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チェーン店のコーヒー店のテーブルにさまざまな情報を広げる|うさぎの耳〈第七話〉谷村志穂

  • 2023年7月15日
  • 暮らしニスタ

◀初めから読む 母子の部屋は、一階にあるその角部屋である|うさぎの耳〈第一話〉

一週間もしないうちに、白坂から電話があった。メールを見てほしいと言われて、文面を確認した。

〈僕らの仲間を探しています。

写真左の男性 高山隆也 29歳

身長178センチ 中肉中背。

失踪して半年になります。消息を知る方は、ご一報ください。ご家族も待っています。

高山、連絡がほしい。

C大 馬術部60期一同〉

 

同期だった白坂が、自分のメールアドレスやスマホの電話番号まで公表して、フェイスブックで拡散してくれるという。

それこそ、問題が起きないかと訊くと、

「俺、独身だし、仕事は家業だしな、皆でも話したんだけど、今のところ、困ることはないと思うよ。

彼は、関東に何店舗かある仏具屋の後継だ。一人っ子で、兄弟代わりに馬を買ってもらった、と話していた。

「皆で検討したのは、拡散希望、という言葉を入れるかだったけど、一応、それは入れないことにしたの。拡散していいか聞かれたら、頼むことにする。他の同年代も協力してくれることになったから」

家の廊下で取った電話だった。電話口の声を聞いていたとき、手の甲に気づかないうちに涙が落ちていた。

「ちょっと美夏さん、電話なの?今、俳句を詠んでるのよ」

だがその声で、はっとした。

「すべてお任せしたいです。ありがとう」

義母の厳しい口調が電話口にも響いたのか、しばし、黙っていた白坂が、

「おう、じゃあ、任せて」

と、通話を切った。

 

それから三日もしないうちに、ぽつぽつと白坂の元にメールが届くようになったそうだ。目撃情報は、明らかに異(ちが)っているように見えるものや、悪戯っぽいのもあれば、探偵会社からの営業のメールもどんどん入ったようだ。

毎晩のように、白坂と話すようになった。

「銀座の百貨店の店員がよく似てるって寄せてもらっているけど、ちょっとな。年格好も、四十歳くらいで、ずいぶんマッチョのようだし」

「異(ちが)う、かな。それは」

ひと月もしないうちに、情報は百を超えたのには、驚かされた。

白坂と美咲が二人で、駅前まで来てくれて、ベビーカーで理玖を連れて会った。

チェーン店のコーヒー店のテーブルにさまざまな情報を広げる。美咲が可能性が高そうな順にリストにしてくれていた。

「こんなにしてもらって」

逸(はや)る思いで、順にリストを指で追っていく。

「美夏、気になるのある?」

「これと、これ、がまず」

〈広島、塾講師〉

〈高知、漁港〉

タイトルは、それぞれ地名付きだった。

「特に、高知は一緒に行ったこともあったから」

二人がこちらを見る。

「この連絡をくれたのは、三期上の徳永さんの親戚のお嬢さんで、アルバイト先のお弁当屋に、三ヶ月くらい前からよく似てる人が来てるって。話したことはほとんどないけど、標準語だったから、地元の人じゃないって。名前とか出身地とか聞いておこうかって聞かれたけど、徳永さんが止めておいてくれてる」

美咲が言う。

「塾講師の場合は、偽名とかは使えないと思うんだよな。あいつ、先生だったし、もしやとは思ったけど、今のところ名字も名前も別人。ただ、神奈川出身は合ってる」

どちらの隆也も想像ができた。

「でね、美夏、こっちの場合は」

「今は、いいんじゃないの?」

美咲の言葉を白坂が遮ったので、訊いた。

「いいの。遠慮しないで教えて」

「坊や、理玖くん、少しお耳を抑えててね。こっちの男なら、女と住んでるらしいんだ」

「情報源は、実はその女性の友人だったの。友人が同居を始めた相手の男の存在が謎だらけで、気になっていて、もしかして、そうかもって」

俄(にわか)に、想像の中の隆也が嫉妬の炎で燻されていった。名前を変えて、女と住んでいる。それも容易く想像がつくのだった。ここにいる同期たちには信じられないだろうが、隆也には、女にしかわからない色気があった。しっとりした暗がりに、女を招いて、何なくその住人にしてしまうような色気だ。隆也の細くて長い指を思い出し、狂おしくなる。

「後は、気になるのない?」

美咲が、覗き込んでくる。

あるのかもしれないが、突然始まった空想の中の嫉妬心が、まだ鎮火できていないのにたじろいでいた。

こういうことなのだと、わかっていたはずだった。見つけた先に何があっても、おかしくないはずだった。

「私たち、手分けして訪ねてみるつもりだよ」

「私が自分で行くよ」

「でも、子どももいるしさ。まあ、乗りかかった船だ。俺ら独身組は、身軽だから」

白坂はそう言ってくれた。

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谷村志穂●作家。北海道札幌市生まれ。北海道大学農学部卒業。出版社勤務を経て1990年に発表した『結婚しないかもしれない症候群』がベストセラーに。03年長編小説『海猫』で島清恋愛文学賞受賞。『余命』『いそぶえ』『大沼ワルツ』『半逆光』などの作品がある。映像化された作品も多い。

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