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第22回 ネパール大衆歌謡歌手 / スンダリ・ミカさん
癒しの国 ネパールに育まれ…

  • 2010年11月18日
スンダリ・ミカさん

ネパール大衆歌謡歌手 / スンダリ・ミカさん

Profile
東京生まれ。早稲田大在学中にバンドを始める。1993年に初めてネパールを旅行し、ネパール民謡に強く魅せられる。1999年、ネパールの首都のカトマンズに渡り、歌唱をミラ・ラナ、打楽器をヌチェ・バハドゥール・ダンゴールに師事。2003年ファーストアルバム『スンダリ』(ネパール語歌唱版/日本語歌唱版)をリリース。2004年、ネパール音楽に対する取り組みが評価され、ネパール国王より、芸能の分野で活動する日本人に対しては初めてとなるゴルカダクシンバフ(ゴルカの右手)勲章勲4等を受章。2008年11月に2枚目のアルバム『アサバディ(楽観主義)』を発表。アルバム製作の模様は同年7月のNHKBS「地球アゴラ」でも取り上げられた。※「スンダリ」とはネパール語で「美しい」という意味。

 

ヒマラヤ山脈 北は世界最高峰「エベレスト」で知られるヒマラヤ山脈、南はインドへと続くタライ平野に囲まれた小さな国、ネパール。ブッダ生誕の地でもあり、60以上の民族が多様な文化を保ちながら仲良く暮らしています。その国の音楽が好きになり、ネパールに住みついて11年、現在、ネパール大衆歌謡歌手として活躍しているスンダリ・ミカさん。毎年日本に里帰りして各地の国際音楽祭などに出演されています。
 ネパール政府は、2011年を「ネパール観光年」と定め、世界中から観光客を誘致する取り組みを行っています。今回ご紹介するスンダリ・ミカさんは、「2011年ネパール観光年民間観光大使」も務めています。


ネパールに育まれて

ネパールで歌手になろうと思ったきっかけは何ですか。そしてネパールで暮らすことになったのはどうしてですか?

光の祭り「ティハール(Tihar)」の飾り道
光の祭り「ティハール(Tihar)」の飾り道
光の祭り「ティハール(Tihar)」の飾り道
 「歌手」を名乗ることは、じつは日本に比べればかなりゆるく、CDを1枚出せば誰でも歌手を自称できてしまうようなところがあります。かなり名の知れた歌手でも歌ってギャラが出ることはまれで、大方は何かほかの職業で生計を立てていたりもします。私の場合、ネパールに住みネパールの歌を歌い続けるようになったいちばん直接のきっかけは、2004年に思いがけず勲章をいただいたことでしょうか。栄誉というより、これまでの努力を認めてもらった、そしてネパールの社会に受け入れてもらったという思いが大きいのです。
 ネパールとの出会いは偶然でした。学生のときにインド旅行を計画したんですが、宗教紛争が起こって急遽、行き先をネパールに変更。それまでネパールという国の存在さえ知りませんでした。行ってみると、ひとの感じに素朴なあたたかさがあってとっても居心地がよいところでした。一方、そのころ大学の音楽サークルに属していましたので、せっかくだからネパールの民謡をひとつ覚えて帰ろうと思いました。帰国して披露すると受けが良くて、悪く言ったら味をしめたんですね。もちろん、はやりすたりや年齢に関係なく、自分にしか歌えない歌を歌っていきたいという思いが強くありました。そのなかで、これだと思ったのが、初めてなのにどこか日本の祭りばやしを聞くような懐かしさも感じられたネパール民謡だったのです。
 社会に出てからも、ネパールの人びとの家族的なあたたかさに惹かれながら毎年のようにネパールを訪れ、歌のレパートリーも増やしていきました。けれども、歌詞の内容など実感として十分にわかるわけではありませんでした。そこで、ことばも含めてネパール民謡を一度きちんと学ぶことを決意し、1999年、当時勤めていた出版社を退職してネパールに渡りました。
 ネパールでの生活は、慣れない生活習慣に戸惑うことも少なくありませんでしたし、ビザの問題や経済的な問題など、決して楽なものではありませんでしたが、音楽を通じて社会のなかに深く入っていくうち、いつの間にか、好きなことを思いっきりできる幸せを感じ、ありのままの自分でいられる場所がネパールになっていたのでした。

 

ネパールの生活でネパール人から学んだことはありますか?

 

アジア太平洋ファスティバル福岡で
アジア太平洋ファスティバル福岡で
 おおらかに生きることの大切さでしょうか。素朴で人なつっこくて、歌や踊りや冗談が大好きで、よく食べよく遊び、ちょっといい加減だけど憎めない。そんな良くも悪くも無邪気なネパール人の生き方に癒されている私なのです。
 ネパールの人々の生活は家族に支えられています。国の社会制度や公的なサービスに頼れない分、子どもやお年寄り、病人、失業者などは、家族や親戚、ときには近所の人たちまでが力を合わせて面倒をみます。また他人同士が、義兄弟、義姉妹のような関係を結ぶことも少なくありません。こうしたきずながあることが、何事にも「何とかなるさ」と思える大らかさにもつながっているように思われます。この先どんなことが起こっても「神様が守ってくださるし、今日一日食べるものもあるし家族もいる。今日一日は乗り切った。明日のことは誰にも分からないから、これ以上思い悩むことは無駄だ。明日は明日の風が吹く」と、ときには無責任なくらいに肩の力を抜いて生きていくことが、彼らの生活の知恵でもあるのでしょう。

 

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