高カロリーの食べ物への食欲を促すこれまで知られていなかった脳内の回路が、マウスを使った実験で見つかった。1月15日付で学術誌「Nature Metabolism」に発表された研究によると、海馬という記憶をつかさどる脳の部位にある特定のニューロン(神経細胞)集団は、糖分や脂肪分にまつわる感覚や感情を記録していることが分かったという。マウスでは、これらのニューロンが食べ物への渇望を誘発して、食べ過ぎにつながっていた。
渇望は、マウスが空腹でないときにも見られた。しかし、研究者がこれらのニューロンを取り除くと、マウスの糖分や脂肪の摂取量は減り、食事に誘発される肥満を防ぐことができた。
「すべての動物は食べ物を摂取する必要があるので、生存のための空腹動因が備わっています」と、米モネル化学感覚センターの客員研究員で、今回の論文の最終著者であるギョーム・ド・ラルティーグ氏は説明する。動因とは、生物を行動にかりたてる要因のことだ。
科学者たちはこれまで、体がエネルギーを必要としているときに生じる「代謝的空腹」と、おいしそうな食べ物を見たり匂いを嗅いだりしたときに生じる「快楽的空腹」を区別してきた。今回の研究で、そこに「記憶駆動型空腹」という第3の空腹が新たに加わった。
近年、脂肪や糖分に関する記憶が、しばしば意識されることなく、私たちの食行動に影響を及ぼしていることを示す証拠が集まりつつある。動物を使った実験とはいえ、今回の研究成果もそうした証拠の1つだ。
高カロリー食品だらけのこの世界で、私たちがある種の食べ物に渇望を感じる理由は、これらの神経パターンによって説明できるのかもしれない。
「食べ物を手に入れるには、環境の中でどのように動けば最善の選択ができるか。生物の仕事は、それを理解することです」とカナダ、マギル大学の心理学者・神経科学者で、代謝・脳部門のカナダ卓越研究教授であるダナ・スモール氏は言う。
スモール氏によると、カロリーが不足していた初期の人類は、匂いや見た目や場所などの感覚的な手がかりを利用して、エネルギーが豊富な食べ物を識別することを学んだという。私たちがものを食べた後、脳はこれらの情報を、食べたときの感情と一緒に保存し、食べ物の味と効果に関する心の「データベース」を作る。
「つまり、私たちがものを食べるときには、潜在意識の中で外の世界と内なる世界を統合しています。それが記憶というものなのです」と氏は言う。
これらのシグナルは、脳の報酬系におけるドーパミンの放出に影響を及ぼす。すると脳は、この情報に基づいて食べ物の評価をアップデートし、次に同じ風味に出会ったときにそのデータを利用する。例えばあなたがパン屋の前を通るとき、パンに関する内的な記録(つまり記憶)が活性化して、パンへの渇望を呼び起こすのだ。
マウスを対象とした今回の研究では、糖分と脂肪の記憶は別々の回路で保存され、どちらもドーパミンの放出につながることが分かった。ほとんどの食品には脂質か炭水化物のどちらかが含まれているが、超加工食品にはその両方が含まれている。
超加工食品は、両方の回路を同時に活性化させ、報酬反応を増幅させる可能性がある。私たちが超加工食品に抗い難い魅力を感じるのは、そのせいかもしれない。
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脳に刻まれてしまっているのなら、自分はもうジャンクフードをやめることはできないのかと悲観する必要はない。脳には順応性があるからだ。
「特定の食べ物への渇望を学習したように、脳は新しい反応を学習することもできます」と、米コネチカット大学の心理科学者のエイミー・エグバート助教は言う。その第一歩は、渇望の原因を見極めることだ。
その渇望は、空腹から来ているのか、感情から来ているのか、それ以外の原因から来ているのか?
原因が分かれば、渇望のループを断ち切る作業に入ることができる。ここで治療的なアプローチの出番となる。
エグバート氏によると、特に効果的なのは暴露(ばくろ、さらされること)療法や認知テクニックだという。これらの手法は、私たちが特定の食べ物との関係をどのように築いてきたかを解き明かし、時間をかけてその反応を再訓練するのを助けてくれる。
スモール氏は、暴露療法の有効性には同意するが、それぞれの風味に個別に対処しなければならず、手間がかかるという。氏によると、オゼンピックなどのGLP-1受容体作動薬は、食べた後の脳の報酬シグナルを弱めるのに有望だという。「これらの薬は、条件付けを弱め、ドーパミンの放出を減らし、脳内の渇望を弱めることができます」
とはいえ、GLP-1受容体作動薬は短期的に食欲を抑えられても、過食の根本的な原因には対処できないことに注意が必要だ。「食欲を抑える薬は、食事量の管理に役立つ、素晴らしいものです。けれども薬を飲むのをやめたとき、根本的な問題は未解決のまま残ってしまいます」とド・ラルティーグ氏は言う。
GLP-1受容体作動薬が脳の報酬系や記憶系に及ぼす影響については、研究者たちはまだ調査を進めている。現時点で最善の策は、薬による介入と並行して、私たちがジャンクフードを食べてしまうしくみと理由に焦点を当て、それに対処していくことだ。
現代の生活は、渇望に抗うことを難しくしている。私たちの日常生活も、渇望との戦いに不利に働く。私たちは、健康的な食品をジャンクフードと同じくらい脳にとって魅力的にするためのリソース(時間やお金)を持っていないことが多い。
さらに問題を複雑にしているのが、脳はたった1回の経験でも食べ物の記憶を形成できるという事実だ。これでは、渇望に抗うことは不可能に近い。
それでもド・ラルティーグ氏は、記憶が私たちに摂食を促しうるという知識には大きな力があると主張する。「記憶が食べ過ぎの引き金になるという知識は、あなたの行動を変えるのを助けてくれます。こういう記憶の多くは潜在意識にあるので、意識化することで、記憶と渇望のサイクルを断ち切ることができるのです」
渇望は衝動や甘えのように感じられるかもしれないが、神経の設計図に深く刻まれていることが多い。これらのパターンを理解すればするほど、パターンを再構築して、食べるものをコントロールできるようになる可能性が高まるのだ。