SNSでは、ネコやイヌに生の肉や内臓、頭、骨を与えている飼い主たちが見られるが、世界で31億ドル(約4600億円)規模のペット向け生食(ローフード)業界は常に物議を醸してきた。なぜなら、生食には病原体を死滅させるほど十分に加熱、調理されていない動物性タンパク質が含まれているからだ。そのうえ最近、鳥インフルエンザとの関連性が指摘され、新たな警戒感が広がっている。
2024年12月、あるペットフード会社がシチメンチョウ(七面鳥)の冷凍生肉をリコールした。致死性の高い鳥インフルエンザウイルスH5N1の陽性反応が出たためだ。この冷凍生肉を食べたペットのネコが鳥インフルエンザで命を落とし、遺伝子検査の結果、体内から検出されたウイルスと冷凍生肉のウイルスが一致した。
報告されている事例はこれだけではない。2024年12月、米国カリフォルニア州の飼いネコが別のブランドの生食を食べた後、H5N1ウイルスへの感染が判明した。そして、3月には米国ニューヨークで、2匹の飼いネコから鳥インフルエンザウイルスが検出され、別の生食との関連性が指摘されている。
カリフォルニア州のネコもニューヨークのネコも命を落とした。
「市販の生食には冷凍、フリーズドライ、または脱水処理されているものがあり、人々が安全だと錯覚している可能性があります」と米フィラデルフィアにあるVCA猫専門病院の医長エイミー・シンプソン氏は話す。
「これらは細菌や鳥インフルエンザのようなウイルスを殺す信頼できる方法でも、効果的な方法でもないことに注意すべきです」
シンプソン氏によれば、ネコはH5N1に特に感染しやすく、現在のウイルス株はネコの致死率が高い。一方、イヌも鳥インフルエンザにかかるが、重症化する可能性は低い。
生食は1990年代、市販のペットフードの健康的な代替品として登場した。今は野生の祖先が食べていたものをネコやイヌに与えようと、生食を選択する飼い主もいる。
その結果、ペットが健康になり、毛並みが良くなり、歯もきれいになり、消化も良くなると言われている。また、市販のペットフードに入っている添加物や保存料を避けられる利点もある。
しかし、生食の健康上の利点については科学的根拠が十分に示されているわけではないとイタリア、サッサリ大学の科学者アントニオ・バルカシア氏は話す。さらに氏は、バランスの悪い生食はタンパク質の過剰摂取や食物繊維の不足など、栄養不良の原因にもなると言い添えている。
「自分のペットは健康で元気だと感じている飼い主を対象にした調査はいくつかありますが、これは有益性の科学的根拠にはなりません」と米カリフォルニア大学デイビス校の動物栄養学者ジェニファー・ラーセン氏は指摘する。
また、生食が増加傾向にあることから、米獣医師会、世界小動物獣医師会、米食品医薬品局(FDA)、米疾病対策センター(CDC)は軒並み生食を避けるよう勧告している。
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「ペットと飼い主に予想される不利益やリスクははっきり証明されています」と、寄生虫が動物の間でどのように広がるかを研究しているバルカシア氏は話す。
生食を与えられているペットは寄生虫に感染するおそれがある。米国では食中毒死の主な原因であるトキソプラズマや、胃腸障害を引き起こして人に感染すると死に至ることもあるエキノコックスなどだ。これらの寄生虫は、食品に直接触れたり、汚染された場所に触れたりすると感染する。
細菌に感染する可能性もある。サルモネラ、大腸菌、リステリアは生肉に広く存在し、動物と人に重篤な胃腸疾患を引き起こす。2023年に発生した人でのサルモネラの集団感染は生のドッグフードを扱ったこと、2017年に起きた同じく人での大腸菌の集団感染は、生食を与えられていたイヌと関連付けられている。
そして今、生食に入り込む可能性がある病原体のリストに鳥インフルエンザが加わった(米国では2024年、2000万羽を超えるニワトリが鳥インフルエンザで命を落とした)。
「ネコやイヌが鳥インフルエンザに感染した野鳥を食べたり、感染したウシの殺菌されていない乳やクリームを口にしたり、感染したアヒルやニワトリの肉を十分に加熱することなく食べたりすると、鳥インフルエンザに感染する可能性があります」と米アイオワ州立大学の獣医病理学者シルビア・カルナッチーニ氏は話す。
米獣医師会はネコの飼い主に対して、野鳥との接触を避けるため屋内で飼い、肉を与える際は十分に加熱し、生肉入りのおやつや餌を与えないことなどを呼び掛けている。また、ネコに乳製品を与える場合は、必ず殺菌または十分に加熱されたものを与えること、そして、ネコに鳥インフルエンザの兆候が見られるときは、すぐ獣医師に連絡するよう推奨している。
鳥インフルエンザの症状は発熱、震え、大量の鼻水、速い呼吸、呼吸困難などだ。イヌも症状は似ているが、重症化することはほとんどない。また、今回の発生では、イヌへの感染は確認されていない。
「残念ながら、H5N1から(ペットを)守るための承認されたワクチンや治療法はまだありません。そのため、こうした予防策がとても重要なのです」とカルナッチーニ氏は述べている。
CDCによれば、H5N1がペットから人に感染するリスクは低い。実際、ペットから人への感染はまだ報告されていないと米国立衛生研究所のウイルス学者マーサ・ネルソン氏は言う。
「(ペットから人への感染は)あり得ますが、極めてまれなことです。インフルエンザウイルスを含む多くの病原体にとって、ペットのイヌやネコから人への感染には、強力な生物学的バリアがあるようです」
ネルソン氏はペットの安全を守る方法として、「感染した鳥を食べないよう、ネコを屋内で飼育すること……そして、汚染の可能性がある生食を与えないこと」を推奨している。
どうしてもペットに生食を与えたいのであれば、獣医師に相談し、厳格な安全基準を満たしているブランドを選択し、原材料の原産地を考慮すべきだとバルカシア氏は述べている。しかし、最も安全な選択肢は、生食を完全に避けることだとネルソン氏は断言する。「ネコに生食を与えないことは、とても簡単で実行可能なガイドラインです」