3匹が数万匹に、外来種のカナヘビが米国で大繁殖、進化も?

  • 2025年4月15日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

3匹が数万匹に、外来種のカナヘビが米国で大繁殖、進化も?

 米国オハイオ州シンシナティには、ヨーロッパ原産のムラリスカベカナヘビ(Podarcis muralis)が何万匹も暮らしている。記録的な低温と降雪にも負けず、ムラリスカベカナヘビは生き延び、そして増殖した。州の野生生物局から「永住者」とみなされた彼らは、歩道をはい回り、れんがの壁にしがみ付き、原産地とは大違いの環境で繁栄している。

 なぜ地中海地域生まれの爬虫類がシンシナティに根を下ろしたのだろう? すべてはある少年のカナヘビを詰め込んだ靴下から始まった。

 1951年、10歳のジョージ・ラウ・ジュニアは家族旅行でイタリアのガルダ湖を訪れ、そこにいた10匹のカナヘビを持ち帰って自宅の裏庭に放した。もちろん、ラウ・ジュニアはこのときに数十年にわたる生態学的実験が始まろうなどとは思いもよらなかった。

なぜシンシナティはカナヘビに向いているのか

 シンシナティは「カナヘビの生息に適した土地と考えられてきた」わけではないが、この移入種にとっては楽園であることがわかったと、米オハイオ・ウェスリアン大学の生物学教授エリック・ギャングロフ氏は述べている。氏はシンシナティのムラリスカベカナヘビを5年にわたって研究しており、それ以前はヨーロッパの原産地で研究を行っていた。

 1980年代には、研究者のS・E・ヘディーンが、ガルダ湖から西に110キロほどの距離にあるイタリア、ミラノの気候とシンシナティの気候が驚くほど似ていることを発見した。両都市の気温差は年間を通じて数℃以内で、降水量はいずれも月100ミリ前後で推移している。

 しかし、ムラリスカベカナヘビが繁栄した理由は気候だけではない。シンシナティの景観も、ムラリスカベカナヘビの新たな生息地として理想的だった。

「シンシナティは非常に起伏が多く、古い地区には土砂崩れを防ぐ石積みの壁があります」と2000年代初頭からムラリスカベカナヘビの観察を続けている爬虫両生類学者のジェフリー・デイビス氏は話す。石と石の間にモルタルやセメントが使われていない壁が多いため、「カナヘビが避難できる小さなくぼみや割れ目が無数にあり、(冬ごもりのため)地下にも行けます」とデイビス氏は説明する。

「(生物学者にとっては)おそらく、彼らが生き残ったことはそれほど驚くことではありません。なぜなら、彼らは『前適応(ある特徴が別の環境や機能にも適応すること)』していたためです」とデイビス氏は続ける。

「私にとって、驚くべきは個体密度の高さです」。ムラリスカベカナヘビはオハイオ州のほかの地域やカナダのバンクーバー島でも確認されているが、これほど繁栄している群れはほかにないと考えられている。

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 シンシナティには、1エーカー(約0.4ヘクタール)当たり1500匹のムラリスカベカナヘビが暮らす地区もある。これはヨーロッパの典型的な個体密度をはるかに上回る数字であり、捕食者や寄生虫の少なさが一因だ。ラウ・ジュニアが10匹のカナヘビを放したトーレンス・コート地区は、今でもムラリスカベカナヘビのホットスポットだ。

大型化して四肢が長くなっている

 シンシナティで何十年も過ごした結果、ムラリスカベカナヘビは進化を遂げ、都市環境でうまく生き抜けるようになっているのかもしれない。

 ギャングロフ氏らの研究チームは、研究室でムラリスカベカナヘビがさまざまな環境条件にどう反応するかを調べている。すでにわかっているのは、ムラリスカベカナヘビが大型化し、四肢が長くなっていることだ。これは、都市の主な捕食者であるイエネコから逃げるためかもしれない。

 ムラリスカベカナヘビは体の水分を一定に保つため、風がより強く、より涼しい環境を選択するという仮説を立て、さまざまな温度と風速にさらしたところ、シンシナティのカナヘビたちは正反対の行動をとった。また、シンシナティでは重金属にさらされ続けているにもかかわらず、カナヘビたちは影響を受けていないように見える。

「私たちの実験の一つで、トレッドミルでカナヘビの持久力テストを行い、鉛の血中濃度が影響を与えるかどうかを調べました。何らかの関連性があるのではないかと予想していたためです」とオハイオ・ウェスリアン大学の3年生で神経科学を専攻するエマ・フォスター氏は話す。「すると、カナヘビたちは鉛中毒の影響を全く受けていないように見えました」

 2022年以降、この研究は米国立科学財団から4年間の助成を受けている。研究の目的は「この種が、ごく少数の個体が持ち込まれた後、新しい大陸の新しい都市環境で繁栄している理由を特定する」ことだ。オハイオ州のムラリスカベカナヘビはすべて、最初に持ち込まれた10匹のうち3匹の子孫と考えられている。

 シンシナティでムラリスカベカナヘビが繁栄した謎の解明だけでなく、この研究はより幅広い意味を持つ可能性がある。その一つが人間の健康だ。

 マウスは生物医学研究で広く好まれるモデル生物だが、「人の脳と類似性が低い動物の脳を研究することにも価値があります」とフォスター氏は述べている。ムラリスカベカナヘビが重金属にさらされてもすぐに回復するのであれば、それを人の薬に応用できないだろうか?

「とても遠い未来の話です」とフォスター氏は前置きし、「広く考えると、このような研究がそこに向かう可能性もあります」と語っている。

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