かつてNVIDIAが「謎の半導体メーカー」と言われたことがありますが、TSMCもそろそろ「謎の工場」と言われるようになるかも。注目度が激上がりしているって意味で。
工場を持たないメーカーのことをファブレス・メーカーと呼びますが、そういった組織からのオーダーに対して生産を受け持つのがファウンドリー企業です。半導体の分野では、台湾のTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)が一強という時代が続いています。
なにせ、NVIDIAもアップルもAMDもMediaTek(メディアテック)もQualcomm(クアルコム)も皆ファブレス・メーカーで、TSMCに半導体を量産してもらっていますし、自分の工場を持っているインテルまでも一部製品を製造委託していますからね。CPUやGPUといったロジック半導体の製造において、TSMCは60%を超える圧倒的シェアを誇る、ファウンドリー企業のチャンピオンです。日本では、熊本に巨大な半導体工場を作って注目を集めました。
世界の電子の頭脳の半数以上を手がける彼らのこと、もっと知りたくないですか? 僕は知りたい!だから半導体の専門家、安生健一朗(あんじょう けんいちろう) さんに聞いてみましたよ。
──NVIDIAの話題とともに、TSMCについての話を聞くことが増えてきましたが、一般には広く知られていない立場だと思います。TSMCとはどのような会社なのでしょうか。
安生: 端的に言ってしまうと、半導体の専業ファウンドリービジネスを確立した企業です。要するに半導体の製造とパッケージングを一手に担う会社です。
TSMCが力をつけるまでは、インテルやサムスンのように、設計から製造、そして販売までを一気通貫で行うIDM(垂直統合型デバイスメーカー)が主流でした。ですが、TSMCは水平分業ビジネスを半導体の分野に持ってきたんですね。これを成功させたことが、とにかく凄いことだと思います。
──TSMC以外に、ファウンドリー企業にはどのようなプレイヤーがいますか。
安生: 例えば台湾だとUMC(ユナイテッド マイクロエレクトロニクス コーポレーション)がありますね。あとはAMDから独立したGlobal Foundries(グローバルファウンドリーズ)があります。小規模なところだとイスラエル系のTower Semiconductor(タワーセミコンダクター)など、いろいろありますが、ビジネスモデルとしてはTSMCが突出しています。
──シェア60%オーバーは圧倒的ですよね。TSMCはなぜそこまで強いのでしょうか?
彼らの強みは、とにかく受注が途切れず高い稼働率を維持していることと、半導体の製造設備の投資を年々増やし続けて、ライバルが追いつけないほど投資を行なっていることです。
これが意味するのは、いち早く最先端のプロセスルール*のデバイスが作れるようになるということ。まもなく2nmのプロセッサが世の中に出てきますが、この設備が整った工場を作るのには巨額の資金が必要なんですよね。
プロセスルール:半導体を製造するときの、回路(トランジスター)の最小構造サイズを示す技術基準。小さいほど高性能・省電力なチップが作りやすくなり、また同じ面積のシリコン上にたくさんのトランジスターが搭載できるようになります。
2024年の最新製品は3nm(ナノメートル / 10億分の1メートル )プロセスで製造されたもので、2025年後半には2nm級のプロセスによる製品が登場すると見込まれている。
歴史的に見れば、1980年代は日本の企業も半導体チップ生産において最前線を争っていましたが、熾烈な競争で次々と脱落しました。現在、最先端の半導体チップを量産できるのはTSMCやインテル、サムスンくらいでしょうか。世界を見渡しても数社だけです。
ライバルより秀でるために資金のパワーゲームが繰り広げられるのは、以前お話したAIビジネスに似ていますね。あちらも超巨額な投資によって、最先端のAIモデルや、AI向けプロセッサの開発を行っています。
少し違うのは、ファウンドリー事業は投資から回収までのタイムスパンが長いんです。半導体プロセスはハイリスク&ハイリターンのビジネスで、製造手法を研究開発し始めてから工場を稼働させて製品を出荷し、投資を回収し利益を生み出すまで、少なくとも5〜7年はかかると言われています。
そういった状況なので、半導体製造をビジネスとする企業では「最先端プロセスを使った生産ライン」と「従来プロセスを使った生産ライン」といったように、いくつかの生産ラインを持って同時に稼働させることになります。
そして最先端のプロセスルール開発のために投資した金額を回収しつつ、同時に次世代のプロセスルールの製造研究のために投資を行う。投資を回収し終えた従来の生産ラインはチップを作り続け、高い収益をあげていきます。
TSMCはこのサイクルが非常にうまく回っており、営業利益率は50%前後に達しています。
──50%! 10%あれば優秀と言われる製造業において破格ですね。
──アップルやNVIDIAといった、ビッグテックたちがTSMCを頼るのはなぜでしょうか?
安生:それは、単なるコスト競争ではなく、技術革新を重視している点にあると考えます。ちなみに、TSMCとの関係は、アップルとNVIDIAで少し異なります。
アップルはTSMCにとってのリード・カスタマー(先行顧客)です。アップルはTSMCの最新の製造技術の安定化に協力しますし、TSMCもアップルに対して優先的にサポートを行なう。協業で最先端のプロセスを軌道に乗せる作業を行なっているんです。
最先端のプロセスでは、製造をスタートした直後は歩留まり(良品率)が低いんです。それを、徐々に改善していく必要がありますが、製造技術がこなれるまでは不良品チップがたくさん出てしまうため、良品のコストが高くなってしまうんです。このコストを、協業しているアップルに持ってもらうことなく、TSMCは利益度外視でプロセッサをアップルに卸していると推測されます。
アップルの最終製品であるiPhoneやMacbookは市場での競争が激しい業界です。そこで最先端プロセスを採用したプロセッサを使っていることは、マーケティングメッセージ的に有利に働くし、性能や消費電力、高い集積度(たとえばCPUやGPUのコア数)のメリットもある。これがTSMCとアップルの協業の仕方で、アップル製品の強みにもつながっていますね。
NVIDIAは、リード・カスタマーの後を追う形でプロセスを使っています。彼らのメインビジネスはAI向けGPUですから、アップルのPC/スマートフォン向けプロセッサよりも、格段に面積の大きなチップを求めているんですよね。大きいチップは歩留まりや性能にばらつきがおきやすいので、リードによって歩留まりが安定した製造プロセスの採用が望ましいということでしょう。
TSMCにとって、NVIDIAは実際に利益をもたらしてくれるパートナーです。NVIDIAのチップはコンシューマー(個人)以外にもAI向けGPUのようにエンタープライズ(企業)向けのニーズが強くあり、目立つ競合もいないため、チップを変に安売りする必要がありません。
一方、NVIDIAの場合はパッケージ(半導体を基板上に取り付ける技術)のテクノロジーをとくに重視します。前日のGTCで発表されたフォトニクス技術はNVIDIAとTSMCが共同で作り上げたパッケージでしょう。
つまり、アップルとNVIDIAはファウンドリーに求めているものが違うんですが、TSMCはこの2社の要求に応えることができるし、それぞれの先端技術を一緒に研究していける強みがあります。
もう一点、重要だと思っているポイントがあります。インテルやサムスンもファウンドリービジネスを手掛けていますが、彼らは自分でもチップを設計するIDMで、他のプロセッサメーカーからしたらライバルでもあるんです。万が一、自社の情報が漏れてしまったら...?という潜在的な不安はありますよね。
もちろん、絶対に情報は漏らさないといいますし、契約や保証もあります。それでも懸念を感じるなら、専業ファウンドリーと協業しようという判断になる可能性はあると思います。
──TSMCは台湾のほかに日本の熊本、中国などに工場を持っています。 サムスン(韓国)やUMC(台湾)、メモリ向け半導体ではSK hynix(韓国)やキオクシア(日本)と、有力なプレイヤーはほとんどがアジア圏に集まっています。なぜアジア圏は半導体に強いのでしょうか?
安生: これはサプライチェーンの理由と、地政的な理由があります。実はシリコンなど、プロセッサ原料の多くは日本含むアジアから生み出されてるんですよ。
たとえば、半導体パッケージ基板の製造に絶対不可欠な絶縁フィルムは、世界90%ものシェアを「味の素」社が握っています。その他、シリコンウェハー、フォトレジストなど、日本のいろんなサプライヤーから素材を買っている関係上、輸送することも含めて考えれば、拠点は近くにあった方がコストやリスクは低くなりますよね。
いま、日本政府がなぜ半導体の工場誘致に熱心かというと、もし台湾が中国の強い影響化に置かれてしまった場合、半導体の製造に大ダメージを受けるというリスクがあるからです。
特に日本の主力ビジネスである自動車産業などで使用する半導体のサプライは確保しておきたい。だから台湾のほかにも、拠点を作っておきたいのでしょうね。
──アジアの中でも、なぜ日本の熊本に工場を作ることになったのでしょうか。
安生: TSMCの熊本工場は、アップルの要請によるものだろうとされているのはご存知でしたか?
──それは知らなかったです!
安生:明言はしていないようですが、重要顧客の要請による、というTSMCのCEOの発言もあったようです。
熊本で何を生産しているのかというと、ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)のCMOSセンサーを作ってるんですよ。つまり、iPhoneでも使われるカメラセンサーですね。もともとSSSの製造拠点の1つは熊本にありすし、日本で組み上げた方がコスト的にも流通的にも非常にスムーズになります。アップルの要請に日本政府の思惑も絡んで、あの巨大な工場が作られたんです。
──しかしこうしてお話を聞いていると、TSMCはファウンドリーのまさにチャンピオンですね。
安生: 調べれば調べるほど、ビジネスモデルとして盤石なポジションですね。TSMCの株式は公開されていますが、戦略的な産業として台湾政府との強い協力関係もあるでしょうし、ある意味、威信をかけて開発・製造に携わっているともいえるのではないかと思います。
とはいえ、地政的リスクは残ります。トランプ政権の関税のように、政治的な要素でひっくり返されてしまうことはありえるわけですし。先日、インテルとTSMCが合同でファウンドリー事業を行なうことに合意したという報道がありましたが、この話はTSMCにとっては政治的なリスクに備えるという側面もあるのかもしれません。詳細の公表が待ち遠しいですね!
安生 健一朗 (工学博士、株式会社 K-kaleido 代表取締役)
NECにて研究者として半導体回路からプロセッサーアーキテクチャーまで広い研究分野に9年間従事。その後、インテル株式会社にて17年間にわたり、主にパソコン製品の技術責任者として、日本におけるPC向け製品・技術戦略をリードしつつ、スポークスパーソンとして、製品発表やマーケティングイベントにて製品の魅力を解説。さらに、ゲーミング・クリエイター・AI PCというPCの新規マーケット活性化プログラムを推進。
現在はサイバーセキュリティ企業に従事する傍ら、2024年12月には株式会社K-kaleidoを起業し、技術コンサルティング事業やAI PC向けのアプリストアを中心としたビジネスを展開( https://k-kaleido.com )。
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