はしかの流行が復活中、反ワクチンの台頭と米国の危機

  • 2025年4月8日
  • ナショナル ジオグラフィック日本版

はしかの流行が復活中、反ワクチンの台頭と米国の危機

 米国では近年にない規模の麻疹(はしか)の集団感染が起きている。テキサス州西部で始まった今回の流行による感染者数は、2025年4月3日時点で全米で607人、すでに2024年の合計である285人を上回っていて、2月と4月初旬にテキサス州で基礎疾患のない6歳と8歳の子どもが死亡するなど深刻な状況にある(編注:日本の国立感染症研究所によると、3月26日時点での2025年の報告数は合計44人で、すでに2024年の45人に迫っている)。

 米保健福祉省(厚生省)のロバート・F・ケネディ・ジュニア長官は、麻疹が健康な人を死なせるのは「難しい」と主張したが、米国小児科学会は、麻疹ワクチンが開発されるまでは、麻疹による死者の大半は健康な子どもだったと指摘していた。

 麻疹ウイルスが引き起こす麻疹は感染力が非常に強く、空気感染するため、感染者が呼吸をしたり、咳やくしゃみをしたり、誰かと会話をしたりするだけで周囲の人を感染させてしまう。麻疹には特効薬がなく、対症療法しかないため、ワクチン接種とが最も安全で効果的な対策となる。

 米国は数十年がかりでワクチン接種による集団免疫を達成し、2000年に麻疹の排除(国内伝播がほぼなくなった、根絶に近い状態にすること)に成功した(編注:厚生労働省によると、日本は2015年に世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局により排除状態が認定された)。しかし近年、米国は再び麻疹の流行に脅かされている。医学的な理由のない、個人的な理由によるワクチンの接種免除が増えているためだ。

 テキサス州ではこうした免除が比較的容易に認められているため、歴史的に免除率が非常に高い地域がいくつかできている。今回の流行が始まったゲインズ郡も、そうした地域の1つだった。

 テキサス州保健当局は子どもたちにワクチン接種を受けさせるために最善を尽くしているが、「問題は、ワクチン反対派による組織的なデマに十分対処してこなかった、過去10年間の政策の失敗にあります」と指摘するのは、感染症専門の小児科医で、テキサス小児病院ワクチン開発センターの共同ディレクターであるピーター・ホーテズ氏だ。

「残念ながら、テキサス州は全米で起こっていることの先鋒になっています」

ワクチン接種が広まるまで

 子を持つ親たちの権利擁護団体Voices for Vaccinesのディレクターであるカレン・アーンスト氏は、個人的な理由による接種免除を申請する親が増えている理由について、「1つは、私たちの多くが麻疹の蔓延を目にしたことがなく、麻疹という病気を忘れていることです。もう1つは、麻疹がいかに急速に広がり、子どもたちをどれほど重篤な状態に陥らせるおそれがあるかを理解していないことです」と言う。

 実際、20世紀初頭には、米国では毎年数千人が麻疹で命を落としていた。医療の進歩により1950年代にはその数は大幅に減ったが、それでも毎年推定400〜500人が命を落とし、麻疹に関連した脳炎により数百人が生涯にわたる脳障害や難聴などを発症していた。

 1960年代に麻疹ワクチンが開発されると、数年以内に全米の麻疹の症例は約90%も減ったが、費用が高額だったため予防接種を受けさせない家庭もあり、麻疹の排除には至らなかった。

 そこで1970年代から、各州に対して、公立学校に通学する子どもに予防接種を義務付けることを求める運動が始まり、1981年までに全50州で小児への予防接種が義務付けられた。

 しかし、義務化後も課題は解消されなかったと、米ニューヨーク大学の感染症専門医であるアダム・ラトナー氏は言う。「政策が変わって予算がつくと予防接種率が上がって麻疹の発生率が低下し、また政策が変わって資金が途絶えると予防接種率が下がって麻疹が増えることの繰り返しでした」

次ページ:麻疹の排除を達成、しかし接種免除率が上昇

麻疹の排除を達成

 最大の警告となった出来事は1989年から1991年にかけて発生した麻疹の大流行だった。5万5000人以上の米国人が感染し、123人が死亡したのだ。

 2つのことが明らかになった。麻疹ワクチンの1回接種では93%の効果があるが、これでは不十分なこと。そして、すべての家庭がワクチン接種の費用を賄えるわけではない状態では、何千人もの子どもが苦しみ、あまりに多くの子どもが亡くなるということだ。

 その後、米疾病対策センター(CDC)と米国小児科学会は、効果が97%に上がるワクチンの2回接種を推奨した。また1994年にはビル・クリントン大統領が、貧困家庭の子どもたちがCDCの推奨するすべての予防接種を無料で受けられるようにするプログラムを法制化した。

 こうして米国は集団免疫に必要な95%の予防接種率を達成し、以後は大規模な流行は起こらなくなり、2000年にはついに麻疹を排除した。

 その一方で、2つの新たな脅威が現れた。1つは、MMRワクチン(麻疹・おたふく風邪・風疹ワクチン)と小児の発達障害を関連付けようとする不正な論文が、後に撤回され、科学界から否定されたにもかかわらず、子をもつ親たちを不安にさせたこと。もう1つは、SNSの急速な普及により、誤った情報がかつてないほど速く、簡単に広まるようになったことだ。

 小児科医で元カリフォルニア州議会議員のリチャード・パン氏は、「SNSが火に油を注ぎ」、第1の不正な論文に触発された草の根の反ワクチン運動が、みるみるうちに広まってしまったと説明する。

個人的な理由による接種免除の問題

 米国のすべての州では、ワクチン成分に対するアレルギーなど、特定の必須ワクチンを安全に接種できない理由がある子どもに対しては、医学的な理由による接種免除が認められている。さらにほとんどの州では個人的な信条に基づく接種免除も認められており、免除の要件は州によって大きく異なっている。

 個人的な信条を理由とする接種免除率の調査によると、全米では2011年の1.75%から2016年の2.25%へと増加していて、個人的な信条と宗教上の理由による接種免除を認めている州では、宗教上の理由による免除しか認めていない州に比べて2倍以上高かった。

 全米で0.5ポイントの増加ならたいした変化ではないように思われるかもしれない。だが、米エモリー大学エモリーワクチンセンターの元副所長のウォルター・オレステイン氏は、「全米としては高い割合の人が免疫をもっていても、ワクチン接種を受けていない人々の集団がどこかにあれば、そこで流行するおそれがあるのです」と言う。

 今回のテキサス州での集団感染はメノナイト派というキリスト教徒のコミュニティーが震源地となったが、米フィラデルフィア小児病院ワクチン教育センターの所長で感染症専門の小児科医であるポール・オフィット医師は、こうした「隔絶された宗教的な」コミュニティーでは、しばしば集団感染が発生していると言う。

 カリフォルニア州の多くのモンテッソーリ学校やシュタイナー学校を含む一部の私立学校も接種免除率が高い。こうした地理的な集中が、2015年にカリフォルニアのディズニーランドから麻疹が急速に広がって147人が感染する原因となった。

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免除問題に新たな戦略

 そのため、集団感染の原因となるワクチン接種免除に対処することが、麻疹との闘いにおける新たな戦略となった。

 2016年、パン氏はカリフォルニア州で医学的な理由以外の接種免除を廃止する法案を提出した。法案が可決された後、全体的な免除率は低下したものの、一部で予想されたことが起こった。過去20年間、割合が安定していた医学的な理由による接種免除が増加しはじめたのだ。

 パン氏によると、一部の学校が「異常に高い」接種免除率を記録し、一握りの医師がほとんどの免除を認めていたという。そこで同州が2019年にさらなる法案を可決し、医学的な理由による接種免除について州が監督することを義務付けると、接種を免除された幼稚園児の割合は2019年の0.95%から2021年の0.27%まで減少した。

「カリフォルニア州の状況は、はるかに良くなったと思います」とパン氏は言う。「麻疹は依然として発生していますが、集団感染は起きていません」

 他の州もこれに続いた。メイン州では、ワクチン推進派の政治活動団体SAFE Communities Coalitionの事務局長ノース・ソーンダーズ氏が率いる運動が実って、個人的な信条を理由とする接種免除を全廃する州法が制定され、2020年3月の州の住民投票でも支持された。

 同様の運動により、コネチカット州とニューヨーク州では医学的な理由以外による接種免除が廃止され、ワシントン州ではMMRワクチンについて医学的な理由以外の接種免除が廃止された。

接種免除を復活させる動き

 こうした成功の一方で、最近、米国の多くの州で、医学的な理由以外によるワクチンの接種免除を復活させるための法案が提出されている。ソーンダーズ氏は、反ワクチン派が接種免除の拡大を求める運動を推進しているのだと警告する。

 米国の非営利・独立系の報道機関プロパブリカは3月28日に、CDCの上層部が、内部の予測センターが作成した麻疹の流行に関する評価の発表を差し止めていたと報道した。この評価では、一般市民が感染するリスクは依然として低いものの、流行地域周辺の予防接種率の低い地域ではリスクが高いと指摘されていた。

 CDCはプロパブリカに対して書面による声明を発表し、評価を公表しなかったのは、「すでに一般に知られていること以外には何も述べていなかったから」だと釈明した。

 そして、CDCがワクチンを「麻疹を予防する最善の方法」と考えていることに変わりはないとしながらも、「ワクチン接種は個人の判断に委ねられるべき」であり、「人々は医療従事者に相談し、ワクチン接種に関する選択肢を理解し、ワクチンに関連する潜在的なリスクと利益について知らされるべきだ」というロバート・F・ケネディ・ジュニア厚生長官の最近の発言内容を繰り返した。

 ソーンダーズ氏やアーンスト氏らは、ワクチン接種免除の拡大を求める州議会の法案が可決されてしまうことを懸念している。もしこれらの州法が成立すれば、「死者が出ることになるでしょう」とソーンダーズ氏は言う。「予防接種率が下がれば、人々は麻疹に感染し、命を落とすことになるのです」

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