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コーヒーで旅する日本/関西編|音楽の道からコーヒーの世界へ。移動販売から始まった辺境のロースターの進化の軌跡。「中山珈琲焙煎所」

  • 2022年8月16日
  • Walkerplus

全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

関西編の第26回は、京都府南部の木津川市にある「中山珈琲焙煎所」。店主の中山さんは、長年続けた音楽の道から、コーヒーの世界へと転身。地元で小さなコーヒー屋台からスタートし、イベント出店で多くのファンを獲得して、いまや関西で人気のロースターの一つに。コーヒーの知識も、商売の経験も、まったくのゼロから始めた店は、2021年のリニューアルを経て、今も進化を続けている。決してアクセスが良いとは言えない場所にあって、この店が変わらぬ支持を得る所以とは。

Profile|中山修也(なかやましゅうや)
1980 (昭和55)年、大阪府生まれ。大学卒業後、アルバイトをしながら、高校時代から始めた音楽活動を続けた後、京都の染物工場にて約3年勤務。この頃に、コーヒーを淹れる楽しさに魅了され、2009年から自宅で焙煎を始め、野菜直売所やマルシェ、イベントなどでコーヒーの販売をスタート。その後、焙煎所を独立させ、2010年、京都府木津川市に「中山珈琲焙煎所」を開業。2021年に、店をリニューアルし、イートインスペースも併設。

■“初めて自分で淹れた一杯”からコーヒーの楽しさを発見
京都府最南端、奈良県との境に広がる木津川市。田園地帯の丘陵地に開けた住宅街の入口に、2021年に新装したばかりの「中山珈琲焙煎所」のスタイリッシュな店構えが現れる。前面がガラス張りになった店内は、「カウンターから目を上げると、開放的な景色が広がって、気持ちいいですね」と店主の中山さん。コーヒーショップというよりは、コーヒー“ラボ”と呼びたくなる、整然とした空間にあって、ひときわ目を引くのは、窓際に並ぶ大・中・小とサイズの異なる3台の焙煎機だ。開業以来、中山さんが使用してきた、歴代の機体は、そのままこの店がたどった足跡と重なっている。

元々コーヒー好きだった中山さんが、本格的にその深みへ引き込まれたのは、28歳の頃。それまでは、高校時代に友人と始めたヒップホップユニットで音楽活動に邁進していたが、10年続けても鳴かず飛ばず。先々を見据えて、京都の染色工場に就職してしばらく経った頃だった。「当時からコーヒーのおいしい店を探し歩いたりしていましたが、もっぱら飲む方が専門で、自分でコーヒーを淹れたことはなかったんです。ある時、友人が手回しのコーヒーミルとドリッパーをプレゼントしてくれて、初めて豆を挽いて淹れてみたんですが、挽き立ての豆で淹れるとこんなにも違うのか!と、衝撃を受けたのを覚えています」

自分の手でも、おいしいコーヒーは作れる。その感覚が忘れられず、以降、いろんな豆を買っては淹れてを繰り返したという中山さん。ここで、コーヒーの楽しみを覚えたことが、新たな道を拓くきっかけになった。「音楽を諦めた後で、気持ちは落ち込んでいたんですが、コーヒーに触れていると楽しかった。それなら、これを仕事にすればいいんじゃないか?」と、不安もありながら動き始めた。

とはいえ、当時は、市内にコーヒー専門店などほぼ見当たらなかった頃。豆を販売しようと思っても、いきなり始めたのではお客が来る見込みがないかもしれない。それなら、まずは飲んで味を知ってもらおうと、近所の野菜直売所の軒先を借りてコーヒースタンドをスタート。屋台のような小さな店が、コーヒー店主としての原点にある。「始めるにあたって、実家のキッチンに手回しの焙煎機を置いて、自分で豆を焼き、店で挽いて、抽出していましたが、最初はやっぱり自信がなくて。直売所で一緒に軒を並べていたパン屋さんや惣菜屋さんから、“もっと大きい声出しなさい”とか“値付けが安すぎるんちゃう?”とか、アドバイスをもらいながらの営業でした」と振り返る。その時は、コーヒーのことはもとより、商売のイロハがまったく分かっていなかったという中山さん。売上のほとんどを原料や設備につぎ込む自転車操業で、3年ほどは赤字が続いたそうだ。

ただ、意に反して、「一番エキサイティングだったのはこの頃」と中山さん。「自分が作ったものに対して、おいしいという声を聞けて、お金払ってもらえる。ただそれだけで、うれしさもひとしおでした」と、自分で作って売ることの喜びは、今も心に深く刻まれている。
■大型焙煎機導入で変わった店主としての自覚
今のように、コーヒーのイベントやポップアップストアなどなかった当時、露店で豆から挽いてコーヒーを抽出するスタイルは珍しかった。ユニークなコーヒー店として徐々に注目を集め始め、2008年頃から近隣のイベントなどにも積極的に出店するようになった。「当時はお客さんのニーズに応えた深煎りの豆が中心で、店のイメージが徐々に付いてきてました。手回しの焙煎機にも深煎りは合っていたんですが、ただ、焙煎時の煙の量がすごくて、キッチンでの焙煎は限界を感じたので、別の場所に焙煎の作業場を移しました」

焙煎量も増えたことで、この時に焙煎機も手回し式から、富士珈機の小型焙煎機・ディスカバリーに入れ替え、各地のイベントに飛び回った。「焙煎機といっても200~300gの容量なので量が追い付かず、1日中焙煎しながら販売するという日もよくありましたね」と中山さん。それでも、京都、奈良、大阪と出店範囲を広げ、いつしか出店者の間で“どこにでもいるな”と言われるほど、あらゆる機会に顔を出していた。その甲斐あって、イベントを通じて多くのファンを獲得し、飲食店などの卸先も増え始め、ロースターとしての存在感を増していった。

その後、焙煎の作業場として使っていた建物を拠点として、2010年、「中山珈琲焙煎所」をオープン。この頃、生豆の卸先を通じて、神戸のコーヒー卸・マツモトコーヒーとの縁を得たことで、店主としての自覚が強まったという。「社長の松本さんには、知り合って以来、よくアドバイスをもらっていたんですが、初めてうちの店に来られた時に、“ディスカバリーは一日中、動かすような使い方をする機体ではない。本気で店をするならお金を借りてでも大きい焙煎機を買った方がいい”と言われたのを機に、フジローヤルの3キロを導入したんです。店に大きな投資をしたことで、店の運営や商品の質に対する意識が変わりましたね。今思えば、小さい焙煎機で無茶をしてたなと思います(笑)」

物心ともに環境を整えて心機一転、スタートした「中山珈琲焙煎所」。当初の豆のラインナップはブレンド4種から始まり、今ではシングルオリジンも7,8種と徐々に幅を広げてきた。ちょうどスペシャルティコーヒーが広まり始めた時期にあたるが、中山さんにとっては生産国を訪れたことで、シングルオリジンへの思い入れが深まったようだ。「コーヒーに関わり始めた頃は思いもしませんでしたが、コーヒー店主になってみると、中米や南米に行きたくなるんですね(笑)。ちょうど2010年に、マツモトコーヒーとのつながりから初めて産地訪問ツアーに参加して、これまでホンジュラス、グァテマラ、ブラジル、インドネシアを訪ねました。特にホンジュラスの農園は、家族経営で、現地でもよくしてもらったので応援したいですね。やはり産地に行くと、豆を勧める時も説得力が出てきます。なるべくなら、現地での出会いなども含めて伝えていきたい」と話す。

■初心を忘れず、味わいに“芯”のあるコーヒーを
扱う豆の幅が広がると共に、コーヒーの世界のトレンドの変化も受けて、近年は浅煎りへの理解を深めているという中山さん。現在も深煎りの人気は根強いが、シングルオリジンでは中煎りから浅煎りを中心に展開している。その焙煎度の幅に対応するため、店のリニューアルを機に導入したのが、店内の機体のなかでも最も大きいプロバットの焙煎機だ。

「浅煎りの風味を出すために選んだのがこの焙煎機。熱風による加熱が強く、導入後は豆の仕上がりもすっきりクリアな味わいになってきました。手回しに始まり、ディスカバリー、フジローヤルとサイズが大きくなるにつれて、深煎りから浅煎りへ焙煎も進化していった感じですが、それでもうちのカラーとして、開業当初のどっしりした飲み応えを感じられるように心がけています」

現在、サンプル用にディスカバリー、中~浅煎りはプロバット、深煎りや少量焙煎はフジローヤルと使い分けているが、浅煎りは軽くなりすぎず、深煎りは重くなりすぎず、この店ならではの味の“芯”を残す味作りに腐心する。例えば、コロンビアとグァテマラを配合したハウスブレンドは、開店時より浅めになったが、とろんとした口当たりと柔らかな酸味が余韻にまろやか。また最も深煎りのオールドファッションは、スモーキーな香りを残しつつ、カラメルのような香ばしい甘みが心地よく広がる。いずれも、単にきれいな味わいという印象に止まらず、しっかりとした濃度と飲み応えを感じさせる。

「誰が淹れてもおいしいと思えるコーヒーが理想。抽出についてはいろいろ言われていることもありますが、基本的には、挽きたての豆を使って淹れてもらえれば、及第点の味になるはず。逆に、それさえ守ればいいという感覚で、あまり難しいことは言わないです。なぜなら、豆を挽いて淹れた時の味の違いは自分が一番よく知ってますから」。開店以来、豆の販売を主としてきたが、先々はカフェを作ってみたいという思いもあるそうだ。「最初に始めた屋台の時のように、目の前でお客さんがコーヒ-を飲んで、楽しんでいる姿を見られる、そういう場所ができたらと思います」。店を構えた今も、イベントの出店を続け、新たな出会いに刺激を受けている中山さん。自らの手で作ったコーヒーを届けることに喜びを見出した、屋台での出店から10数年を経て、今の中山さんならどんなカフェを作るのか?実現する日が来るのを楽しみに待ちたい。

■中山さんレコメンドのコーヒーショップは「サーカスコーヒー」
次回、紹介するのは、京都市の「サーカスコーヒー」。「イベントで何度か一緒になることがあって、同じ焙煎機を使われていることもあり、豆の仕入れや焙煎についてアドバイスをいただいてます。コーヒーに関わるあらゆる仕事で経験を重ねてきた同業の先輩として、コーヒーの味作りはもちろん、店の佇まいや方向性にも共感できる一軒です」(中山さん)。

【中山珈琲焙煎所のコーヒーデータ】
●焙煎機/プロバット 12キロ(半熱風式)、フジローヤル 3キロ(半熱風式)、ディスカバリー
●抽出/ハンドドリップ(ハリオV60)
●焙煎度合い/浅煎り~深煎り
●テイクアウト/あり(500円~)
●豆の販売/ブレンド4種、シングルオリジン7~8種、100グラム680円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




※新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大防止にご配慮のうえおでかけください。マスク着用、3密(密閉、密集、密接)回避、ソーシャルディスタンスの確保、咳エチケットの遵守を心がけましょう。

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