初のエッセイ漫画『ごはんが楽しみ』が大ヒット中の井田千秋さんと、井田さんが以前からファンだったという料理コラムニスト・山本ゆりさんの対談が実現! ツナチェダーチーズ、たまごサンド、苺大福トースト、朝の訪れを彩るパンたち――食卓の幸せがありったけ詰まったこの作品を愛おしみながら、“ごはん”への尽きせぬ思いを語ります。(全2回の1回目。後篇を読む)
――『ごはんが楽しみ』は、井田さんの初めての「食べ物」テーマの本ですね。
井田 ごはんをテーマに本を作ると決めてから、実はすごく迷ったんですよ。何を描いたらいいんだろうって。私は料理がすごく上手なわけでも、独自のレシピがそんなにあるわけでもないし。なので情報提供というよりは、淡々と「私、この食べ物が好き!」という気持ちを楽しく雑談するように描いていこうと思ったんです。
山本 この本、もうどこから感想を言えばいいかってくらい大好きです。手作りの料理だけじゃなく、買って食べることやお店に足を運ぶ楽しさも含めて無理のない生活の良さが全部詰まってる。身近な幸せを見つける天才やなって思いました。
井田 ありがとうございます!
山本 こんなにおいしそうに見えるイラストってそうないですよ。ポテサラトーストとかキムチーズとか、絵に描きにくそうなものも全部おいしそう!
井田 作ったものを写真に撮って描いているんですが……写真の方がおいしそうに見えるだろうなぁと思いつつ、がんばって描きました。食欲を刺激する絵になってたらうれしいです。
――トーストやサンドイッチのバリエーションが多彩ですよね。
井田 具がのってるパンが好きなんです。
山本 トーストするとき、魚焼きグリルで焼くんやと思って。
井田 引っ越しするときトースターがボロボロだったので、グリルがあるならいらないかと思って捨てちゃったんです。それでグリルで焼くように。
山本 グリルでトーストすると早くておいしいですよね。
井田 焼き色もきれいにつくし。最近のブームはパンに玉ねぎスライスをいっぱいのっけてマヨネーズをかけて焼く。これ、めっちゃ食べてます。しなしなになった玉ねぎとマヨの相性がよくて。
山本 朝の楽しみ方がすごくいいなぁと思って。
井田 寝る前に冷蔵庫を見て「これがあるから、明日の朝はこれだな」と、イメージしてから寝るんですよ。
山本 そんなの幸せすぎじゃないですか(笑)。
――お二方とも、子どもの頃にお料理の本を読むのが好きだったそうですが、どんな思い出がありますか?
井田 思い出深いのは『みなみさんのケーキノート』。キャスターとして活躍された渡辺みなみさんのレシピ本です。アメリカ留学でケーキ作りに目覚め、その後もフランスでお菓子作りを勉強された方です。母が買った本なんですが、写真がすごくきれいで。食べたことのない味を想像して憧れていましたね。
この本でニューヨークチーズケーキというものを知ったんです。それで作ってみたんですが、オーブンで湯せん焼きをするとき、ケーキ型の底を保護しなきゃいけないのを知らなくて。
山本 底がぬけるケーキ型はすきまがあるので、ホイルで覆わないと水が入っちゃうんですよね。
井田 ふやけたチーズケーキになっちゃいました(笑)。そういう失敗の思い出もありつつ、憧れのお菓子を作る楽しさを知った本です。
山本 私も、最初に夢中になったのは母の持ってた本です。『可愛い女(ひと)へ。お菓子の絵本』。
井田 え、これ持ってます!
山本 ホント!? この本と『赤毛のアンの手作り絵本』シリーズ全3冊が大好きで。
井田 それも持ってます。大好きな本です。
山本 じつは私、井田さんの『家が好きな人』を見たとき、パッと『赤毛のアンの手作り絵本』が思い浮かんだんです。絵のタッチは全然違うんですが、あの本の雰囲気と近いものを感じて。
井田 光栄です。私、インタビューで好きな作家さんや本を聞かれると、必ずその本を挙げてるんですよ。
山本 『可愛い女(ひと)へ。お菓子の絵本』は料理の本だけど、『不思議の国のアリス』とか『足長おじさん』とか、物語に付随したレシピを紹介する本で。お菓子の写真もおいしそうなんですが、物語に出てくる女の子のしぐさやファッションや、ちょっとレトロな雰囲気が素敵なんですよね。外国の知らない食材や文化に触れて憧れました。『ごはんが楽しみ』も、出てくる女の子が全部かわいくてセンスのかたまりだなぁと思うんですが。髪型も服も何もかも!
井田 前作の『家が好きな人』には女の子がいっぱい登場しているので、今回「女の子が出てこない」とがっかりされるんじゃないかと不安で(笑)。作為的に女の子を忍ばせたんですけど。そう言っていただけてホッとしました。
山本 女の子ナシでも満足なんですけど、女の子がいることでより食べ物のイメージもふくらむんですよ。
――山本さんは『可愛い女(ひと)へ。お菓子の絵本』を見て作ったお菓子はありますか?
山本 小学生のとき、まさに最初に作ったお菓子はこの本のカップケーキだったと思います。それからチーズケーキやシュークリーム、フルーツタルト。タルト型がうちにないからグラタン皿で焼いて全然火が通らなかったり(笑)。工程写真がないのでわからないことだらけで。今と違ってネットでサクッと調べることができないんで、たくさん失敗しながら何回も作ってました。でも、いろいろ失敗した経験があるからこそ、自分が料理の本を作るとき「ここに注意してください」って先回りして書けるのは良かったなと思います。
井田 山本さんのレシピで、ジップロックで作るチョコレート・チーズケーキをよく作ってます。
たしかバレンタイン時期にXにアップされてたと思うんですけど。レンジで4〜5分加熱するだけなのに、長時間焼いて1日寝かせたやつの味がする! びっくりです。
山本 オーブンで焼くと50分くらいはかかってしまう。オーブンより手軽なので、レンジやトースターのレシピが増えましたね。
井田 私はチーズケーキが好きでよく作るんです。チーズケーキは基本、手順通りに混ぜて焼いたら失敗しない。スポンジケーキだとふくらまないことが多くて若干トラウマみたいになってます(笑)。
山本 スポンジはちょっと難しいですよね。チーズケーキならお店で売ってるのと遜色ないくらいのもできちゃう。
井田 しかもチーズケーキはボリュームがあるので、いっぺんに食べ切らない。「冷蔵庫にまだあるなぁ」と思うとうれしくて。
――山本さんは、よく作るお菓子はありますか?
山本 私自身は辛党で食べたい欲はそれほどでもないのに、不思議と作りたい気持ちはありますね。最近ハマってるのは、フライパンに水を張って作る湯せん焼き。きのう蒸しパンを作ってみました。蒸しパンってレンジで作ると、できたてはフワフワやけど、冷めるとどうしても固くなってしまう。でも、蒸し器を使うとなるとハードルが上がりますよね。なので、紙コップの底をお弁当用のアルミカップで覆って、フライパンに並べて水を注いで……。
井田 紙コップの底をアルミカップで覆えば水が入ってこない(笑)!
山本 そうです、水しみ対策はこれでキマリ! これを使っていろいろレシピを作ってみようと思ってます。
――道具の使い方の面でも、日々アイディアを工夫しているんですね。
山本 型が違うとでき上がりも違ってくると子どもの頃に思い知っているので、全員が失敗なく作れるものにしたいなと。紙コップはどの家にもあるから、最近よく使いますね。
お菓子のレシピは喜んでもらえることが多いんですが、おかずとちがって生活のための料理じゃないからかな、と思います。趣味の料理、楽しみの料理ですね。だから、おかずやご飯ものでも、みんなが楽しめる、作ってみたくなるレシピを考えていきたいです。
井田千秋(いだ・ちあき)
細やかで生活に寄り添った描写で愛されるイラストレーター・漫画家。著書に『家が好きな人』(実業之日本社)、『わたしの塗り絵BOOK 憧れのお店屋さん』(日本ヴォーグ社)など。児童書の挿絵に『へんくつさんのお茶会』(Gakken)、『ぼくのまつり縫い』シリーズ(偕成社)など。
山本ゆり(やまもと・ゆり)
料理コラムニスト。『syunkonカフェごはん』シリーズ(宝島社)が累計800万部。エッセイ本『おしゃべりな人見知り』(扶桑社)やブログ「含み笑いのカフェごはん『syunkon』」も人気。
文=粟生こずえ