車やバスでもアクセスできる富士山の中ノ茶屋(山梨県富士吉田市)がリニューアルオープン。歴史ある吉田口登山道沿いにたたずみ、さわやかな森に野鳥の声がこだまする。ハードに山頂をめざさなくても、周辺でハイキングや森林浴を楽しめるエリアだ。富士山の多様な楽しみ方を提案するハブとして生まれ変わった中ノ茶屋をご紹介。
中ノ茶屋の歴史は古く、創設は1707年。江戸時代中期である。麓の北口本宮冨士浅間神社から富士山頂(標高3776m)へと向かう吉田口登山道の序盤に位置していて、一合目より低い標高約1100mに建つ。現在は、富士吉田市の施設として営業している。
多くの登山者にとって、いまや“富士山は五合目から登る”というのが一般的になっているが、それは1964年の富士スバルライン開通以降のこと。歴史的にはそれよりもずっと長い間、みんな麓から歩いていたため、五合目より下の山小屋もにぎわい、富士山信仰の重要な拠点も点在していたのだ。
そんな裾野の歴史や自然の“忘れられた魅力”を掘り起こして発信しようと、富士吉田市とフランス発のアウトドアブランド「サロモン」が連携協定を結んで、「Mt.Fuji Re-Style Project」をスタートした。その第1弾が、中ノ茶屋のリニューアルオープンだ。
実際に現地を訪れてみると、外観は昔ながらの茶屋の趣を残しつつ、屋内へ入るとところどころにモダンな雰囲気も感じさせる。地元名物の「吉田のうどん」を提供する食堂や休憩スペース、コインロッカー、それからシャワールームやシューズレンタルコーナーもある。
ちなみにサロモンのメンバーシッププログラム(無料)に登録すれば、シャワーとシューズレンタルを無料で利用でき、吉田のうどんも割引価格になるそうだ。
5月16日には現地でリニューアルのテープカットがおこなわれ、堀内茂市長やサロモンを展開するアメアスポーツジャパンのショーン・ヒリアー社長ら関係者が出席した。
周辺の森は、野鳥の名所でもある。堀内市長は森に響く鳥のさえずりに触れながら、「今、(中ノ茶屋で)聞こえるのは閑古鳥の鳴き声なんです……」と冗談を交えつつ、「富士山では、ただ登ってスリルを楽しむというだけではなく、世界文化遺産に登録された原点である山岳信仰の文化や歴史、それと大自然を味わっていただきたい」と語った。
堀内市長の富士山への思いを聞いたヒリアー社長は、「パッションがすごいよね。熱くなりました」と笑顔を見せ、「誰もが安心して富士山の自然を楽しめるように支援しています。また、この自然環境をどう守るか考える機会を提供できれば幸いです」と話した。ちなみにヒリアー社長は30年前に富士山に初めて登り、その後も家族で富士吉田市へたびたび訪れているそうだ。
中ノ茶屋のリニューアルを皮切りとして富士吉田市とサロモンは今後、富士山の多様な価値の発信や登山道整備に取り組んでいくという。
そんな中ノ茶屋の周辺は、俗界と霊山の境とされる「遊境」や、歩いて(または車で)2kmほど登れば「馬返し」という馬を降りて徒歩でしか入れない地点といった富士登山の歴史に触れられる。また馬返しには、2020年に56年ぶりに再開した茶屋「大文司屋」も営業。欧米からのハイカーも多いという。
ハイキングやトレイルランニングなどのアクティビティはもちろん、自然や歴史を味わいながら、茶屋のまわりをちょっと散歩するのも楽しいだろう。春の新緑はとにかく美しく、真夏でも涼しい。
東京都心からだと車で1時間半ほど。富士山駅からバスで近くまで行くこともできる。筆者もまたあらためて現地を訪れたい。静かな森で、フィトンチッド香るおいしい空気を肺いっぱいに吸い込むために!
中ノ茶屋
https://fujiyoshida.net/spot/52大文司屋
https://daimonziya.com/文=一ノ瀬伸
写真=鈴木七絵