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数か月間飲まず食わずで子育てするホッキョクグマ。40年ぶりに誕生した赤ちゃんや、飼育について聞いてみた【会えなくなるかもしれない生き物図鑑】

  • 2022年8月25日
  • Walkerplus

野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取り組みや努力などについて各園館の取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、国内最北の動物園・旭川市 旭山動物園のホッキョクグマの飼育担当・大西敏文さんにお話を聞いた。



■40年ぶりにホッキョクグマの赤ちゃん誕生!
――旭山動物園は日本国内で初めてホッキョクグマの繁殖に成功した動物園だ。昨年12月には40年ぶりに赤ちゃんが誕生。現在は5頭が飼育されている。

当園で飼育しているのはオスのホクト(21歳)と、メスのピリカ(16歳)、2021年12月10日に2頭の間に生まれたメスの赤ちゃんに加え、メスのルル(27歳)、メスのサツキ(30歳)の5頭。3頭生まれた赤ちゃんのうち2頭は残念ながら死亡してしまいましたが、1頭はすくすく育ち、2022年4月29日から一般公開されています。7月2日の開園55周年記念イベントでは命名式が行われ、一般公募した名前の中から「ゆめ」と名付けられました。

■ジェントルマンだったオスのホクト。広い施設も繁殖に寄与
――大西さんがホッキョクグマの担当になって1年半。その間で最も印象に残っているのは、やはりホクトとピリカの繁殖。しかし、出産に至るまではいくつかの壁を乗り越えなければならなかった。

2頭をはじめて同居させたときは、ピリカがホクトにおびえてしまい、かなり険悪なムードでした。ピリカがホクトに噛みついて血が出てしまったこともあります。ただ、単にケンカしたということではなく、オスのホクトには何とか関係を改善して仲よくしていこうとする姿勢が見られたので、そこでめげずにじっくり同居を繰り返していきました。

展示場が狭い場合はお互いに緊張感が高まってしまいますが、当園は幸いある程度の広さがあるので、メスが近づいてほしくないときには、オスも距離を取るようにしていましたね。たまに様子を見ながら近づいて…を繰り返していくうちに、徐々に関係性が良くなっていったように見受けられます。オスのほうがメスの扱いになれていたというか、ジェントルマンだったと言えます。

――オスとメスのペアリングが成功しても、安心できないのが現実だ。繁殖の難しさについて、大西さんはさらに続ける。

限られた予算の中で、繁殖を考えてバックヤードや産室にまでお金をかけている施設は、多くありません。当園には「ほっきょくぐま館」という施設があり、5頭が余裕をもって暮らせるほどの広さがあります。そのおかげで、ホクトとピリカの関係性をうまく構築することができました。

ホクトは以前ほかの動物園でペアリングに成功し、メスが出産したこともあります。しかしそこには産室がなく、子供は死亡。このままでは繁殖能力がもったいないということで、繁殖施設のある旭山動物園にやって来ました。動物園同士で連携し、こうした調整も行っています。ただ、広いからいいというわけではなく、個体の性質も繁殖を左右します。以前当園にいた個体は、毎年交尾を行うものの、オスの精子の数が少なく、メスが妊娠しなかった例もありました。

■数カ月間飲まず食わず。壮絶なホッキョクグマの子育て
――そして繁殖の最も神経を使う部分が出産から子育てだ。ホッキョクグマは文字通り、命を削りながら子育てを行う。

出産に際して、野生のホッキョクグマのメスはかまくらのような穴を掘り、そこで巣ごもりして出産します。子育てをしている数カ月間、メスはほとんど飲まず食わず。自分のエネルギーを削って子育てをするという意味では命がけだし、壮絶です。

飼育下ではかまくらは作れないので、人間の目を防げるよう、コンクリートの壁に囲まれた真っ暗な産室が必要です。なお子育ての様子は、設置した暗視カメラで観察します。

ピリカが子育てをしている間、約2カ月は飼育下でも絶食させました。人間が給餌のために入室するとストレスで育児放棄する場合もあります。また、子育て中にエサを与えるとそこでフンをして産室が汚れるという問題もあるため、2カ月ぐらいはエサを与えず子育てに専念させ、その後、少しずつエサの量を増やしていきました。子育ての間、子供に授乳はしますが、自分は何も食べないので、穴から出てくるとげっそり痩せていましたね。

■立ち上がれば3メートルにもなる、地上最大の肉食獣。でも赤ちゃんはわずか500グラム
――地上最大の肉食動物と言われるホッキョクグマ。その大きさはどのぐらいだろうか。

「ベルクマンの法則」といって「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」という法則があります。クマもその例に違わず、東南アジアなどに生息するマレーグマや日本の本州に棲むツキノワグマは体が小さいのですが、北海道のヒグマは大きいというように、北に行くほど体が大きくなるので、カナダやロシアに棲むホッキョクグマは最大と言われています。

体重は平均400キロぐらい、野生の個体では最大800キロぐらいの体重になります。さすがに動物園で800キロという巨体は見たことがありませんが、それでもかなり大きく、立ち上がると3メートルくらい。メスでも2メートル以上に達します。

ちなみに仔グマのゆめは、誕生時にはわずか500グラム程度。200キロのピリカの1/400程度の体重で、人間に換算すると超未熟児のような状態です。最初は健康状態もとても不安定でしたが、4月時点で体重は15キロ、体長も80センチ程度にまで成長しています。休み明けに見ると少し大きくなったのが分かるぐらいのスピードで成長していました。

仔グマは大体2~3年程度親と一緒に過ごし、その後は親離れしていきます。なお動物園では、親離れする前に親子を分けてしまいます。飼育スペースの問題だけでなく、分けないと親が子供を殺してしまう場合もあり得るからです。また、そこまで成長する前に子供が他園にもらわれていけば、親個体の再繁殖を期待することもできます。

■エサの量は1日約10キロ。動物園の中ではエサ代NO.1!?
――平均400キロという大きな体を維持するためにはエサも大切だ。どのようなエサを与え、どのように健康管理をしているのだろうか。

動物園では馬肉やシカ肉に加え、オオナゴ、ホッケなどの魚をカロリー計算をして与えています。肉だけではなく、白菜やニンジンといった野菜、そのほかクマ用の人工フードなども合わせて、オスなら1日10キロくらい、メスで6キロくらい食べますね。動物園の中では一番エサ代が高いかもしれません。

健康状態は、痩せているか太っているかを確認します。体重は測れないので、腰骨の浮き具合やお腹の出具合で判断します。ただ、冬毛だと丸々として見えるので、夏毛になった時に思ったより痩せているということもあります。その点の判断は、なかなか難しいですね。

野生下のホッキョクグマは、北極周辺の植物の少ない環境にいるので、ほかのクマよりも肉食性が高く、主にアザラシ食べています。アザラシを襲うときは流氷の上で待ち伏せします。泳ぎはアザラシの方が得意なので、アザラシが息継ぎをする瞬間を狙って襲撃するのです。

当園では冬場、雪が積もり気温もマイナス20度ぐらいになりますが、そんな中でもホッキョクグマは平気で遊びます。プールで泳いでびしょぬれになって上がってきたら、流氷のようなカチカチの氷の上で生活。こんな風に野生に近い姿を見せてくれるのは、旭山動物園ならではですね。お客さんも野生の姿を想像しやすいのではないでしょうか。真夏の暑い時はプールに半身浴みたいに浸かったりして、自分なりに涼んでいます。

■地球温暖化の影響?流氷が減少して狩りができなくなった
――野生下に近いホッキョクグマの姿が見られるのが旭山動物園の魅力だ。一方、野生では生息数の減少が危惧されている。

野生のホッキョクグマは推定2万6000頭。意外に多いような気がしますが、広大な自然の中ではかなり数が減っていると言われています。減少の理由はいろいろと考えられますが、一般的には地球温暖化の影響で流氷が減少し、ホッキョクグマがエサを捕まえられなくなったのが大きな原因だと言われています。エサがとれなくなれば共食いをしたり、オスが仔グマを襲って食べたりし、その影響で数が減少しているのではないかという説があります。

ほかには、カナダなどでゴミステーション(日本でいうゴミ捨て場)にクマが近づき、危険があるからと駆除されるケースも増えているようです。

また、日本国内の飼育数もピーク時からは減少しています。これは、繁殖の難しさや、産室のある動物園の少なさなどに起因しています。これについては動物園同士で協力し、繁殖施設のある動物園に繁殖可能な個体を移動させて、繁殖を試みようとしています。ホッキョクグマの担当者の中に、種別調整者と呼ばれるコーディネーターがいます。その人が計画を立て、各園館のホッキョクグマ担当者がそろうホッキョクグマ会議も年1回実施し、繁殖に関する情報を共有することで、近年は繁殖率が上昇しています。

■愛らしさと危険性の二面性が魅力でもある
――地上最大の肉食獣であるホッキョクグマを「間近に感じられるのは飼育係の特権」と、大西さんは話す。

450キロもある生き物を檻1枚はさんだだけで間近に感じられるのは、飼育係の特権。毎日見ていても「こいつスゴイな」と思います。本来なら、北極まで行かなければ見られないはずの生き物です。そばで見ると、恐ろしさも迫力も感じます。

さらに今回、子育ても見られたのはとても貴重な体験。本来、ホッキョクグマの巣穴の中なんて人間が絶対に入れない空間ですが、暗視カメラを通じて母親が一生懸命、愛情を注いでいる様子も観察できました。

ホッキョクグマはかわいい見た目からファンの多い動物ですが、飼育係として接する中では危険を感じる動物でもあります。野生ではアザラシを襲って食べているわけですから、遠目には愛らしいけど、爪が鋭く、絶対に檻の中には入れません。人間を寄せ付けない、野生動物です。そこもまた、魅力であると感じています。それだけに私たちは、施錠に関して細心の注意を払います。一歩間違えば大事故につながりかねません。

■今しか見られないホッキョクグマの赤ちゃん。愛情深い親子の関係性を見て
――ホッキョクグマの繁殖が難しい中、赤ちゃん誕生のニュースは朗報であり、私たちにとってもまたとない機会でもある。

ホッキョクグマは希少な動物です。それが繁殖し、赤ちゃんが見られるのは本当に今だけ。いつまでも見られるわけではありません。実際、当園でも40年ぶりの繁殖です。現在、ゆめはお母さんのピリカに守られながら元気に成長しています。

お母さんはひと時も子供から目を離さず、プールに落ちそうになればかばうような動きをするなど注意深く、愛情深く育てています。親子の関係性を見られる貴重な機会なので、足を運んでいただけるとうれしいです。

取材・文=鳴川和代
監修=久保田潤一(NPO birth)

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