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コーヒーで旅する日本/関西編|束の間のコーヒブレイクを心地よく満たす、“あなたのための一杯”。「二条小屋」

  • 2022年8月30日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第28回は、京都市中京区のコーヒースタンド「二条小屋」。高校時代からコーヒー好きという店主の西来さんが、建築設計の仕事から転身し、開業するきっかけとなったのが、築70年を超える古い町家との出合い。駐車場の奥にひっそりと立つ店構えは、まさに市中の隠れ家の趣だ。一人ひとりのお客と向き合い、目の前で丁寧に抽出するコーヒーは、西来さんにとって束の間のくつろぎに寄り添うためのもの。コーヒースタンドでありながら、「店を出た後に飲んだことすら忘れてもらうのが理想」という西来さんが提案する、この店ならではの“コーヒーブレイク”の真意とは。

Profile|西来昭洋(にしき・あきひろ)
1981(昭和56)年、兵庫県加古川市生まれ。高校時代、神戸の炭火焙煎の元祖・萩原珈琲との出合いから、コーヒーの魅力に引き込まれ、飲み歩きや抽出の研究を始める。デザイン専門学校を卒業後、建築設計事務所に就職し、オフィスに併設する自社運営のカフェで約5年、店長を経験。その後、不動産会社に転身し、古い町家の物件との出合いを機に、コーヒー店の開業を決意。自ら建物のリノベートを手掛け、2015年に「二条小屋」をオープン。

■コーヒーの醍醐味を初めて感じた炭火焙煎の味わい
世界遺産・二条城のお堀端からすぐ南。細い小路にある駐車場の、そのまた奥に垣間見える「二条小屋」の店構えは、知らなければ存在自体を見過ごしてしまうだろう。一見、時代に取り残されたような古い町家が、まさかコーヒースタンドだとは、よもや思うまじ。「通りがかりの人が入ってくることは、まずありませんね」と笑う店主の西来さんは、以前は建築の仕事に就いていたが、この建物に出合ってしまったことから自店を開業することに。京都に数ある町家改装型の店の中でも、稀有な一軒を造り出した西来さんが、この場所に巡り合うまでの物語は港町・神戸から始まった。

「家族で食事の後に喫茶店に寄ることが多く、子供の頃から、店の雰囲気に惹かれるものはありました」という西来さん。高校生になる頃には、家でもコーヒーを淹れるようになり、アルバイトで貯めたお金で喫茶店を巡るようになっていた。その中で、今に至る原点になったのが、創業90年を超える炭火焙煎の元祖・神戸の萩原珈琲だ。「17歳の時に、萩原珈琲の豆を使っている喫茶店で初めて飲んで、深煎りでしたが後味に嫌な感じが残らず、まだ苦味に耐性が少ない時期に、おいしいと思えたのが印象に残りました」と振り返る。

その後、大阪のインテリアデザインの専門学校に進学。2000年代前半の当時、世はカフェブーム真っ只中だった。「カフェやリビングで過ごす時間が好きで、店舗デザインも勉強しました。当時、人気のインテリアデザイナーが手掛けたカフェから、深煎り・ネルドリップの名店まで、新旧問わず訪ねていましたね」と、多彩な店を巡る中でカフェカルチャーを体感。卒業後、芦屋の建築設計事務所に入ってからもコーヒー熱は冷めることなく、方々の店を飲み歩いたり、独自に抽出の研究を重ねたり、さらにコーヒーへの関心は深まっていた。

■古い町家に見出した、自分が何かをやるべき場所
そんな折、オフィスが神戸に移転したのを機に、喫茶店好きだった事務所社長が、オフィスに併設して自社運営のカフェ・いちくらを開業。ここで、コーヒー好きを見込まれて、西来さんが店長を務めることに。「この頃には、休日に手焙煎もしていました。ただ、カフェでコーヒーを提供するようになってからは、自分で試行錯誤するだけでなく、事務所近くにあったコーヒー専門店のマスターに、淹れ方を教えてもらったりしていました」。この頃はまだ、自分の店を持ちたいとは思っていなかったが、自らコーヒーを淹れて供する経験が、後に自分の店づくりにも生かされることになる。

さらに事務所が京都に移転してからも、カフェの営業は続き、述べ5年ほどマスター業を務めた西来さん。ただ、この時には自身に大きな心境の変化があった。「このままの生活ではなんだか面白くないと思い始めたんです。改めて今後を考え直した時に、大家さんっていいな、と思いついたんです。自分で改装した物件を賃貸する仕事は向いているかもと」

新たな道に進むために会社を辞し、2013年から不動産会社へ転身。その間、住んでいたマンションの立退きという不運に見舞われたが、このアクシデントが、思わぬ出会いをもたらした。「次の住まいとして、改築可能な物件を探していたついでに、事業用にも賃貸にも出せる物件も見ていたところ、1Kの家として出ていたのがこの建物。ほかにも条件に合う物件はたくさんありましたが、ここだけは人に貸すんじゃなくて、自分が改装して何かをやるべき場所だと直感したんです。それほど面白い存在感がありました」

とはいえ、築70年を超える建物を初めて見た時は、内部はボロボロ。到底人が住める状態ではなく、物置などに使うのがせいぜいという状態。それでも、迷わず物件を押さえ、1年後にリノベートに取り掛かった。「3カ月ほどかかって、ほぼ自分で改装をやり遂げました。畳をはがして、壁に窓を開け、水道を引いてと、かなりの重労働でした。実は改装を進めている間は、お好み焼き屋のようなスツールを置いたカウンターをイメージしていましたが、床下が腐っていたため、床を抜いて土間を打ったところ、天井が高くなったので。立ち飲みもいいなと思ったんです」。偶然の変更から、稀有なコーヒースタンドが誕生したのは、2015年のことだった。

■束の間のコーヒーブレイクに寄り添う“あなたのための一杯”
店名通り“小屋”の趣を呈する店で提供するコーヒーは、自らのルーツである萩原珈琲の豆を使用。しかも、1杯分に通常の倍ほどの豆を贅沢に使う。「焙煎は家でもやっていましたが、自分で特徴を出すのは難しいと感じて。それなら、思い入れがあって、他にない炭火焙煎のコーヒーがいいと思って」と西来さん。とはいえ、看板の小屋ブレンドは豆を自ら配合するオリジナルだ。「配合するレシピは、大まかには一緒ですが、その時々で変わります。自分の嗜好も変化するので、配合を決めず、時季ごとに飲んで感じた印象を大事にしています。配合によって、幅広い表現があるブレンドは、抽出の条件も加味すると、“組み合わせは無限にある”と感じられるのが醍醐味であり、毎回、考えるのは楽しいですね」

何より印象的なのは、一人ずつお客と向き合い、目の前でコーヒーを抽出する、この店独特の流儀だ。「いちくら時代に、カウンターに座る常連さんを見ていて、目の前で淹れる方が満足感が高いのかなと感じました。別の場所でカップに入れたコーヒーを出すよりは、オープンキッチンで見えた方が楽しいし、過程を見せることで、1杯にかける手間ひまが伝わるのでは、という思いもあります」。料理も同じで、できるまでの過程を見て、素材のストーリーを知った方が、味わいも一層増すというもの。何より、西来さんにとって大切なのは、お客一人ひとりと向き合える時間だ。

「コーヒーを淹れる時、誰のために淹れているか、分かった方が気持ち的にもしっくりきます。注文時は、あえて自分からコーヒーをお勧めすることはなく、お客さんに選んでもらうのが基本。好みや苦手を聞いたり、カップを選んだり、その時の気持ちをくみ取って淹れています。1杯立てで“あなたのためのコーヒー”として出すので、この豆だからこの淹れ方、というのは決まってないんです」。抽出に使う豆は約20グラムを基本としているが、深煎りなら28グラム、アイスコーヒーは30グラムに増やし、やや粗挽きに。ドリッパーも、ホットはカリタ、アイスはハリオ、さらにネルのようなどっしりした味を求められればコーノ式を使うことも。抽出器具を使い分け、挽き目や豆の量、湯の温度、濃度も都度、調整し、時には、お好みのブレンドまで対応することもあるとか。

それぞれのお客にベストなコーヒーを届けることに腐心し、とことんまで好みに応えた、“あなたのための一杯”。それだけに、じっくり味わいたいものだが、店の入口には“長居は無用”との張り紙が。くつろぎには時間が必要と思いがちだが、西来さんのスタンスは一味違う。

「スタンドという構造的な理由もありますが、この店ならではのコーヒーブレイクは、短時間でも満足感が感じられるもの。店を始めてから3年目くらいに、自分の仕事は“いい時間”を作るためなんだということが明確になりましたね。店に来て、ちょっとした時間で気持ちをリセットして、足取り軽く帰ってもらうことを第一に考えます。だから、店を出た後に、コーヒーを飲んだことすら忘れてもらうのが理想。コーヒーを研究している時ほど忘れがちですが、誰かにとっての一区切りの時間をきれいに満たせる場でありたいですね」。あくまでコーヒーは、訪れるお客一人ひとりの束の間の休息に寄り添う名脇役。“あなたのための一杯”は、日常を離れるほんのひと時のためにある。

■西来さんレコメンドのコーヒーショップは「IWASHI COFFEE」
次回、紹介するのは、京都市上京区の「IWASHI COFFEE」。
「店主の真下さんが以前、老舗の旅館での間借り営業をしていた頃、旅館のオーナーを通じて知り合って以来、よくお店を訪ねています。2020年に移転した新しいお店は、西陣の静かな住宅街にあって、コーヒーブレイクにぴったりのロケーション。気持ちをほっこりさせてくれるコーヒーからは、真下さんが“コーヒーを楽しんでいるな”、という雰囲気が伝わってきます」(西来さん)

【二条小屋のコーヒーデータ】
●焙煎機/なし(萩原珈琲)
●抽出/ハンドドリップ(カリタ、ハリオ)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/ あり

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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