戸市街の対岸に浮かぶ人工島・ポートアイランド。整然と立ち並ぶマンションの一角にある、「LANDMADE」の扉を開けるとふわりとコーヒーの香りに包まれる。店主の上野さんはQグレーダーの資格を持ち、店での焙煎指導や、セミナー、料理学校などの講師を務める、まさにコーヒーのスペシャリストと呼べる存在。それが、「元々、子供の頃からコーヒーだけが飲めなかったんです。ミルク99%のカフェオレでもダメでした(笑)」とは、今の姿からは想像もつかない。

そんな上野さんが、コーヒーを意識し始めたのは、高校卒業後に働きだしたイタリアンバールでのこと。この時もまだ、コーヒーは飲みつけず、最初は、あんな苦い飲み物をお客が注文しているのを不思議に思っていたという。「ただ、しばらくすると、逆に自分だけが飲めないのはなぜかと、思い始めて。自分がおいしいと思えないものを出すのは気が引けたし、実はコーヒーのことをよく知らないだけではと考え直したんです」。そこで上野さんが取った行動は、スターバックスとの掛け持ち勤務。早朝にスターバックスに行き、夕方からバールに戻るという生活で、正面からコーヒーと向き合い始めた。その間に初めて分かったのは、コーヒーを取り巻く環境や背景にある事情だった。

「スターバックスでは、産地とパートナー契約を結び、良い豆を作った農園には相場の価格に+αのインセンティブを乗せて仕入れていました。今でいうダイレクトトレードの先駆けで、豆の取引を通して、搾取されがちな貧困層の生産者を支援できることに驚き、コーヒーの味よりもその仕組みに強く惹かれました」。自らもそのサイクルを担うなら原料を扱うことが必要と感じ、生豆・焙煎卸の仕事に目を向けた上野さんは、地元・神戸のコーヒー卸・マツモトコーヒーの門を叩くことになる。「初めておいしいと感じたコーヒーは、マツモトコーヒーの面接の時に出してもらった一杯で、結果的にこれがスペシャルティコーヒーとの出合いでした。しかも、ちょうど先輩社員が急に退職されたタイミングで、いきなり焙煎を任せてもらうことになったんです」。幸運にもチャンスをつかんだ上野さんだったが、その後に苦難の道のりが待っていた。

■味覚障害を乗り越えて、築き上げた独自の焙煎メソッド
入社後ほどなくして焙煎の仕事に就いた上野さんだが、昔ながらの職人気質の現場とあって、手取り足取り教えてもらうようなことはなく、見よう見まねの手探り状態。「焙煎のイロハも知らない状態で、最初に焙煎機を触った時は、電源の入れ方が分からなくて(笑)。一事が万事で、いきなりうまく豆が焼けるはずもなく、2、3年はしんどい時期が続きました。本来、卸先に焙煎のことを聞くのは良くないのですが、当時は毎週、配達で通っていた神戸のロースター・樽珈屋の大平さんに、焼いた豆を味見してもらったり、相談に乗ってもらったり、よく助けてもらいました」と振り返る。さらに、しばらくして味覚障害まで発症してしまったというから、その悩みとストレスは相当なものだったのだろう。

それでも、めげることなく、自ら味覚を回復させるべく独自のリハビリを実践。焦げに近い深煎りのコーヒーと生に近い浅煎りのコーヒーの味比べを毎日繰り返し、わずかな違いを頼りに味覚を再構築。2年かけて感覚を取り戻していったというから、その精神力たるや恐れ入る。まさに修業と呼ぶべき日々だったが、「マツモトコーヒーに全国から卸の引きが切らないのは、商品に対して誠実で嘘がないから。いい原料を公正な値段で卸し、口コミや紹介で信用を広げる愚直な姿勢は、これ以上ない商売のお手本でした」と、自分が選んだ道への信念は揺らぐことはなかった。

考えうるあらゆる試行錯誤を重ねて腕を磨き、やがて周囲からの信頼を得られるようになった上野さん。その間に、Qグレーダーの資格を取得し、2013年にはカップオブエクセレンス(以下 COE)を主催するALLIANCE FOR COFFEE EXCELLENCE(以下ACE)が開催するトレーニングを受ける機会も得た。COEで選ばれたコーヒーはオークションで入札され、生産者にダイレクトに還元されるシステムだが、その後の豆の加工の巧拙によって品質に差が出ることも多かった。そこで、消費者に渡る段階でのクオリティを保つため、当時ACEが焙煎やカッピングの指導を行っていた。上野さんが参加したのは、日本で唯一開催されたトレーニングであり、日本人の受講者は3名のみという貴重な経験となった。

「カッピングと焙煎で5日間のプログラムでしたが、特に良かったのが焙煎の研修。ここで焙煎に対する考え方がガラッと変わりました。かいつまんで言うと、従来は焙煎機のタイプや熱源、サイズの違いによって出せる味が違うと思われていましたが、焙煎は単なる化学変化だから実はハードの条件はほぼ関係ない、ということ。実際の研修では、古い直火焙煎機と100グラムの電熱式サンプルロースターで同じ豆を焼いて飲み比べていったのですが、最後は味の差がほぼなくなって、機体によって結果は変わらないというのを実感しました。さらに、カッピングの研修で使ったコーヒーもすごくおいしかったんですが、実は焙煎の研修で使ったのと同じ機体で焼いていたと聞いて2度びっくり。まさに目から鱗の体験でした」と上野さん。この頃には全国各地で焙煎指導を行っていたが、トレーニングの経験を元に、どんな機体でも同じように豆を焼ける独自の焙煎メソッドを構築していった。当時は異端的なアプローチだったが、焙煎に科学的プロセスを取り入れるようになった近年は、この考え方はスタンダードとして定着しているというから、かなり時代を先駆けていたことになる。

■コーヒーを通して、社会の理不尽を改善する取り組み
マツモトコーヒーで過ごした約8年の得難い経験を通して、知識と技術を蓄積していった上野さんに、独立を促す転機が訪れたのは、2014年。自身が骨髄移植のドナーとして入院している時に知った、チャイルド・ケモ・ハウス(以下 チャイケモ)の存在だった。チャイケモは、難病を抱える子供が家族と共に過ごし、治療が受けられる小児がん専門治療施設として2013年に設立。“子どもは社会で支える”“理不尽を社会で解決したい”という理念に基づく取り組みに強い共感を覚えたという。「この活動のすばらしさに感銘を受けて、子供はもちろん大人も大変な状況に置かれる理不尽さに対して、コーヒーを通して少しでも何かできないかと。自然にそう思ったことが、店を開くきっかけになりました」

店の立地として決して便利とは言えないこの場所に店を構えたのは、ひとえにチャイケモを近くで応援したいという思いの現れ。以来、月に一度は施設を訪れてコーヒーを振る舞い、クリスマスには毎年プレゼントを贈ったり、チャリティーイベントを企画したりといった活動は、「LANDMADE」の大きな柱の一つとなっている。また、地元の子供たちにチャイケモの存在を知ってもらおうと、日常的な取り組みとして、こどもコーヒーを販売。文字通り子供専用のコーヒーで、1杯100円の代金のうち10円をキャッシュバックし、チャイケモの募金箱に入れてもらうシステム。言葉で説明するより行動を通して、日常的にチャイケモの活動を知るきっかけを作りに腐心している。

さらに遡れば、こうした社会貢献への意識はバール勤務時代から持ち続けてきたものでもあり、今の店のスタッフを子育て中の女性のみに絞っているのも、当時から考えていたことだった。「バールにいた頃、カウンターでの仕事は楽しかったんですが、ずっと現場にいようと思うと雇用形態が不安定で、休みも少なく拘束時間も長い。さらに技術を磨くための投資も必要になります。独身男性ならまだしも、女性が続けるにはハードルが高い職場です。多くの人がコーヒーの仕事に携わるためにも、女性の働き方を何とかしたい、という思いが出発点にあります。現在、豆の取扱いは9割が卸ですが、小売りに比べると店舗営業に縛られず時間の自由がききやすい。開業時の想定とは違いましたが、スタッフが長く続けられる環境としては今の形がいいですね」

社会のさまざまな理不尽を改善する姿勢は、生産者に貢献するスペシャルティコーヒーも同様。そもそも、上野さんがコーヒーの世界に引き込まれたのも、ダイレクトトレードによる産地支援の仕組みが発端だった。店頭に並ぶコーヒーは、トレーサビリティの明確な豆だけを吟味し、7種のブレンドは“毎日のみたい”“フルーツの甘さ”“ガツンと苦い”など、風味特性を分かりやすく提案する。「コーヒーはとかく難しくなりがちですが、うちのコーヒーはいわばテーブルワインみたいなもの。毎日飲んでもらえる価格帯にすると、お客さんもスペックはあまり気にされません。卸先も障害者施設やコミュニティカフェなどうちと取り組みが近いところが多くて、特別な味よりも飲みやすさ、誰もがおいしいと思えるコーヒーが人気です」

一方、シングルオリジンは、産地の名称に生産者の名前を冠して販売。こちらも豆のスペックを語るより、上野さんが応援している生産者の顔を見せることで、産地をより身近に感じてもらおうという趣向だ。「基本的には、その人が推す一番にいい豆を仕入れています。年によって農園や作柄は変わりますが、農産物だからそのまま。さらに紹介する人を増やして、コーヒーで産地に貢献するスペシャルティの本質を伝えたいですね」。産地とのつながりを感じるコーヒーを、もっと気軽に飲んでもらえるよう、コーヒーバッグの販売にも注力。ハンドドリップと異なり、湯につけるだけで抽出時の失敗がなく、自分好みの味が作りやすいの簡便さでファンを広げている。

■持続可能な世界を作るために、“コーヒーにできること”
難病の子供と家族の支援、女性の働き方、そしてコーヒー生産者への貢献。「LANDMADE」を構成する一つ一つを、周囲の人々を助け、社会の理不尽を解決する取り組みへとつなげている上野さん。一方で、自らを凝り性の気質と評するだけに、コーヒーそのものにかける熱意も人一倍だ。凝り性の本領を発揮して、かつて格闘ゲームの大会で2度日本一になったほどで、当時、培われた、試行錯誤を積み重ねる探求心と向上心は、コーヒーに向き合う姿勢にも通じるものがあるという。マツモトコーヒー時代から始まり、今も続くコーヒーの勉強会は、その最たるものの一つだ。最初は3、4人で焙煎やカッピングの情報交換というレベルから始まって、現在は10人ほどの焙煎士が参加。近年は焙煎の競技会・ジャパン コーヒー ロースティング チャンピオンシップ(以下 JCRC)を目指し、毎回、参加者が指定された豆を焼いて持ち寄り、味を比べるコンペ形式で開催されている。上野さんにとってこの勉強会は、技術や知識の共有と共に、絶えず技術のアウトプットができる場として捉えている。

「全国トップレベルの焙煎士が集まって、毎月一回開催しているので、アウトプットの整理・検証・フィードバックを最速でできる場として貴重です。競い合いの中で知識や技術をアップデートしていく方法は、ゲームの世界も同じ。しかも強いプレーヤーほど、誰よりも周りに技術をシェアするんです。プロ同士がひっきりなしにシェアしていると、プレーヤーの層が厚くなり、より強くなるという、良い循環ができます。逆に、コーヒーは職人的世界観が根強く、以前から”なぜ技術を隠したがるのだろう?”と疑問を持っていました。感覚に頼らず、焙煎を科学的に検証・言語化して、頻繫にシェアを重ねているグループは世界的にもないはず。だから、いずれは勉強会のメンバーで競技会の世界チャンピオンが出るだろうと思っています。もちろん、それが自分であれば一番いいですね」。事実、この勉強会からは4年連続でJCRC優勝者を輩出。世界大会出場者やジャッジ経験者なども集まり、毎回、真剣勝負を繰り広げている。「今の世界の基準なども知ることができますし、実際、世界は身近になってきています」という、上野さんの言葉も大げさではない。

上野さんが焙煎世界一を目指す理由は、先々に描く構想にもつながっている。「コロナ禍の中でも卸は増えていて、さらに増やすには、もっと産地に行くべきと考えています。現地を訪ねた方が産地を応援する幅が広がりますし、その時に“世界一の焙煎士”というネームバリューがあると説得力も違ってきます。例えば、産地で加工・消費する場を作れれば、生産者の生活を直接支援できるし、高品質の豆も産地で飲むこともできるかもしれない。現地の子供が、“うちの父ちゃんが作ったコーヒーだよ”、とか言って出してくれたら、めちゃくちゃおいしいと思うんです」と想像を膨らませる。

さらには、将来的にカフェを開業したいという思いもある。「例えば、妊娠育児中は焙煎や販売、独身や育児後はカフェでと、女性がより長く働き続けることができる、働き方の選択肢が作れたら」。コーヒーは広く社会とつながっている。そのことを、決して掛け声だけで終わらせず、リアリティを持って行動し、形にする上野さんを見ていると、“コーヒーにできること”を身近に実感させてくれる。開店から7年を経たが、「LANDMADE」の歩みはまだ途上。上野さんが描くビジョンは、今もさらに広がり続けている。

■上野さんレコメンドのコーヒーショップは「明暮焙煎所」
次回、紹介するのは、神戸市須磨区の「明暮焙煎所」。
「同じマツモトコーヒーから豆を仕入れておられるのが縁で、初めて訪ねて以来、お互い行き来するようになり、一緒にイベント出店したこともあります。店主の田村さんご夫婦の人柄がとても良くて、地元にしっかり根付いてお店を続けておられるところに好感が持てます。近くにあったら通いたいと思える一軒です」(上野さん)

【LANDMADEのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジ レヴォリューション 5キロ(完全熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ あり(300円~)
●豆の販売/ブレンド7種、シングルオリジン4種、100グラム500円~

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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